第45話 明るく眩しい、広い世界で
◆ ◆ ◆
前の主人からクビ&婚約破棄を言い渡されてから、一月半。
その長いとは言えない期間の間に、様々なことがあった。
まず隣国から来た聖王子を拾った。そして面倒みていたら棲家にしていた小屋が燃やされて。その流れで、なぜだか学園に復学することになった。
やはり周囲から白い目で見られているな、と思っていたら、お姫様との決闘。その後こぶしで何かが通じ合ったわけじゃないけど、彼女とはなぜか仲良くなって。
一緒にお買い物に行ったら、主人が誘拐された。それもなんとか解決したかと思いきや、今後はダンスパーティ中にお姫様が誘拐だ。誘拐されすぎじゃないだろうか。彼らを守るために、それこそ首輪に手綱でも付けておけばいいのか。
「ふふっ。殿下ならともかく、アイーシャ様には激しく怒られてしまいそうね」
自分で作った屋根の上。怒涛の一ヶ月を思い出したら自然と笑みが溢れてしまう。
コジマさんは胸元から写真入れを取り出した。
『ごめんなさい。バタバタして返すのが遅れてしまったわ』
そう謝罪されたことに、コジマさん自身もびっくりしたのだ。
だって、自分もついつい忘れていたのだから。
「ねぇ、ヴァタル様。こんな薄情な婚約者……もう嫌いになってしまいましたか?」
◇
結婚式の時、花婿は言った。
『年の差もあるから、どう考えても俺の方が先に死ぬと思う――』
なんて、不吉なことを言う男だろう。さすがのコジマさんも愕然とした。
だって、今日は生涯で一番幸せだというめでたい日なのだから。
お互い白く華やかな衣装に身を包み、参列客は親族だけという少ない人数ながらも、今から神の前で愛を誓うのだ。
その愛の誓いの言葉に、彼は己の『死』を口にした。
『だからどうか、その時はすぐに俺のことを忘れてほしい。俺は血に汚れた戦場で生きる男だ。本来なら、家庭なんて持つべきではない。だから――俺の分も、きみは明るく、広い世界を見てもらいたい』
だけどそれは――彼にとって最上の愛の誓いなのだろう。
彼は
だからこその不吉な言葉。だからこその深い愛情。
そのすべてを、齢十五にも満たない少女が、理解しきれるわけもないけれど。
それでも、年の割に聡明だった彼女は応える。
『わかりました』
そして花婿は花嫁のヴェールをとり、二人は初めての口付けをする。
彼との接吻は、それは最初で最後だった。
だけど、今。コジマさんはその約束を果たしている。
彼のアイスブルーの瞳と、自分のラベンダー色の瞳で――広い空を見上げている。
◇
今日はとても良い天気だった。たまにぷかぷかと白い雲が流れるけど、彼らはコジマさんの質問に何も答えてくれない。
だからコジマさんは肩を竦めて、すぐ隣の主人の屋敷を
「うーん……さすがに大きすぎたわね」
明日には弟弟子を迎える予定である。今までずっと兄と寝ていた八歳児だ。きっと独り寝は寂しかろう。そう思ったコジマさんは主人の居ない間に、自分の家を犬小屋兼弟子部屋に改築しようとしたのだが……さすがに主人の屋敷より大きく立派になったのは、やりすぎたかもしれない。
「作り直しますか」
そう言うないなや、どこからともなく取り出した刀『トウフ・ギリ・ゴエモン』で、爆誕したばかりの豪邸を斬り刻もうとした時だった。
「待って待って待って! 何しようとしているの⁉」
「あら、ずいぶんとお早いお帰り……」
コジマさんの言葉が止まる。だって走って帰ってきた主人ディミトリの顔にあざが出来ていたのだから。他にも国王陛下にお目通り願うに相応しい格好をしていたはずなのに、服装もボロボロ。
コジマさんは三階相当の屋根からヒョイッと飛び降りて、慌てて駆け寄った。
「どうなさいましたか⁉ また何かトラブルに――」
「いや、この怪我は違う。アイザックさんに殴られて飛竜から落とされただけ」
「……………………は?」
数秒時が止まったような体験をしてから、コジマさんは我に返る。
ちょうど
「少々お時間くださいませ。馬鹿兄をみじん切りにして参りますので。夕食はハンバーグで宜しいですか?」
「いやいやいや、アイザックさんは何も悪くないから! 俺が気合いを入れ間違えて、色々と順番を間違っちゃっただけ‼」
「順番?」
片眉をしかめるコジマさんに、ディミトリは苦笑を深めてから。
なぜか、胸に手を当てて深呼吸する。そして「あのね」と切り出した後は、ただただまっすぐに自分を見つめてきた。
「俺と結婚してほしい」
「……………………はい?」
またしばらく時を止めてから疑問符を返したコジマさんに、ディミトリは「そりゃ困るよね」と笑った。
「帰り、またアイザックさんが送ってくれたからさ。つい『妹さんを俺にください』て言っちゃったんだけど。そしたら『サンはオレのだ‼』て落とされちゃった。でもちゃんと学園内の陸地だったし、高度もかなり下げて木の上だったから……なんやかんや、優しい人だよね。あと五回くらいなら殴られても泣かずに耐えられそう――」
「いや、あの……色々とついていけないのですが」
「うん。なんでも聞いて?」
――なんでそんなにスッキリした顔をしているの⁉
やっぱり傷だらけでボロボロなのに、彼は妙にすっきりとした笑みを浮かべ続けていた。そういや、この少年はずっとそうだ。いつもどこか怪我をしている。この一ヶ月、怪我をしてない時の方が少ないんじゃないのか。
それでも、彼はいつも気丈に笑っていた。
「殿下は、アイーシャ様と婚約を――」
「それなら、アイーシャから婚約破棄を申し出されたよ。俺は学園を卒業後、アスラン領の新当主として後任されるよう動いてくれるんだって」
「それはまた――」
――私に都合が良いですね。
将来の進路は本人に決めさせるとしても、アスラン家の三男を引き取るのだ。その実家が彼の目に届くところで管理されるのは、彼にとっても最良の環境だろう。それにアスラン領の管理はここ数年、実質コジマさんがやっていたようなもの。ディミトリの不慣れな経営の手助けなんてなんてこと無い。
それにやっぱり……コジマさんにとっても思い出の地だから。
あの場所に帰れることは、単純に嬉しいと感じる。
――私のことを気遣ってくれた?
そんなことを訊いても、あのお姫様は「何のこと?」とシラを切られてしまいそうだが。
そのお礼を考えるのは、あとでも間に合う。
コジマさんはエプロン越しに写真入れに触れながら、今放つべき言葉を選ぶ。
「悲しゅう出来事に痛み入りますが……でも、だからと言ってなぜ私が殿下と結婚を――」
「それは単純に、俺がコジマさんのこと好きだからだよ」
「わ、私なんて……‼」
「俺ね、きみと初めて会った時……『こんなに笑ったのは久々だ』って言ったけど、本当は初めてだったんだ。俺の狭い世界を、きみの言動はすべて壊してくれた。世の中、こんなにも楽しいことがたくさんあるんだって、世界は明るく見えたんだ。今はコジマさんに貰うものばかりで、何も返せていないけれど……それでも俺、頑張るから」
だからどうか、ずっと俺の隣にいてほしい。
そう、エメラルドグリーンの宝石のような瞳が、怯える自分の姿を映している。
――そんな目で見ないで。
その綺麗な瞳が、苦手なの。まるで自分の汚いところがバレてしまいそうで。
ずっと悲しみにくれていたいという、ずるい自分を見透かされているようで。
そんなコジマさんに、ディミトリは優しい笑みを浮かべて。子供のように小首をかしげた。
「コジマさんは、俺のこと嫌い?」
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