第44話 コジマさんよりもイイ男。
そんな穏やかな日常の中に、どうしても避けては通れない出来事もある。
世の中、けじめ無しでは生きれられないのだ。
「それではお父様。予定通り、レティーツァお姉様は一連の事件の責任をとって、学園は退学、そして国外の侯爵家と結婚――で宜しいですわね?」
王の間にて、気丈に国王陛下である父親に報告をするアイーシャの隣で、ディミトリはおとなしく頭を下げ続ける。それが敗戦国からきた、自分の役目。アイーシャ第三王女の婿として、自分が望まれる役目。
結局、レティーツァ第二王女は第三者である黒曜騎士団の裁きを受け、国外追放という処分に至った。といっても、外聞としてそれはあまりにシェノン王国として痛手。なので、表向きは他国の貴族に嫁ぐことになった。その相手も、黒曜騎士団が見繕った“あまり噂も経済面もよろしくない”年配領主だ。
そして彼女に協力していた『再戦派』の大臣らもなんらかの理由を付けて閑職や降格。リーチ親子はアイーシャの口添えにより先日通りの公開処刑(結果ジョセフさんはぎっくり腰になって三日ベッドから動けなくなった)――などという報告を一通りした後。
国王陛下は顎を撫でながら、同情の視線を向けてくる。
「わかった……アイーシャもだが、ディミトリくんにも迷惑をかけたね」
「いえ、滅相もございません」
その労りの言葉に、ディミトリはますます頭を深く下げるから。
その様子に隣のアイーシャが唇を噛み締めたことに、ディミトリは気が付かない。
シェノリア学園から王城まで片道馬車で三日はかかれど、実際の用件はこの通り一刻もかからず終わるもの。幸いアイザックさんが飛竜に乗せてくれたので(しばらく妹と親交を深めるため王国に留まるらしい。長期有給消化に妹は苦言を呈していたが)今回は数刻もかからず到着できたが。
「ねぇ、ミーチェ」
「ん?」
王座の間を出てから、後ろを歩いていたアイーシャが声をかけてくる。
ディミトリが振り返れば、彼女がにっこりと微笑んでいた。
「わたくしとの婚約、破棄しませんこと?」
――……は?
いくらわがまま第三王女とはいえ、ディミトリとの婚約は戦争締結の条件である政略的なもの。それを覆すようなことは、たとえ勝戦国の寵姫とはいえ、難しいはずで。
それでも、アイーシャはさも当然のように主張する。
「わたくし、もっと愛されて結婚したいの。よその女にうつつを抜かすような男は御免だわ」
「そ、それは……」
思わず
「で、でもバギール公国との条約は――」
「あなたにはもちろん代わりの役職を用意しますわ。アスラン辺境伯――はご存知ですよね? こないだの定期監査にて領主の変更が決まったのですが、あいにく次代の子がまだ八歳の子どもで――」
――それってまさか……‼
一連のアスラン家の監査結果は、当然コジマさんと共に報告を受けている。
一月で借金を抱えまくった結果、その借金を肩代わりしてもらうために本物の未亡人だった当主の母親が裕福な商家の後妻になることに。当主だった青年は北方の辺境伯の元に無期限の研修。そしてまだ子供の弟は、自分の使用人候補としてコジマさんの弟子になることが決まった。今もコジマさんは自分の不在中に、彼の生活環境を準備しているはずだ。無表情ながらにどこか浮かれているのがわかって、ディミトリも微笑ましかったくらいだ。
なので、しばらくは代理領主を立てて、のちに領地編成なり新しく爵位を与える者を検討するのかと思っていたディミトリ。まさか自分に白羽の矢が立つなんて……。
「その代理領主として、わたくしはあなたを推薦しようと思っておりますの。代理というか……書類の上だけでも養子に入るのも手ね。そうすれば王族とまではいかなくても、れっきとしたシェノン王国の貴族ですわ。祖国との境である辺境を任せることで平和の主張にもなりますし、バザール公国も嫌とはいえないでしょう」
つまりそれだけ、アイーシャは自分のことを信用してくれているということ。
その信頼はとても嬉しいものだけど……生贄や聖女としての傀儡を求められてきた自分が、そう簡単に務められるものではない。
「でも俺、領主の勉強なんて……」
「もちろん卒業までの一年であなた自身にもノウハウを叩き込む必要がありますが……あなたの使用人に、アスラン家の事情や経理に詳しい者がいるはずです。彼女の補佐があれば何も問題はないと――というか、この期に及んで言うことがそんなことですの⁉ もっと! 他に! わたくしに言うべきことがあるんじゃなくて⁉」
淡々と仕事の顔をしていたアイーシャが、突如少女に戻る。いきなり怒り出した彼女は、顔を真っ赤にしていて。涙がこぼれそうなくらい潤んだ赤い瞳に、ディミトリも涙を我慢するので精一杯なくらい。
――ごめん。
だけど、ここで謝罪するのも、ましてや泣くことなんて男らしくないから。
ディミトリは色々呑み込んで、彼女にまっすぐ告げる。
「アイーシャ」
「はい」
「ありがとう」
すると、アイーシャはそっぽを向いて。
「ふんっ。振られたことに感謝する男なんて、気持ち悪いですわね! 今度はもっとコジマさんのようないい男を、自分で掴まえることにしますっ‼」
そんな嫌味を吐いてから、彼女はひとりで踵を返す。
「じゃあ、お父様に進言してくるから。
スタスタと戻っていく背中が見えなくなるまで、ディミトリは深く頭を下げ続け……ふと疑問に思う。
――コジマさんのようないい男?
その違和感と、彼女と同性でなかったことへの奇跡に、ディミトリも肩を竦めてから踵を返した。
ここまでお膳立てをしてもらって、無様は晒せない。
覚悟を決めたディミトリは「よし」と己の頬を叩く。
――さぁ、男らしく愛の告白をしに行こう。
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