第34話 信頼しているからこそ。
「皆様、今宵のパーティは楽しんでいるかしら?」
全員の入場が終わり、最後に登場した学園のトップ、生徒会長が壇上へあがる。
「低学年の可愛らしい紳士と淑女は、花畑に舞う妖精のようだし、高学年は……褒める必要もないわね。当然の如くこのシャノン王国を支えるに相応しい華々しさだったわ。日頃の勤勉さも併せて――皆の者、大儀である!」
とても偉そうな物言いだが、それに文句を言う人はいない。文句を言わせないほどの迫力が、その金の髪を輝かすレティーツァ=エーギル=シャノンにはあった。そんな燃えるような赤い瞳と、会場の隅のコジマさんは目が合って。彼女はゆるく口角を上げる。
「ここにいない在校生なんて、いないはずだけど」
――こいつのせいか!
彼女の妹、そしてコジマさんの友人がこの場にいないのは、彼女のせい。
そう直感したコジマさんがすぐさま会場を飛び出そうと重心を変えるも――「待って」とディミトリが強くコジマさんの手を掴んでくる。
その間に、女王気取りの彼女が往々に声を張った。
「この場にいる者は全員、皆がわたくしの敬愛する友人よ。ぜひ、わたくしからの贈り物だと思って、ぜひ今夜は夢のひとときをお楽しみあそばせ!」
そうして挨拶がおわり、ダンスの二巡目が始まる。
二巡目からはダンスの相手は自由だ。婚約者同士で踊る者。憧れの相手に懸命に声をかける者。隅に置かれたご馳走の前で恍惚とする者。ただあくまでこのパーティも授業の一貫であるため、ダンスをする前に係の者に名前を申告する必要がある。サボったり抜け出したりする者がいないよう管理するためだ。
そうした人らの波を縫いつつ、ディミトリに連れられたコジマさんはバルコニーに出る。
「どうしたの? アイーシャの行方に何か心当たりが?」
「行方まではわかりませんが……おそらく、私のせいかと」
「レティーツァ王女と、何かあった?」
それに、コジマさんは押し黙る。
――呼び出された時のことを、話すとしたら。
必然と、自分の生家のことを話す必要があるだろう。だけど、もしもそれを話したら。
――今までと関係が変わってしまうかしら?
コジマさんの本名は『サン=コールジア』。彼の憧れる黒曜騎士団で代々団長排出し、むしろコールジア家あっての黒曜騎士団とされている世界独立武力組織。言うなれば、生贄とされた敗戦国の聖王子より、世界的立場は上になってしまうわけで。
主人と従者。王子と家政婦。
ディミトリはそんな身分差をまるで気にしてないようにも見えたが……それでも、その関係がコジマさんにとって、何より心地よかったから。
――『家政婦』という低い身分が、何よりラクだったから。
未亡人もそう。大好きだった『あのひと』を、いつまでも想っていられるから。その思い出に縋り付いてさえいれば、それで許されたから。
思い出の中に生きていれば、いつまでも『可哀想な自分』のままでいられる。
それにディミトリは何も追求せず、ただ静かに頷いた。
「わかった。でも、コジマさんは動かないで。俺の方で調査してみるから――」
――でも……。
今、あの思い出の写真はない。その写真は自分を『友達』と恥ずかしそうに呼ぶ
「どうか、私に行かせてください」
コジマさんは片膝をつく。それに、ディミトリは眉根を寄せた。
「でも……行方知れずになったアイーシャの捜索は、嫌でも危ない橋を渡ることになると思うよ。俺は、コジマさんに危険な目に遭ってほしくないんだ」
「私なら大丈夫です」
「嫌だ」
「殿下っ‼」
一度、声を荒げてから。
コジマさんはゆっくりと深呼吸して、再び左右の色が違う瞳を、ディミトリに向ける。
今はもう『あのひと』の婚約者ではない。だって交換した指輪もないし、結婚式を挙げた証拠の写真もないのだ。ただあの気丈なお姫様の友人で、さっきも思い出を裏切って、他の男とダンスをした……ただの悪女。
だからもう、コジマさんは――ただ一人の十七歳の少女として、動きたいと願ってしまう。そのためなら、使えるものを何でも使う、ずる賢い女になろう。
たとえそれが、『あのひと』を失望させる結果になったとしても。
「私の本名はサン=コールジア。コールジア家……黒曜騎士団の血を継ぐ者でございます」
そして、再び頭を垂れれば。頭上からは「やっぱり」と諦めたように笑う声が降ってくる。
「ふふ……凄い人なんだろうなぁ、とは思ってたけどさ。でも……ううん、そんなことより。こんな時に、コジマさんの秘密を教えてもらうとは……やっぱり俺、情けないなぁ」
――そんなこと……‼
そんなことないと、コジマさんが顔を上げれば。ディミトリはいつもより淋しげに微笑んでいた。
「正直、コジマさんがどこの人だろうが……さ。俺が動くよりも、コジマさんが動いた方が理に適っているとは思うんだ。俺より強いし、俺より頭もいいし。でも……コジマさんにおんぶに抱っこは嫌なんだよ」
そう、泣きそうな一人の気高い少年に。
彼女が告げるのは、決して同情したからではない。
「どうか、殿下は時間稼ぎを」
それに、ディミトリは小さく目を見開く。
コジマさんはいつもの無表情だ。たとえ真顔であっても、何も考えてないからではない。何も感じないからではない。色々考えてきて、悩んできて、感じてきて。その上で、コジマさんはただ真剣に告げるだけ。
「私一人が動いただけでは、却って怪しまれるだけでしょう。身元不明の使用人が王女誘拐を企てた、くらい簡単にあの方は吹聴してくると思います。むしろ一番危険なのは、殿下が一人で動くことです。それこそ婚約者という立場を使った裏切り行為と、簡単に戦火を切る口実を再戦派に与えてしまうことになります」
「とんだ悪党だね……正直俺も、あの人ならそうするだろうと思うけど」
「なので、殿下が今できる最善は
そんな彼女からの提案に、ディミトリは苦笑した。
「ねぇ、知ってる? 動くことより、ただ待つことの方がずっと辛いんだ」
「でしょうね――でも、あなたならきっと……」
「あぁ、任せてよ。カッコよく時間稼ぎ、してみせるからさ」
そう胸を張る同い年の少年に、コジマさんも膝を上げて「頼りにしてます」と頬を緩めて。
「必ずや、私がアイーシャ様を連れ戻してきますから」
コジマさんはバルコニーの柵に手をかける。
そして飛び越えようとした時、「そうそう」と思い出した。
「そういえば、殿下は私がともだちと過ごしたくなったら遠慮なく言うよう仰っしゃりましたよね? なので、今そのご厚意を満喫してこようと思います」
その約束は、ランチタイムの時のこと。当然、もっと平穏と。和やかな状況を想定しての提案だったことを、コジマさんもわかっているけれど。
「それ言われちゃ、どのみち俺反対できないじゃん」
ディミトリは小さく笑ってから、ひらひらと手を振ろうとする――その前に。彼はコジマさんに一歩近づき、その頬に口付けする。そして淡いエメラルドグリーンの光が収まっても、彼女の赤く色づいた頬の色はなかなか取れず。
濡れた頬に触れながら目をぱちくりさせるコジマさんを「可愛いな」と嬉しそうに褒めてから、ディミトリはひらひらと手を振った。
「行ってらっしゃい」
――アイーシャ様が『全方位を無自覚に口説く男』と言っていた訳が、改めて身に染みたわね。
そんな悪癖のある少年に、コジマさんは恭しく頭なんか下げてやらない。
「……行ってきます」
まるで気安い友人や家族のように挨拶を交わして、お互い反対方向へと踵を返す。
コジマさんに見るのは、星あかりだけが頼りの暗い世界。
ディミトリが見るのは、華やかに明るい少年少女たちの社交場。
二巡目としてディミトリの名がアナウンスされる。「さて、俺も頑張るかな~」と腕を伸ばした彼の背中に、笑みを向けて。だけど、その呼び出しが終わる前には――ドレスの裾を破ったコジマさんは指笛を吹く。そしてバルコニーの柵から飛び降りた。
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