第33話 コジマさん、本気で踊る。
――褒めてもらいたいわけではないけれど。
いつもポンポンと飛んでくる賛辞がないと、それはそれで気まずく。堪らず、ドレスアップした己を見下ろしながらコジマさんの方から聞いてしまう。
「……似合わないならはっきりと仰ってください。自覚はありますので」
「え、あ……そのごめんね、見惚れてた」
「……無理な賛辞は結構です」
「いやいやいや、本当に見とれちゃってて……いやさ、ここ数日でコジマさんの顔には慣れたと思ってたんだけど。今日、珍しくお化粧しているよね? そしたら尚の事、美人さんすぎて。ごめんね、もっと気の利いたこと言えればいいんだけど、『綺麗』や『美人』以外、何も言葉が出てこなくって――」
「もう結構ですっ!」
慌てたディミトリを一蹴するも。彼は耳は赤く染まっていて。その反応がまた恥ずかしくてコジマさんが両手で顔を隠していると――入場待ちしている生徒らのくすくす話が聞こえる。
「なに、あれ?」
「例の生贄王子と問題児メイドだろ?」
「あれでしょ、アイーシャ王女をぶっ飛ばしたっていう」
「メイドのくせに王子に取り入って何様のつもり?」
「でも取り入ったとて、所詮生贄だし」
「あ~生贄のせめてもの慰みものとか?」
「アイーシャ王女も可哀想に」
「そんな汚いもの見せつけないでほしいわ」
――汚いのはどちらでしょうね。
両手の奥で、スンと表情を戻し。さて、主人を馬鹿にする者たちをどう始末しようかと、コジマさんが算段付けていた時だ。
「ほら、俺らの番だよ」
ディミトリがコジマさんの手を無理やり引いてくる。その手の力は、とても強い。コジマさんなら振りほどけ無いほどではないけど……それでも、ちゃんと男性の握力で、力強くコジマさんを誘導する。
そして小声で言うのだ。
「ありがとう。でも、彼らのことは気にしないでいいよ。言わせたいやつには勝手に言わせとけばいいんだ。ただ――いつかの時のために、顔だけ覚えとこ」
――どこが弱いというのかしら。
あからさまな嫌味を言われても、まるで気にせず。こうして堂々と従者をエスコートして華やかな場に立つ少年の、どこが男らしくないというのだろう。
背が低いから? 筋肉が付きづらいから?
――馬鹿ね。
彼の隣で、彼をあざ笑った全員を胸中罵る。やつらは、この少年の何を知って侮蔑を口にしているのか。
コジマさんは知っている。朝早くから剣の訓練を重ね、使用人らとすれ違えば、全員の名前を呼んで挨拶をし、勤勉に学業に取り込む。たしかに、彼の成績はトップではないかもしれない。だけど実際、この王子より高い成績を修めているのは、この中のうちどれだけいるというのか。
その気丈な向上心を知っての狼藉を吐く愚者を、馬鹿と言わずになんて呼べばいいのか。
――そんな主人のために、私ができること。
彼の家政婦として、従者として、今の自分が為すべきことは――
――堂々と、誰よりも美しく咲き誇ること。
腰を抱かれて、コジマさんは堂々前を向く。色違いの両眼を隠さず、口元に微笑すら浮かべて。優美に、時に妖艶に。ディミトリに誘導されるがまま、指定位置に立ち、入場のダンスを踊る構えをとる。
そんな彼女の仕草に一瞬呆気にとられながらも。ディミトリは小さく訊いてきた。
「コジマさん、そういや俺とダンス、大丈夫なの?」
「どういうことでしょう?」
「その……昔の婚約者さんと……」
言い難そうに尋ねてくる律儀さに、コジマさんは一瞬目を丸くしながらも。
――だけど、今はヴァタル様もいませんし。
彼の写真は、アイーシャの宝石入れの中で眠っているはず。
だからコジマさんは口元に人差し指を当てて、彼を意地悪な目で見上げた。
「あのひとには、内緒です」
「ふふ、悪い女だなぁ」
吹き出したディミトリは「それなら安心して浮気できるね」とコジマさんの手を取り直して構える。
「ダンスは得意なの?」
「人並みには」
「つまり人並み
そう苦笑した彼は、暖かな色を放つシャンデリアの下で、ゆるりと口角を上げる。
「じゃあ、俺も本気出していこうか」
コジマさんとディミトリのダンスは圧巻の一言だった。
ディミトリが少し難しいステップを踏んでも、当然コジマさんが付いていく。さらに少しでも気を抜けば、彼女がリードしてこようとしてくる始末。
それに、ディミトリは小さく笑って。彼女を回して。大きく背を反らせる。小さく目を見開いた彼女の表情に、ディミトリは余計に気分が上がった。他の生徒らの合間を速いステップで抜けつつ、より広い場所で、踊って踊って踊って。
音楽が止む頃には、二人とも肩で息をしていた。だけど、それが二人とも、何よりも楽しかった。
「あははっ、さすがコジマさんだね! 俺、ダンスだけは結構自信あったんだけど。ついていくだけで精一杯だったよ!」
「そんなことありません。私も全力を出すとは思いませんでした」
「ほんと?」
「嘘を吐く理由が、ありません」
コジマさんはいつも通り話そうとするものの、思わず付かなくていい句点を付いてしまい。しまったと思った時にはもう遅い。ディミトリが嬉しそうに指摘してくる。
「あ、息が切れてる。また二曲目も勝負挑んでもいいかな?」
「喜んで」
そう、彼女が頬を緩めそうになった時。
音楽が変わる。これからが最後の入場だ。最後は一番高貴な者たち……王族や宰相大臣らの子息、息女らがお気に入りの使用人を引き付けれ入場する。
その中には、二人が懇意にしている姫がいるはずだから――
コジマさんとディミトリも会場の脇で、彼女のきっと華やかだろう入場を待つ。
「そういえば、アイーシャ様は誰と踊るのですか?」
「あーそれね」
コジマさんの写真入れを預けた後から、アイーシャの顔を見ていなかったコジマさん。通常なら重宝している老騎士ジョセフの息子、オスカルと入場するはずだったのだろう。だけど、彼は今牢屋に入っているから――
その問いに、ディミトリは一度苦笑してから。
「一人で入場する予定らしいよ。もちろん、それを笑ってくる者もいるのは承知で――シャドーダンスを披露するつもりなんだって」
「アイーシャ様のダンスの腕前は?」
「見ればわかるよ」
――相当な腕前なのね。
自信満々のディミトリの横顔に、そう察するコジマさん。
従者が大罪を犯したなど、ともすれば己も罪の目で見られる事態なのに。
それを隠そうともせず、誤魔化そうともせず。堂々と一人で踊る姫君の雄姿を、コジマさんも刮目せんと前を向いたものの――隣のディミトリが疑問符をあげた。
「あれ……?」
最後の組が次々と入場する中、肝心の姫の姿が見られず。
アイーシャ=デゼル=シェノンがいない中、管弦楽曲が伸びやかに演奏を始める。
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