第17話 コジマさんのランチタイム①
◆ ◆ ◆
そして、ようやく二人は授業に参加した。
主と従者は同じ学年の場合でも、原則的に違うクラスに配属される。従者は従者として、習うことがそもそも変わるのだ。時間割や休憩時間の長さまで、まるで違う。
なので二人が合流したのは、お昼休み時。ディミトリの高位貴族が配属されたクラスの方が、休憩時間も長い。
「コジマさん、こっち~」
コジマさんが指定されたカフェテリアに訪れると、すでにディミトリが席について待っていた。大テーブルの隅に座っていた彼の隣に、堂々と彼のジャケットが置かれている。そこがコジマさんの席ということだろう。
――とても新鮮ね。
スタスタと近づいたコジマさんは頭を下げる。
「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。少々所用もこなしておりまして」
「全然大丈夫。むしろこっちが休憩早すぎるんだから。そんなことより、何食べたい? このカフェのおすすめはね~」
立ち上がったディミトリが、ランチプレートAは食べごたえがあるものが多いだとか、Bは可愛らしいから女の子向けかも、とか言いながら手を差し出してくる。
その手に、コジマさんはドンッと風呂敷を乗せた。「え?」とディミトリは戸惑ってからも、慌ててそれを抱える。
「……コジマさん、これは?」
「お昼ごはんです。今の手はこちらを所望したのでは?」
「あ、今は……注文する場所まで、手を引いていこうとしたんだけど……てか、お弁当作ってくれたの?」
その問いかけに、コジマさんは「はい」と短く肯定する。するとディミトリは「いつの間に⁉」なんて驚くものだから。コジマさんは淡々と説明した。
「だから今です。授業が終わってから小屋に戻って製作して参りました」
「ど、どーして⁉」
「……授業で、主の口にするものには細心の注意を払えと言われましたので」
コジマさんが受けた授業は、ちょうど毒物に関してだった。当然授業で挙げられた毒物は全て既知の物だったのだが――改めて、今度の主は王族だと意識を改めたコジマさんである。みんなお昼は学食を食べることを知っていたコジマさんだが、いつ刺客が紛れ込んで毒を仕込まれるかわからない。実際、自分なら(強調するが、あくまで自分なら)忍び込めそうな隙がいくらでも見つかったのだから。
ならば、自分で用意するのが早いと思い即行動した結果がこれである。
「開けても……いいかな?」
「開けずにどう食べるおつもりでしたか?」
「はい、開けます」
ディミトリは席に付き、ゆっくりと風呂敷を開ける。漆黒の漆が艶めく大きな正方形の蓋を開けば――そこには満開全席が詰まっていた。ピンク色が美しい鴨のテリーヌ。飾り切りが華々しい野菜のマリネ。黄色が目に優しいだし巻き卵。みじん切りされた野菜が色鮮やかなながらも魚介の香りがよだれをそそるパエリアなどなど。様々な国籍料理が一箱に詰まった目にも嬉しいお重箱に、ディミトリは生唾を飲み込んでいて。
――好みではなかった?
森の小屋では食材が限られていた&病み上がりなのでメニューが限られていたが、ここでは自由だ。時間がなかったのでディミトリの屋敷の者に事情を話し、今回限り厨房と材料を借りて、そのお礼に使用人らの賄いも制作した。改めて味付けの好みを知るために色々と詰め込んだのだが、どうも反応が鈍い。
なので、コジマさんは蓋を手に取る。
「申し訳ございませんでした。直ちに作り直して――」
言いながら弁当の蓋を閉めようとすると、ディミトリに慌てて弁当を抱え込まれてしまった。
「いやいやいや! ごめんね、あまりに綺麗だったから反応が遅れちゃって。すごく美味しそう! 食べたい、俺これ食べたいっ‼」
「それなら良いのですが……」
コジマさんがどこからともなく取り出した
「豊穣の神の恵みとコジマさんに感謝を」
その独特の食前挨拶に、コジマさんはやっぱりむず痒い思いをしつつも。
ディミトリが綺麗な所作でテリーヌを食べるやいなや、その愛らしい顔がますます華やぐ。
「美味しいっ! すごく美味しいよ‼」
「それは宜しゅう――」
ございました、と安堵しようとした時だ。目の前に一口大に切られたテリーヌが差し出されていて。思わずコジマさんは三回まばたきしてしまう。
「これは?」
「一緒に食べよう? さすがに、こんなたくさん俺も食べ切れないし」
「余してくれて構いませんが?」
「そんなの嫌だよ。せっかくコジマさんが頑張って作ってくれたんだ」
――頑張ってなど……。
たしかに授業が終わって、時間がなかった。ディミトリの敷地に戻るまで、通常なら片道徒歩十分。コジマさん一人なら一分。その後使用人たちに話して、お弁当&賄い制作に十分。戻って一分。さらに本当に事務課に手続きにも行っていたので三分くらい手間取り……その結果、
その三十分間、息を吐く暇もなかったのは事実だが……だからと言って、特別労いを頂戴するほどではない。家政婦として当然の仕事をしたまでだ。
「ですが、家政婦が主人と一緒に食事をするなど。人前ですし」
「じゃあ命令。一緒に食べよう?
「それなら、私には菜箸がありますので」
「それもコジマさんの
「菜箸のサエコさんは使い勝手が良くて、結構気に入っております」
「ゴエモン以外にも名前があったの⁉」
そんなことで盛り上がりつつも、立ち上がったディミトリが椅子にジャケットを退かして椅子を引いてくれるから。
――ここで拒否するのも、失礼かしら?
と、コジマさんはどこか固い所作ながらも「ありがとうございます」と椅子に座る。そして再び横に座ったディミトリが「それじゃあ食べよう」と再びフォークを手にした時だった。
「ミーチェ! わたくしという女がいながら、何をなさっているの⁉」
その甲高い声が、カフェ中に響き渡った。
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