第16話 生贄王子ディミトリくんの家政婦は②
授業の途中から行方不明だった生徒と新顔の生徒が入室するのも忍びない。
なのでキリの良い時間まで、屋敷で一緒にお茶でも――と誘った時だった。
「それなら、授業まで自由時間を与えていただいても宜しいでしょうか?」
「え、別にいいけど……なにするの?」
なんとなくディミトリが聞いてみれば、彼女は変わらない表情のまま口にする。
「私の家を建てようかと」
「はい?」
ディミトリの屋敷として、それなりの敷地が与えられている。屋敷といってもディミトリと数人の使用人が住むだけだから、そんな大きくもなく……たしかに庭として空いたスペースがあった。庭といってもディミトリがあまり花に興味があるわけでもない以上、芝生が敷かれているだけ。むしろ広々と毎日剣術の訓練に使っていた場所だった。
次の授業まで、およそ一時間。
そのたった一時間で、その芝生には木造の小屋が爆誕した。
「まぁ、家具は放課後にでも作りますか」
その木材は廃材として管理塔の隅に捨てられていたやつだ。敷地面積も広く、生徒らの居住として与えられている場所以外にも、多くの公共の庭園や商業地区がある以上、公共事業として伐採されたりする木々も多い。国中の貴族が集まる手前、見た目にはこれでもかと気合が入れられている。
そうして刈られて集められていた木材等をすでに貰ってきていたコジマさんは、目にも止まらぬスピードで小屋を一軒建てた。あの森で燃えてしまった家に似ている。
「あ、あのさ」
ふぅ、と息を吐くコジマさんに、ディミトリはようやく疑問を口にした。
「俺の屋敷……生活しづらかったかな?」
ディミトリも確認していたつもりだったが、昨日はきちんとお客様扱いしていたはずだ。自分が雇用する、という話だが、まだ来たばかりだし。仕事なんておいおいで……使用人は全員シェノリアに来て婚約者に用意してもらった者たちだが、だてに王家御用達ではない。たとえディミトリが生贄王子だとしても、屋敷内では一度も嫌がらせを受けたことがなかった。お互い気心を許せたりもないが……それでもプロとして立派に務めを果たしてくれていた者たち。自分が「恩人」と称した少女に害を与えるとは思えない。
――でも、まさか。
万が一を考えて、なるべく柔らかく訊いてみれば。コジマさんはさも当然と言わんばかりの無表情で述べた。
「だって、私は家政婦ですから」
「うん?」
なんか、思っていた返答と違う。
そんなディミトリの疑問符に、コジマさんは補足を加えた。
「家政婦とは、雇われて家事を行う者のことです」
「そうだね?」
「メイドとの違いは、主と同じ屋敷に住むか、通いで業務を行うかの違いでございます」
「うん」
あくまで些末な違いだけど……でも雇われる方としてはそうでもないのだろう。住む家を自身で用意するのか用意されているのか、それによって賃金や自身の生活資金も変わってくるだろうし。雇用形態はとても大事らしい。その点、自身に与えられた使用人らの雇用形態は最高なのだと、メイドが嬉しそうに話していたのを聞いたことがあった。できた婚約者に感謝である。
そんなことを現実逃避気味に考えていたディミトリに、コジマさんは結論を与えた。
「私は家政婦ですので」
どうやら、彼女の証明は終了したらしい。
あーなるほど。だからこの小屋から俺の屋敷に通うということか。同じ敷地内だけど、たしかに屋根は違うね? ひとつ屋根の下ではない。
……と、一瞬納得しかけた自分を、ディミトリは即座に否定する。
「いやいやいや! だったらメイドでいいじゃん! 部屋いっぱい余っているから! あの部屋が嫌だったら、他の部屋に移ってもいいよ! それとも客間を空けようか⁉」
というか、与えた部屋がすでに客間だったのだが。家具も王家御用達店で用意してもらった一式で、王宮の一室と言われても問題ない一室だったはず。もっと高層が良かった……でもすでに二階建ての二階だし。改築するか? それとも自分の隣の部屋だったのが気に食わなかったとか。内装ももっと女の子らしいものに変えてもらって――
などと、脳をシッチャカメッチャカ動かしていると。
「そんな、破廉恥な……」
「は?」
その単語に、ディミトリの頭の中がキンと冷える。
破廉恥……言われた? 自分が?
「一つ屋根の下に住むなんて……破廉恥じゃないですか……」
――この子は何を言っているのかな……?
コジマさんは相変わらずいつもの無表情だったけれど。それがますますディミトリを混乱される。固まったディミトリに、彼女は再び証明を始めた。
「前の主人が仰っておりました。主人と同じ屋根の下で住むなんて、はしたないと。昨日はあまりに時間がありませんでしたので妥協しましたが、今後はそうも言えません。私は家政婦であることを誇りに思っております」
――前の主人、馬鹿すぎだろおおおおおお⁉
前当主とは、おそらく森で彼女の小屋を燃やしたアレである。気が付けばあっという間に逃げていたようだが……あんな馬鹿を大事な辺境に配置しておいて大丈夫なのかと、元敵国とはいえ心配になるほどアレが阿呆なのは、あの一目で理解できた。
そんな阿呆の言うことを、今も信じている彼女は哀れなのか。それとも、敢えて信じるふりを続けるという彼女なりの意地なのか。
――多分、後者かな。
「なので、私はこの小屋で生活させていただきたくございます」
――頑固だなぁ……。
そうペコリと頭を下げるコジマさんに、こっそり嘆息してから。
「家具は……支度金ということで俺が用意させてもらうよ」
ディミトリはその意地の手伝いをすることしかできないということを悟る。
今は、まだ。
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