第18話 コジマさんのランチタイム②
――ミーチェとは、“ディミトリ”の愛称でしたね。
とても派手な少女だった。それは二つくくりの縦巻きツインテールが綺羅びやかだから、とか、ルビーのような瞳が力強いから、という理由だけではない。五人もの友人を侍らせているせいもあり。腰に手を置く態度のせいもあり、。声量のせいもあり。胸元の一人派手なリボンのせいもあり。
その存在自体が派手な少女に対して、ディミトリは特にうろたえることもなく眉根を寄せながら立ち上がる。
「だからアイーシャ、お昼は恩人と食べると言ったじゃないか」
「えぇ、伺いましたわ。ですが、その者のどこが恩人ですの? 女性じゃないですか!」
「そうだね。でも一方的に捲し立てる前に、ちゃんと紹介させてよ」
――何回も立ったり座ったり忙しい方ね。
しかし主が立ったのだから、家政婦の自分が座っているわけにもいかない。
コジマさんが静かに腰を上げれば、ディミトリが「ごめんね」と小さく口にしてから手を向けてくる。
「この人が俺を助けてくれた――」
「わたくしがミーチェの婚約者であるアイーシャ=デゼル=シェノンですの。このシェノン王国の第三王女ですわ!」
――なるほど、お姫様……。
そりゃあ派手なのも納得だし、ひとの話を聞かなくても、そんなに驚かない。
そんな
「これはご丁寧にありがとうございます。私は『コジマ』と申します。どうか気安く『コジマさん』とでも――」
「ちょっとあなた、ふざけてますの⁉ このわたくしがフルネームを名乗ったのに、そんな適当な愛称で誤魔化すなんて!」
アイーシャが投げた扇がコジマさんの胸元に当たった。もちろん大して痛くもないし、下に落ちる前に拾うことなんて造作もないコジマさん。なのに、ディミトリは仰々しく「大丈夫⁉」と声をあげる。
――まぁ、きちんと名乗らないこちらの無礼もあるわ。
「何も問題ありません。むしろ、この件に関しては私に否があるでしょう」
淡々と告げながら扇をディミトリに渡せば。彼はこっそり聞いてくれる。
「……でも、本名言いたくないんでしょ?」
「はい」
「わかった」
当然復学申請書などには本名で提出してあるので、王女が調べればすぐに割れる身元である。だけど、わざわざ言いたくないものは言いたくない。
変なところで頑固なコジマさんの前に立ったディミトリが、アイーシャに扇を返す。
「ごめん、アイーシャ。俺もコジマさんの名前は知らないんだ」
「なんですって?」
受け取りながらも、彼女のこめかみがピクピクと動く。だけど、ディミトリは慣れているのか、小さく苦笑を挟むだけで微笑を崩さなかった。
「紹介が遅れてごめんね。こちらは本人が名乗った通り、俺の婚約者のアイーシャ。そしてこちらがコジマさん。コジマさんはずっと家庭の事情で休学してたんだけど、この度俺の家政婦として復学することになったんだ。だから彼女が学校生活に慣れるまで、なるべく一緒に過ごそうと思ってたんだけど……」
紹介の途中で、彼は注釈を挟む。
「クラスで友達とかできたら、その子たちとお昼食べたり遊んだりしていいからね? その時は遠慮なく言ってね?」
――友達……?
コジマさんは先の授業の様子を思い返す。
自己紹介したら、教室中がざわざわした。そして大人しく授業を受けている間も不自然な視線を浴びまくり。講師に当てられ正解を答えただけなのにざわめいて。
なのに授業が終わって、
『僕がこのクラスで首席のオスカル=リーチ! あの、かの歴連の戦士ジョセフ=リーチの嫡男だ。キミがあのバギールの王子に仕えだしたという噂のメイドかね⁉』
と、面倒な男性がひとり話しかけてきたが、決して『友好』などとは程遠く様子。
――そんなものが私にできるとは思わないけど。
それでも、ディミトリの善意は嫌でも伝わってくるから。
「お心遣い、痛み入ります」
と、コジマさんは粛々と頭を下げるのみ。
でも、彼の婚約者はそれがなお気に食わないのだろう。
「納得いきませんわ……」
わなわなと震えてから、アイーシャはビシッと閉じた扇をコジマさんに突きつけた。
「あなた、わたくしと決闘しなさい! わたくしが勝ちましたら、もう二度とミーチェに近づかないでいただきます!」
「アイーシャ⁉」
それには、さすがのディミトリも再び声をあげる始末。彼の後ろで、コジマさんもさすがに目を見開いていた。もちろん、ディミトリが口を挟む。
「でも、彼女は俺の――」
「使用人とのことなら、いくらでも仕事はわたくしが責任もって斡旋しますわ。もちろん学園に通うことだって配慮します。別に悪い条件でもないはずでしてよ。あまり言いたくはありませんが、ミーチェの元にいるより高待遇をお約束いたします」
なんなら今すぐに紹介したって良くてよ、とアイーシャはコジマさんを伺い見てくるも。
コジマさんは開いたまぶたをゆっくりと伏せた。
――せっかく新居も作ったばかりだからね。
そして、佇まいを崩さないまま淡々と尋ねる。
「殿下。決闘をお受けしても宜しいでしょうか?」
「コジマさん⁉」
驚かれはしたものの、やめろと言われたわけではない。
ならば、コジマさんのすることはいつも通り。
「どうかお手柔らかにお願いします」
と頭を下げ、心なくも形式上の挨拶を返すのみだ。
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