第31話 コジマさん、呼び出しされる。


 ◆ ◆ ◆


 翌日、ディミトリも体調が回復し「いつまでも休んでたらついていけなくなるからね」と彼は授業へ参加するようになって。


 さすれば、彼の家政婦であるコジマさんも授業に参加せざる得ないだろう。


「ねぇ、あのリーチ家の……」

「まさかアイーシャ殿下の婚約者に毒なんて」

「息子の裏切りにリーチ将軍はどうなるんだろう」


 授業の合間の雑談は、その話題で持ち切りの様子。

 そして当然、生徒全員それぞれの席が充てがわれている教室の中で――一番まえの席は、ぽっかり空いたまま。教壇の真ん前の席は、さぞ授業に集中でき、先生に質問もしやすい席だっただろう。実際、先週まであの席に座っていた生徒は、すぐさま「先生!」とまっすぐ手を挙げる生徒だった。


 そんな勤勉な生徒が不在のまま、授業が始まる。


「黒曜騎士団とは、みなさんがご存知の通り、どこの国にも属していない騎士団のことです」


 そのような常識から始まる授業、窓際の端に座るコジマさんはノートをとるまでもない。

 それはかつて、ディミトリも得意気に話してくれたことだ。


七つの武具セブンス》と呼ばれる才能スキル所持者のみで結成され、入団するには自らドラゴンを使役することが求められる戦闘集団。さらに特出すべきは、どこの国にも在籍していないこと。どの国でも同様の独自の執行行使権を所有している。現に二年前までのシェバ大戦は、高い戦闘能力で戦線に乱入し、第三者からの独自行使権で強制的に戦闘を終わらせ、その後も睨みを聞かせ、早期の集結を図っているのだ。


 そんな越権行為をどこ国も看過しているのは、あまりに高い戦闘能力から。だけど庶民からすれば『正義の使者』として高く羨望されている集団でもある。


 その集団を現在率いている団長は創設者から代々|七つの武具《セブンス》を開花させているコールジア家。現団長も齢二十六歳の若き青年で、その集団名の通り黒曜の翼竜を乗りこなすコールジア家の嫡男であるという。シャバ大戦でも、その豪腕と卓越とした交渉能力で、両国の被害を最小限に済ませた功労者だ。


 ――実際はそんな大それた人じゃありませんがね。


 そんな説明を聞きつつも、コジマさんが小さくため息を吐いた時だった。


「失礼しますわ――」


 その時だ。先生の講義を遮って、教室の扉が開かれる。

 そこには金髪がたおやかな一人の女生徒が立っていた。リボンの色からして三年生だろう。金の腕章は生徒会長の証――すなわち、この女生徒がこのシェノリア学園生徒会長。


 ――レティーツァ=エーデル=シェノン殿下。

 彼女はつかつかと教室に入ってきては、閉じた扇で一人の女生徒を指す。その相手は、コジマさんだ。


「あなた、来なさい」


 言い放つや否や、即座に踵を返す生徒会長の蛮行に、教師も「退出を許可する」と渋い顔で頷くのみで。


 ――仕方ないわね。


 ここで下手に歯向かえば、ディミトリやアイーシャに危害が及ぶかもしれない。授業に出たとはいえディミトリだって体調万全とは言い難いし、アイーシャも誘拐の調査や手回しに疲れている様子だ。


 ――そして、その諸悪の根源が……。


 確証があるわけではないけれど。それでも、あのタイミング・・・・・で自分を呼び出したアイーシャの仲の悪い第二王女が、一連の事件と無関係だとも思えず。


 綺羅びやかな金糸のあとを付いていき、辿り着いたのは生徒会室。貴族学校のトップが使う部屋にも関わらず、質実剛健な雰囲気の一室。だけどその中での一際立派な執務机に浅く腰掛けた彼女は、コジマさんに向けてゆっくり目を細めた。


「こないだは、わたくしの呼び出しを無視してくれてありがとう。せっかくご馳走まで用意していたのよ?」

「……その節は申し訳ありませんでした。主人の急事だったもので」

「そうね、知ってる。アイーシャが重宝している騎士の息子の犯行だってね?」


 ゆるく細まる赤い目は、同じ色のはずなのにまるでアイーシャとは似つかない。

 それにコジマさんが奥歯を噛みしめれば、レティーツァは目を丸くする。


「なに、その顔? もしや、裏でわたくしが噛んでいるとは思ってるの?」


 だけど、その年相応の顔は、すぐに愉悦へと変化した。


「ふふっ、正解♡」


 ――たしかに厄介な人ね。


 ここで堂々と悪事を明かすということは、如何に調べようとも『裏がとれない』確証があるということ。使用人如きと二人きりのときの供述だけで、証拠となるほど、この世の中は甘くないのだから。


 しかも、それをわかった上で、彼女は白々しくコジマさんに交渉・・してくるのだ。


「わたくしは戦争とかは興味ないんだけど~。ほら、あの生贄くんに何かあれば、責任はアイーシャになるでしょう? アイーシャが原因で戦争になったら、それこそ次期女王の座とか、お父様も考え直さなきゃならないじゃない?」


 まどろっこしい言い方は、コジマさんの好みではない。

 なので早急に結論を述べさせようと、目を据える。


「私に、どのようなご用件ですか?」

「わたくしに仕えなさい」


 第二王女は扇で口元を隠しながら、優美に微笑んだ。


「悪いようにはしないわ。わたくしの近侍でも……そのメイド? のお仕事が気に入っているなら、側付きでもいいし。とにかくわたくしに使えてくれればいいの。あの生贄王子より、よっぽど貴女の方が有益だわ。サン=コールジア・・・・・・・・さん?」


 ――つまり、黒曜騎士団の後ろ盾が欲しいということね。


 たしかに、代々様々な独自行使権を所持している黒曜騎士団コールジア家の後ろ盾が得られれば、王位継承に対して大きなアドバンテージとなるだろう。


 それはもちろん、コジマさんが本当にコールジア家の息女であったら、の話だが。


「……どなたかとお間違えでは?」

「ま、貴女が主人と友達を亡くしていいなら、そういうことにしといてあげる」


 だけどコジマさんが白を切ろうとも、レティーツァの笑みが曇ることはなく、


「ねぇ、大切なひとを何度も失くすのって、どんな気持ち?」


 むしろカッと頭に血が登ったのは、コジマさんの方で。


「――失礼します!」


 彼女は慌ただしく一礼して、雑に踵を返す。クスクスとした笑い声が見送る中――手のひらが痛くなるほどに強く握った拳は、しばらく解けそうにない。

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