第31話 コジマさん、呼び出しされる。
◆ ◆ ◆
翌日、ディミトリも体調が回復し「いつまでも休んでたらついていけなくなるからね」と彼は授業へ参加するようになって。
さすれば、彼の家政婦であるコジマさんも授業に参加せざる得ないだろう。
「ねぇ、あのリーチ家の……」
「まさかアイーシャ殿下の婚約者に毒なんて」
「息子の裏切りにリーチ将軍はどうなるんだろう」
授業の合間の雑談は、その話題で持ち切りの様子。
そして当然、生徒全員それぞれの席が充てがわれている教室の中で――一番まえの席は、ぽっかり空いたまま。教壇の真ん前の席は、さぞ授業に集中でき、先生に質問もしやすい席だっただろう。実際、先週まであの席に座っていた生徒は、すぐさま「先生!」とまっすぐ手を挙げる生徒だった。
そんな勤勉な生徒が不在のまま、授業が始まる。
「黒曜騎士団とは、みなさんがご存知の通り、どこの国にも属していない騎士団のことです」
そのような常識から始まる授業、窓際の端に座るコジマさんはノートをとるまでもない。
それはかつて、ディミトリも得意気に話してくれたことだ。
《
そんな越権行為をどこ国も看過しているのは、あまりに高い戦闘能力から。だけど庶民からすれば『正義の使者』として高く羨望されている集団でもある。
その集団を現在率いている団長は創設者から
――実際はそんな大それた人じゃありませんがね。
そんな説明を聞きつつも、コジマさんが小さくため息を吐いた時だった。
「失礼しますわ――」
その時だ。先生の講義を遮って、教室の扉が開かれる。
そこには金髪がたおやかな一人の女生徒が立っていた。リボンの色からして三年生だろう。金の腕章は生徒会長の証――すなわち、この女生徒がこのシェノリア学園生徒会長。
――レティーツァ=エーデル=シェノン殿下。
彼女はつかつかと教室に入ってきては、閉じた扇で一人の女生徒を指す。その相手は、コジマさんだ。
「あなた、来なさい」
言い放つや否や、即座に踵を返す生徒会長の蛮行に、教師も「退出を許可する」と渋い顔で頷くのみで。
――仕方ないわね。
ここで下手に歯向かえば、ディミトリやアイーシャに危害が及ぶかもしれない。授業に出たとはいえディミトリだって体調万全とは言い難いし、アイーシャも誘拐の調査や手回しに疲れている様子だ。
――そして、その諸悪の根源が……。
確証があるわけではないけれど。それでも、
綺羅びやかな金糸のあとを付いていき、辿り着いたのは生徒会室。貴族学校のトップが使う部屋にも関わらず、質実剛健な雰囲気の一室。だけどその中での一際立派な執務机に浅く腰掛けた彼女は、コジマさんに向けてゆっくり目を細めた。
「こないだは、わたくしの呼び出しを無視してくれてありがとう。せっかくご馳走まで用意していたのよ?」
「……その節は申し訳ありませんでした。主人の急事だったもので」
「そうね、知ってる。アイーシャが重宝している騎士の息子の犯行だってね?」
ゆるく細まる赤い目は、同じ色のはずなのにまるでアイーシャとは似つかない。
それにコジマさんが奥歯を噛みしめれば、レティーツァは目を丸くする。
「なに、その顔? もしや、裏でわたくしが噛んでいるとは思ってるの?」
だけど、その年相応の顔は、すぐに愉悦へと変化した。
「ふふっ、正解♡」
――たしかに厄介な人ね。
ここで堂々と悪事を明かすということは、如何に調べようとも『裏がとれない』確証があるということ。使用人如きと二人きりのときの供述だけで、証拠となるほど、この世の中は甘くないのだから。
しかも、それをわかった上で、彼女は白々しくコジマさんに
「わたくしは戦争とかは興味ないんだけど~。ほら、あの生贄くんに何かあれば、責任はアイーシャになるでしょう? アイーシャが原因で戦争になったら、それこそ次期女王の座とか、お父様も考え直さなきゃならないじゃない?」
まどろっこしい言い方は、コジマさんの好みではない。
なので早急に結論を述べさせようと、目を据える。
「私に、どのようなご用件ですか?」
「わたくしに仕えなさい」
第二王女は扇で口元を隠しながら、優美に微笑んだ。
「悪いようにはしないわ。わたくしの近侍でも……そのメイド? のお仕事が気に入っているなら、側付きでもいいし。とにかくわたくしに使えてくれればいいの。あの生贄王子より、よっぽど貴女の方が有益だわ。
――つまり、黒曜騎士団の後ろ盾が欲しいということね。
たしかに、代々様々な独自行使権を所持している
それはもちろん、コジマさんが本当にコールジア家の息女であったら、の話だが。
「……どなたかとお間違えでは?」
「ま、貴女が主人と友達を亡くしていいなら、そういうことにしといてあげる」
だけどコジマさんが白を切ろうとも、レティーツァの笑みが曇ることはなく、
「ねぇ、大切なひとを何度も失くすのって、どんな気持ち?」
むしろカッと頭に血が登ったのは、コジマさんの方で。
「――失礼します!」
彼女は慌ただしく一礼して、雑に踵を返す。クスクスとした笑い声が見送る中――手のひらが痛くなるほどに強く握った拳は、しばらく解けそうにない。
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