第7話 コジマさんと生贄王子
「美味しいっ……です」
「それは宜しゅうございました」
無駄話をしていたから、予想以上に遅くなってしまった食事である。
鶏粥だ。お米に宿る食欲を誘う鶏の風味に、香草の刺激的な香りがアクセントになっている。一口食べた途端にぱあっと顔を華やげたディミトリに、コジマさんも思わず口元が緩みそうになった。やはり、自分の作ったものを喜んで貰えるのは嬉しい。
やはり立ち話は彼の身体に辛かったらしく、ベッドで横たわりながらの食事である。
――無理にでも寝かせとけば良かったですね。
そんな反省で己を律しながら、コジマさんは粛々と小匙に載せた粥をふーふーする。そして、
「それでは、もう一口」
「……あの、コジマさん」
「なんでしょう?」
小匙の下に手を添えて。「あーん」の姿勢を取るコジマさんに、ディミトリは顔を赤らめたまま告げた。
「恥ずかしいんですけど……」
「私は恥ずかしくありませんが?」
コジマさんが疑問符を返せば、ディミトリはベッドから上半身を跳ね起こした。
「お、俺! これでも男ですからねっ‼ それに子供じゃないですから‼」
「存じております。私と同じ十七歳の男性ですよね。僭越ながら、おズボンも取り替えさせていただきましたし」
「そ、それ⁉ 敢えて俺は気づかないふりをしていたのに‼」
何故か泣きそうな顔をしているディミトリだが……コジマさんとて、さすがに怪我人に汚れたままの服で一晩寝かせるのは忍びなかったのだ。下着を取り替えたわけでもないし、こちらは家政婦。面倒でしかないので、気にしないでいただきたいところである。
「はい。なので、あーん」
「あの、だから…………はい」
無表情のままグイグイと押し付けてくる匙に根負けしたディミトリは、再び口を開いた。それに満足したコジマさんが再び匙にとった粥をふーふーしていると――ディミトリが言った。
「……もしかして、今お借りしている服は亡くなった……」
「はい。亡き婚約者のお古を着ていただいております。殿下のおズボンもあと少しで直りますので、今しばらくの辛抱を――」
「いや、そういうことじゃなくて……その、良かったの? お借りしちゃって」
ディミトリの体型からしたらぶかぶかだったが――ズボンは亡き
――替えがあるのにお貸ししないなんて、彼に怒られてしまいますから。
コジマさんはその理由を胸に秘めたまま、淡々と述べる。
「他に男性用の服の用意がございませんでしたので。獣を捕らえて皮を剥ぎ、作製しようとも思ったのですが……つい怠慢をしてしまいました。申し訳ございません」
だけど、こちらも嘘ではない。
獣から皮を剥ぐのは(コジマさん的に)大した労力ではないが、匂いを取るのに手間暇がかかるのだ。残念ながら、端切れより大きな布の用意もなく。それともパッチワークするべきだったか。その怠慢を謝罪すれば、ディミトリは「いやそーではなくて!」と声を荒げてから嘆息する。
「本当……不思議なひとですね」
「……僭越ながら、返答に困るお声がけは避けていただけると幸いです。私、話術は苦手ですので。殿下をお喜ばせできるとはとてもとても……」
謙遜ではなく。嫌味でもなく。
ただ事実のみを告げたコジマさんに、ディミトリは苦笑した。
「では、せめてその『殿下』ていうのを止めていただけませんか? ほら、俺たちは同い年なんですから」
「ですが王族の方につける敬称として、それ以上適切なものはないかと……」
「呼び捨てでいいよ?」
「不敬罪で打首になる覚悟はございません」
コジマさんが無表情のまま肩を竦めれば、ディミトリは「生贄にそんな権限ないんだけどなぁ」とカラカラ笑って。目を閉じて口を開けるものだから、コジマさんはその中に匙を入れる。
ディミトリは再び「美味しい」と
「抜糸まで一週間かかるんだっけ?」
――あざとい人ですね。
子犬が自分を見上げている。
そんなまやかしに絆されぬよう、コジマさんは目を伏せた。
「はい。その間はなるべく動かないでいただけると助かります」
「じゃあ……申し訳ないんだけど、その間世話になってもいいかな? ちょっと休憩したくなっちゃった」
「もちろんでございます。始めからそのつもりだったので」
ため息を押し殺し。己を律したまま目を開ければ、そこには節ばった手があった。
「じゃあ……宜しく、コジマさん」
手を差し出してディミトリに、コジマさんはじっと考える。
――これは、握り返すべきなのでしょうか?
柔和な顔立ちのわりに、硬そうな手だった。よく見ればタコも多い。あれは剣を握る者の手だ、そう見当を付けて。
――そういや
彼が持っていた剣も、当然コジマさんは回収してきている。訓練用の剣だったが、刃こぼれが多かったのでこちらも修繕中だ。といっても、あとは
――生贄王子が剣ですか。
手の様子からして武人……には程遠いが、一朝一夕の訓練ではできない節々の膨らみに。
――まぁ、私には関係ありませんけど。
あくまでこれは、迷い犬を飼い主に返すまでの付き合いだ。
悩んだ末、コジマさんが「こちらこそ宜しくお願いいたします」と頭を下げる。ディミトリは眉をしかめて笑っていた。
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