第46話 コジマさんは最強に可愛い。

 彼はまっすぐに訊いてくる。

 ディミトリのことが嫌いか? ――そんな答え、否に決まっている。


 だって彼は謙虚な努力家だから。そして人の良いところを探してくれて。いつも優しい言葉をかけてくれる。無邪気にたくさん笑いかけてくれる、そんな同い年の少年。

 そんな彼を、自分は――


 ――ダメ。


 認めちゃダメ。だって自分には最愛のひとヴァタル様が――

 だけど、ディミトリはそっとコジマさんが無意識に握りしめていたこぶしを手にとった。


「ヴァタルさんのこと、好きなままでいいよ」

「え?」

「忘れろなんて言わないよ。だって、そんなコジマさんだからこそ、俺は好きになったんだから」


 ――そんな不義理な。


 自分は、神の前で愛を誓ったのだから。彼が居なくなったから、じゃあ次の男だなんて。

 それこそ破廉恥だ。メイドなんかより、よほどふしだらだ。

 そう言い訳したいのに。頭をよぎるのは、結婚式の時のあのひとの誓いの言葉。


『俺の分も、きみは明るく、広い世界を見ていてもらいたい』


 そう告げてきた時の婚約者ヴァタルも、こっちが泣きたくなるくらい優しい顔をしていたけれど。目の前の少年と重ねようとも、重ならない。背丈が違う。恰幅が違う。目の色も髪の色も違う。


 だけど、彼女にとっては――どっちもかけがえのないほど、愛おしいと思うひと。


「だから、俺は浮気相手でいい。あの世でヴァタルさんに殴られるかもしれないけど――その時までには、俺、ヴァタルさんよりも強くなってるから。殴り返して一発ノックアウトさせちゃったらごめんね?」


 気安く語りながら、彼は陽気な顔で袖を捲ってこぶしを握る。


「だって、俺は生きてるし。ヴァタルさんに唯一勝っている点があるとするなら、俺は生きているということだ」


 だから俺はまだいくらでも強くなれる、と彼は言う。

 写真の中だけじゃない。記憶の中の声じゃない。

 目の前で、ディミトリの肉声がはっきりと聞こえる。


「まだヴァタルさんに何もかも敵わないかもしれないけど……それでも俺、強くなるから。これからもたくさん努力して、誰よりも男らしい最高にカッコいい男になってみせるから」


 そして、彼はコジマさんが耐えきれないことを言う。


「だから――約束する。俺は、絶対にコジマさんを置いて死なないよ。ずっときみのそばにいるから」


 ――ごめんなさい……。


「ずるい……」

「え?」

「ずるいですよ、そんなの……」


 ――そんなこと、言われたら。


 思わず膝から崩れそうになった時、コジマさんの体が淡い緑色の光で包まれる。そして温かい光はそっとコジマさんの膝を浮き上がらせ、そっと地面に座らせてくる。《聖なる接吻セイント・キス》が発動したのだ。


 ディミトリは腕の中のコジマさんを確認しながらも、思わず目を見開いた。


「あれ? それ……俺の、だよね?」

「……はい。ダンスパーティの時の加護が発動したのかと」

「あぁ、あれ使わずアイーシャ助けてきたんだ」


 さすがだなぁ、とディミトリはなぜか腹を抱えて笑って。

 ひとしきり笑い終えてから、彼はペタンと座るコジマさんに手を差し出してくる。その傷だらけの硬い手に、コジマさんがおずおず手を乗せると。彼は思いっきり引っ張ってきた。


「じゃあ、次の加護も掛けておかないとね」


 そしてその勢いを利用して、彼はコジマさんの鼻にちゅっと口付けた。わざとらしく、音を鳴らして。加護の光が収まるよりも前に、コジマさんは慌ててディミトリから飛び退く。


「なっ、な、なんで今ですか⁉」

「だって、俺これから毎日コジマさんのこと口説くから。そしたら毎日コジマさん、今みたく腰抜かしちゃうでしょう?」


 ――どういう理屈⁉


 顔も頭も、彼に掴まれたままの指先も、全部が熱い。あまりの恥ずかしさに目の前もチカチカする。もう太陽の眩しさが鬱陶しいくらい。


 そんな中で、ディミトリはまたずるいくらいの優しい笑みで見つめてくるから。


「ねぇ、コジマさん」

「……なんですか?」

「俺と結婚してくれる?」


 ――ねぇ、ヴァタル様?

 ――いつか私もその場所へ行った時、彼と一緒に殴ってくださいね。


 そう、静かに覚悟して。

 コジマさんはいつになく緊張した面持ちで、言葉を発した。


「まずはお友達から、前向きに善処させていちゃだきましゅ……」


 ――噛んだ⁉


 恥ずかしさに顔を隠したくても、もう遮ってくれる前髪もなければ、両手すらディミトリに掴まれているから。


「あ~もう。俺の家政婦、最強に可愛い」


 その蕩けたような聖王子の笑みに、コジマさんはますます赤面する。



 だってコジマさんは最強であろうとも――彼と同じ十七歳の女の子だから。

 淡々と『幸せになりました』と青春の幕を閉じるのは、まだまだ当分先のお話。



 《捨てられた未亡令嬢ですが最強家政婦でもあるので、聖王子と幸せになりました 完》

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捨てられた未亡令嬢ですが最強家政婦でもあるので、隣国の聖王子と幸せになりました。 ゆいレギナ @regina

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