第6話 マヨネーズすれ違い

 しばらく経ってから木菱先輩は戻ってきた。

 その手にはお茶とお茶菓子を添えて。

「はい。お茶とお菓子」

「うん。ありがと」

 僕はお礼を言うとお茶をすする。

 鼻を抜ける茶葉の香り。よほどいいものを使っているのか、身体によさそうな味がする。

「いいお茶~」

「そう? 良かった」

 木菱先輩の厳しいところが抜けて、単なる女の子に見えてきた。いかん。理性が保てるか?

 いいや木菱先輩だもの。変なことはおきないさ。

「それで、なんで僕を呼んだのさ?」

「いいじゃない。たまにはふたりっきりも」

 顔を緩ませる木菱先輩。

 なんだかまるでデートをしているみたいだ。

 僕が落ち着かない様子でいると、木菱先輩がにこりと笑う。

「そんなに固くならないで。そうだ! ゲームでもしよ?」

 大きな胸を揺らし、ゲームを取り出す。

「さ。始めるわよ!」

「は、はい」

 それはアイテムで敵を妨害する系のレースゲームだ。

 ぶつかり合い、競争になるが、木菱先輩はすぐに横にそれる。ぶつける予定だった僕はふらつき、道ばたの木にぶつかり、妨害は失敗に終わる。

「そんな~」

「ふふ。緋彩は相変わらず甘いね」

 そういって先を行く木菱先輩。

「く~。負けてられない」

 僕は近くにあるアイテムをとり、一時無敵状態になる。そして敵を吹っ飛ばしていく。

 ゴールまであとちょっと!

 が、

「おさき~」

 木菱先輩が一位をとると、無敵状態がきれ、速度が落ちる。そこにたたみかけるように妨害アイテムが来て僕の足は完全に止まる。

「うそでしょ!?」

 そうして僕は五位に転落。

「嘘だドンドコドン!」

「運が悪かったね。もう一度やる?」

「やります!」

 僕の反骨精神に火が付いたのか、そのあと何周もプレイし、負け続けるのだった。

 いつの間にか、お茶菓子を挟みながら、談笑する時間が増えていった。

草野くさの先生ってば、私らを馬鹿にしすぎ」

「そうですね。ゲームも立派な文化ですよね」

 なんだかんだ言って木菱先輩との会話は楽しい。

 それに少し過激な発言が僕にはないので、新しい感じがする。

「まったくケチャップ人は間違っているよ」

「間違っている?」

 僕は首をかしげると、木菱先輩は厳しい顔をする。

「だって、誰かに支配される必要があると考えているんだよ? おかしいじゃんかよ」

「そう、かもしれないですね」

 言い切ることができずに戸惑う。

 支配されることを望むのも愚かなことなのかもしれない。

 でも、じゃあなんで僕たちは結束するのだろう。木菱先輩のようなリーダーシップのとれる人がいるからじゃないか?

「まあ、私もケチャップ人なんだけどね」

 たはははと笑う木菱先輩。

「え。ケチャップ人なんですか?」

「そう。この血にはケチャップが流れているんだよ。黙っていてごめん」

 この時代、ケチャップ人と名乗るのはリスクが高い。

 マヨネーズ人と醤油人から猛攻撃を受ける可能性が高いからだ。それにニュートラル――一般的な人間からも白い目で見られることが多いのだ。特にトマトが嫌いな人が反ケチャップ党を結成しているのだ。

 その事実があるからこそ、ケチャップ人はハブられる。

 マヨネーズ人はその人口増加に伴いさほど攻撃は受けなくなっていた。

 中途半端なケチャップ人だからこそ、攻撃を受けやすいのだ。

 攻撃といったが、実際に銃撃戦があるわけじゃない。ただ認めぬ者同志が相手を侮蔑するのだ。

 そんなのはもうこりごりだと言う人も多いけど。

 でもケチャップ人と名乗るには抵抗を覚えるものだ。

 そんな大切な話を木菱先輩は言ってくれているのだ。

「緋彩には知っておいてほしかったのよ」

「それって、どういう意味ですか?」

「あんただけだよ。私を〝可愛い〟って言ってくれたのは」

 ポッと頬を赤らめる木菱先輩。

「い、いや。あれは、別にそう言う意味じゃないです」

「分かっている。でも嬉しかったんだ」

 潤んだ瞳に胸がドキッとする。

 それ以上、木菱先輩の顔を見ていられない。そう思い立ち上がる。

「じゃあ、長居もあれなので、僕帰ります!」

「え。もっとゆっくりしていってよ」

 子猫のようにゴロゴロと鳴く木菱先輩。

 そんな姿は見たくなかった。

「帰りを待っている人がいるので」

「それって彼女?」

 ピリッと空気が変わる。

 彼女? 付き合っている? 多分。違う。マヨ子は押しかけてきているだけで、別に彼女ではない。

「違うと思います」

 そうだ。彼女はせめて支援をしたいとのこと。なら彼女ではないのだろう。

 嘘は言っていない。

 だから、この場から離れたい。

 これ以上、弱気な木菱先輩を見たくない。

「いかないでよ」

 木菱先輩が上目遣いをしてすり寄ってくる。

 年上のお姉さんと言うイメージはすっかりとび、優しくその頭を撫でる。

「ごめんなさいー!」

 そう言って屋敷を後にする。

「失礼しました!」

 僕は家に帰ると、マヨ子と鉢合わせになる。

「今日はどこに行っていたの?」

 まるで浮気調査する彼女のようだ。

「べ、別にいいじゃないか。友達の家だよ」

「友達……。ふ~ん」

 ジト目を向けてくるマヨ子。

「やっぱり無理をしているの」

「え。なにが?」

「マヨネーズ」

「え?」

「マヨネーズ! マヨネーズ!」

 そう言って借りている部屋に隠れるマヨ子。

 てか、家帰らなくていいのかな?

 頬を掻き、自宅に上がる。

 それにしてもなにがあったのだろう。

 聴いて大丈夫なのだろうか?

 マヨネーズ愛が爆発していたようだけど。

 そっか。最近、マヨネーズを使った料理を食べていないからおかしくなったんだな。

 なら今日は僕が料理して、マヨネーズをたくさん食べてもらおう。

 マヨネーズの料理といえば、まずはサラダ。ついでたこ焼き、お好み焼きの生地を用意する。

「ごはんできたよ~」

 僕はマヨ子を呼び出すと、しょんぼりした顔でリビングにくる。

 料理を見てぱぁああと明るい顔になるマヨ子。

「これって……。やっぱりマヨネーズを食べたかったの?」

「へ? 俺が食べたいんじゃなくて、マヨ子が食べたいのかと思った」

「ないない。わたしは自作のマヨネーズを毎回飲んでいるから」

「そ、そうなのか? てっきりマヨネーズを食べていないから調子が悪いと思っていたけど……」

 ふるふると首を振るマヨ子。

「わたしは緋彩くんが迂闊にマヨネーズを摂取できなくなって、それでわたしを嫌いになったんじゃないか、って思って……」

 マヨ子はばつの悪そうな顔をする。

 そうか。マヨネーズを食べるとマヨネーズマンになってしまう体質上、目立つところでマヨネーズを摂取できなくなった。

 でも、

「こういう夕食のときは誰も困らないでしょ?」

 ホットプレートを取り出すと、たこ焼きとお好み焼きを作り始める。

「今日はマヨネーズパーティだよ!」

「うん。わたしも嬉しい♪」

 ノリノリで始めたのはいいが、たこ焼き機はほとんど使ったことがないし、お好み焼きは広島風か、関西風かでもめたけど、おいしくいただけた。

 何よりもソースとマヨネーズの相性が抜群だった。

 カロリーお化けでもあるからあんまり食べられないけど。

「うぅ。糖質ダイエットしているんだった」

 マヨ子がスレンダーな身体を気にする。

 しかし、ダイエットしているところにこんな穀物たっぷりの料理を出してしまった。

「まあ、いいか。少しくらい」

「いいのかよ!」

「うん。その分、運動でもしてくるよ」

 そう言って玄関に向かうマヨ子。

 その横顔が泣いているように見えたのは気のせいだろうか。

 走り出すマヨ子を、見送ることしかできなかった僕。

 まあ、帰ってくるだろう。治安もよくなったことだし。

 新聞に手を伸ばすと、そこにはマヨネーズマンの活躍が載っている。

 これには僕もご満悦だ。

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