第3話 マヨネーズ太もも!

 次の日の朝になり、僕は身支度を整える。

 玄関を開け、自転車にまたがり一直線に高校を目指す。

 私立調味料しりつちょうみりょう高等学校。通う生徒数は3000を超えるマンモス校だ。

 ここには超能力に優れたものや生徒会が絶対の権利を持っていたり――するはずもなく、ただの高校だ。

 でもマヨネーズ人とケチャップ人、それに醤油人や塩人など。様々な人種が通っている。

 噂によるとマヨネーズ人は流れる血の代わりにマヨネーズが流れているらしい。ケチャップ人にも同じような噂がある。

 本当かどうかは知らないけどね。

 自分の席につくと前の席の半家はげが話しかけてくる。

「よ。今日は遅かったじゃねーか。ヒイロ」

「それが僕に奇跡が起きたんだよ」

 マヨネーズには興奮作用があるのか、チャーハンを食べたあと、あまり寝付けなかったのだ。

「奇跡ってなんだ?」

「ヒ・ミ・ツ」

 マヨネーズマンになれるのはマヨ子との秘密になった。

 まあヒーローが町中を歩いていたら驚くだろうし。しかたないよね。

「なんだ? もったいぶって」

「半家には関係ないかな?」

「ひでー奴」

 グチグチと文句を言う半家。

 でも仕方ない。半家にもバレるとまずいのだ。

 彼らが巻き添えにならないようにも、しっかりと秘密にしておかなくてはいけないのだ。

 映画やアニメとかで見たことがある人質として捉えられる可能性もなきにしもあらずだ。

 そんな中、優雅に教室に入ってきたのは、マヨ子だ。

 だらんとたれた髪をまとめており、前髪は切ったのか大きな目が目立つ。

「おい。マヨ子ってあんなにかわいかったか?」

 半家が激しく動揺する。

 確かに。可愛かったのは意外だが、しかし僕の方に歩み寄ってくるのが驚きである。

「マヨネーズマン、どう?」

「似合っているよ。マヨ子」

「ひゅーひゅー」とやじが飛び交う。

 やじが嫌いで走り出す。

 僕は廊下を走ると誰かにぶつかる。

「いてて。……ごめんなさい」

 ぶつかった相手に詫びる。

「たく、気をつけなよ。……って緋彩じゃん。どったの?」

木菱きびし先輩。ぼ、僕」

 困惑した目で訴えかけるが伝わるわけもない。

「落ち着きなよ」

 僕を体育館の自販機に誘う。そこで飲み物を買ってベンチに座る。先輩はコカ・コーラを、僕はお茶をもらう。

 僕みたいな陰キャにも気を使えるそんな先輩が――

「先輩が好きだ」

 吹き出し、苦しそうに咳き込む木菱先輩。

「まさか告白しにきたのかい?」

「へっ? い、いや! 僕みたいな陰キャにかまってくれる先輩が好きなだけです」

「いやいや……まあいいや。で何があったのさ」

 僕はイメチェンしたマヨ子に似合っていると言った話をした。で周りの声が気に入らなかったことも。

「なるほどね。確かにそれは嫌だね」

「ですよね。放っておいて欲しいです」

「でも放っておかないよ。そんなスキャンダル」

 木菱先輩が遠い目で呟く。

「みんな暇で暇でしょうがないからね。だから面白いことがあるとそれを共有したがる。人間の悪しき習慣よね」

 木菱先輩はくすっと笑う。

 こんな顔もするんだ。

 普段ならもっと厳しい顔をするものだけど。

 本当はこんなにマイルドな人なんだ。

「ゲーム作っていない木菱先輩ってかわいいですね」

「ブーッ!!」

 また思ったことを口にしてしまった。

「す、すいません。変なことを言って」

「いやいいよ。気にしていないから」

 吹き出したコーラがベタベタして気持ち悪い、って顔をしているな。

「よかったらこれを使ってください」

 僕はミッ○ーの刺繍が入ったハンカチをわたす。

「ありがとう。でも大切なものじゃないのかな?」

「大丈夫です。離婚した母が最後にくれたものですから。ははは!」

「いや割と重いよ。キミ」

 使いづらそうにハンカチで手を吹く木菱先輩。

 そこまで慎重にならなくてもいいのに。

 しかし濡れた先輩もなんだか色気があってやばい。特に胸のあたり。大きく膨らんだそれは、目に毒だ。

「はい。ありがと」

 その声がマヨ子と重なった気がする。視線が泳ぎ挙動不審になる。

「どったの?」

「いえ。マヨ子もそう言っていたなって思って」

「む。マヨ子と私どっちがいいのかな?」

 拗ねるように訊ねてくる木菱先輩。

「いや、ははは」

 乾いた笑いでごまかし、僕はその場を立ち去る。

「あ。待って。ハンカチ……!」

 何か後ろで言っている木菱先輩。

 でも僕は走り続ける。

 気色の悪い笑みを浮かべた人々がいる教室に戻ると、僕は部屋の端で小さくうめくのだった。

 そしてなぜかマヨ子は誇らしげにしている。

「なあ、ヒイロ。お前は本当にマヨ子と付き合っているのか?」

 半家が聴いてくる。

「いや、付き合っていないから」

 ため息を吐きながら、僕はうんざりした顔をする。


 授業が終わり、お昼になる。

「緋彩くん、暇?」

「え。あ、はい」

 僕はと呼ばれたことにドギマギしてしまう。マヨ子ことあるごとに『マヨネーズマン』と呼んでいたからな。

「じゃあ、一緒に食事しよ?」

「ええと……」

 困ったように頬を掻いていると、マヨ子が二つ分の弁当箱を出す。赤と青の二つだ。

 二つも食べるなんて、大食いなのかな。マヨ子は。

 そのうちの一つを僕に差し出してくる。

「え?」

「こっちの青いのはまよねー、緋彩くんの分なの」

「へ、へー」

 マズい。外堀から埋めていくつもりだ。

 僕はマヨ子に耳打ちする。

「なんで付き合っている風にしているのさ」

「いいじゃない。わたしたちが付き合っていても」

 平然とした様子のマヨ子。

「いやいやいや。僕にとっては良くないからね」

「ほら。食べるの」

「……はい」

 話しても無駄だと分かると、僕は弁当を開ける。

 卵焼き、唐揚げ、そぼろご飯、それにひじきの煮物。

 バランスのとれた美味しそうなメニューだ。

 本当にこれをマヨ子が?

 チャーハンの件もある。マヨネーズがどこかに使われているかもしれない。

 決死の覚悟で食べ進める、と。

「おいしい。マヨネーズ要素がない!」

 と向かいのマヨ子の料理を見るとそこにはマヨネーズがふんだんに使われている。

 同じメニューとは思えないほどだ。

「緋彩くんがマヨネーズを食べるとバレちゃうでしょ?」

 なるほど。僕はマヨネーズマンであることを隠さなければならない。

 だからこそ、『緋彩くん』呼びになったのだろう。

 身を隠しながら生活するというのは大変なことのように思えた。

 僕はただ平穏で平和な日常を送りたい。

 でも他の者がそうはさせてくれない。

 ケチャップ人や醤油人など。派閥が別れている今だからこそ、平和であって欲しいのに。

 爪をかじると、マヨ子が手をつかむ。

「やめなさい。そんなみっともないクセ」

「ご、ごめん」

 爪をかじるのはクセになっている。よく集中しているときなどにでるから要注意だ。

 それにしてもマヨ子は良く気が利くな。

「可愛いし、気遣いができるなんて、なんで彼氏がいないんだろうな……」

 僕とマヨ子が付き合った噂が流れていることからも、マヨ子に彼氏がいないのはわかりきっている。

「え」

 マヨ子が唐揚げを取りこぼす。

 ちょうどマヨ子の太ももあたりに落ちる。

「汚れちゃうよ」

 僕はハンカチを、出そうとして……木菱先輩に預けたままだ!

 と思い、代わりにティッシュを取り出す。

「これで拭いて」

「うん。ありがと」

 マヨ子がそう言うとティッシュを受け取り、太もものあたりを拭き始めた。

 ちょっとエロい。

 白いマヨネーズが制服のスカート。とくに太ももあたりから股間にかけて色を染めているのだ。

 健全な男子高校生である僕は少し興奮した。

 ――ような気がする。

 相手がマヨ子だからな。

 期待はしない。

 マヨ子がおかしいのはいつものことだもの。

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