第4話 マヨネーズお風呂

 マヨネーズ太ももという、ELOSエロスの権化と出合い、僕は困惑した。太ももも良いものだ。

「お口に合いませんか?」

 マヨ子が眉毛をへの字に曲げる。

 明らかに不安そうな彼女を安心させよう。

「そんなことないよ。おいしいよ」

 実際、おいしいので文句のつけようがない。

 それなのにマヨ子は不安そうな顔から離れない。

 何かを訴えるかのような目をしている。

 食事を終えたあとでも、その目は変わらない。


 不安にかられながらも、放課後になり、部室へ向かう。

 文芸部のドアを叩くと、中にはメガネと半家がいた。

 キビシ先輩はまだらしい。相談したのにほっぽり出してしまったから、謝ろうと思っていたのに。

「さっさとゲーム作るぞ」

 半家がそう言いパソコンを立ち上げる。

「う、うん」

 僕もパソコンを付ける。

「……よっ。緋彩」

 気まずそうに現れたのは木菱先輩だ。

 どこか顔を赤らめているような気がした。

「部長、遅いっすよ。先始めてました」

 半家がそう言い、木菱先輩もパソコンを立ち上げる。

「わ、悪い。ちょっと、虫の居所が悪くて……」

 いや、虫なにしたん?

「いや、その緋彩とは関係なくてね」

 ちょっと女言葉になる先輩。めっちゃ――、

「可愛いやん」

「なっ!」

 顔をまっ赤にする木菱先輩。

「あ。いや、なんだか女の子ぽくっていいかな、って。それだけです」

 ぷいっと向きを変えるとパソコン作業を始める。

 後ろでじーっと見つめる木菱先輩と半家。

 そこにメガネがやってくる。

「すいません。ゴミ当番でした! ……て、何かあったのかい?」

「いや、何もないよ」

 僕はうわずった声で返す。

「いや、なにかあったふうだけど!?」

 みんなが散り散りになり、作業を進める。

 なんだが気まずい雰囲気が流れているが、僕が気にしたら負けだ。

 でも木菱先輩、意外と可愛いところあるんだね。知らなかった。

 ちょっといじってみるのも面白そう。


 部活を終えて、帰り道。

「緋彩くん、無線聴いた?」

 マヨ子がマヨネーズを持って現れる。

「いや」

「スマホと連動させれば聴くのは楽なの」

 そう言い、耳打ちをするマヨ子。

「西区でケチャップ人と醤油人の対立が深まっているわ。双方を抑え込んで」

「双方? そんなことをしたら両方から恨まれるんじゃない?」

 ふるふると首を横に振るマヨ子。

「これは公的な仕事になるの。だから行って」

 マヨネーズを口に付けると、僕は再びマヨネーズマンになる。

 そして硬化したマヨネーズマントで空を駆る。

 スマホを片手に位置を特定。降り立つ。

「おら。ケチャップが優勢と認めろ!」

「そんなことを言って暴力でしか解決できないのがケチャップ人だ!」

 醤油人が暴力を受けている。

 ケチャップ人は三人ほど。一方、醤油人は一人のみ。

「おいおいおい。喧嘩はなしだよ」

 僕はマヨネーズネットでケチャップ人を絡め取る。

「うわ、なんだこれ」「マヨネーズ。マヨネーズだ!」「う、動けない!」

 僕は醤油人の目の前に立つと、後ろに振り返る。

「キミも事情聴取には付き合ってもらうからね」

「は、はい」

 醤油人がコクリと頷く。

 その後、警察が到着して、僕たちの聴取を終える。

「ふぅ。疲れた」

「お疲れ様です。マヨネーズマン」

 気がつくと隣にマヨ子がいた。

「ここ最近、こんな仕事ばかりじゃないか。疲れるよ」

「でもお陰で平和になっているよ?」

「そうかもしれないけども……」

 確かにここ最近大きな事件はない。

 それもマヨネーズマンとしての活躍があったればこそなのかもしれない。

「そう言えば、緋彩くんは他の地域に出向いていたりする?」

「? いや。そんなことをしていないけど?」

 なんで聴いたのだろう。気になるが、僕は片付けを始める。

 家に帰ると、マヨ子がついてくる。ここ最近、押しかけているが、どこか気まずそうにするマヨ子。

 何がいけなかったのだろう。

 分からないが僕は毎日、マヨ子の手料理を食べている。

 気になった事と言えば、マヨネーズを使った料理が一個もでないこと。

 いつもマヨネーズを食べていたマヨ子とは思えないほどだ。

 なぜマヨネーズを食べなくなったのだろう。

 気になるけど、まあいいや。

 マヨネーズはけっこう好きだけど。

 でもマヨ子はどんな気持ちで僕と関わっているのだろうか?

 毎日世話を焼いてくれるけど、どうしてそんなことをするんだろうか?

「マヨ子は、さ。なんで世話を焼いてくれるのかな?」

「わたしにはできないから。わたしにはマヨネーズマンになれないから。だからせめてあなたを応援することでヒーローを助けたいの」

 ミートボールをつまみ、言うマヨ子。

「それじゃ、ダメ?」

 可愛い顔をして言う。

「どちゃくそ可愛いな!」

「えへへへ」

 バグったマヨ子を見て、僕もミートボールを頬張る。

「うん。うまい」

「えへへへ」

 まだバグっているが、いつものことだ。気にしてはいけない。

 しかし、マヨ子にヒーロー願望があるとは知らなかった。

 そうか。そうなのか。

 俺は知らず知らずのうちにヒーローになれたけど、そうでない人もたくさんいる。となれば、僕がなれているのは羨ましいに決まっている。そんな人々の思いを背負って生きているのかもしれない。

 重いけど、そう考えると、ヒーローになれたのは奇跡かもしれない。

 その瞬間に立ち会えたのは僕の幸福なのかもしれない。

 でも。でもなんて僕なんだろう。

 もっと適任者がいたはずなのに……。


 僕はひとり、お風呂に向かう。

 一仕事終えてのお風呂は格別だ。汚いものがすべて洗い流されるような感覚に、喜びを感じる。が、

「げ」

 マヨネーズのお風呂になっているではないか。まあ、嫌いじゃないけど。

 と、更衣室の方からドタドタという音が聞こえる。そして衣擦れの音。

「ん?」

 困惑しているところに、ドアが開く。

「一緒にお風呂に入るのだ~」

 ドアを開けて入ってきたのは紛れもないマヨ子だ。

 しかも全裸。バスタオルで身体を隠しているけど、そのスレンダーがよく分かる。

「ななななな、なにをしているのさ!?」

「うん? ご奉仕」

 なんかエロい意味に聞こえるのは僕だけだろうか。

「ごごごごご、奉仕?」

 何をする気だろう?

 僕はここから離れるべきじゃないか。

 そんな思いで立ち上がる。

「きゃっ。ご立派」

 そうだった。僕の前も隠さなきゃじゃん!

 バカした。

 見られた。見られた。見られた!

 頭の中がいろんなことで渋滞していて、深く考えられなくなる。

 これはおかしいことじゃないよ。

 悪魔のささやきが聞こえる。

 マヨ子はヒーロー願望があった。でも適正がないからヒーローにはなれなかった。そんな彼女が選んだのはサポートに回ること。

 そんな健気な彼女を見て、未だに彼女の気持ちを踏みにじるのか?

 いや、そんなことはしたくない。

「ようし。覚悟を決めた。洗ってね」

「うん♪ 綺麗にしてあげる」

 止めるもののいない家で、僕はなすがまま、洗われるのだった。

 お風呂から上がり、パジャマを着て、リビングに向かう。

 冷蔵庫から牛乳を取り出す。少しでも背が伸びるよう願いながら、牛乳を飲む。

 遅れてやってきたマヨ子が僕にぶつかる。

 バランスを崩した僕は転びそうになり、とっさに手を伸ばす。

 転んだ拍子に、マヨ子を押し倒す形になる。

 マヨ子が下で、僕が上。

「いやん♡」

 色っぽい声音を発するマヨ子。

「ご、ごめん」

「それを言うならわたしの方なの」

 と、手に力を入れると、

「いやん♡」

 再び喘ぐマヨ子。

 よく見ると、僕の右手がマヨ子の胸をつかんでいた。

 柔らかく暖かい。生の鶏肉のような感触。

「ご、ごめん!」

 慌てて手を離す。

 が、よく見ると牛乳の白濁とした液体が顔と胸にかかっていた。

「うふ。エッチね♡」

「い、いやそんなんじゃないから!」

「でもご立派になられて」

「ひーん!」

 僕はよく分からない悲鳴を上げて、その場を後にする。

 そのあと、マヨ子はシャワーを浴びたようだった。

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