第5話 マヨネーズ浮気

 マヨネーズ風呂を浴びたあと、僕は自室にこもり、ゲームの制作に取りかかる。

 プログラマーを目指している僕にとって、ゲーム作りはいい経験になると思っていた。

 マヨネーズマンになるまでは。

 マヨネーズマンになったあと、町の平穏について考えることが多くなった。

 この世界の平和は誰かがサポートしていて、そうしてようやく成り立っているのだ。

 だからこの世界には救済が必要だ。

 夜も更けてきた頃、僕はゲーム作りの手を止める。

「あのー。一緒に寝てもいいかな?」

 マヨ子が枕を手にして、伺ってくる。

「え。ああ。まあ……」

 彼女のできたことのない僕にとってそれは青天霹靂せいてんへきれきだった。

 でもここで追い返すのもかわいそうと思い、招き入れる。

 マヨ子と一つ屋根の下。

 いかがわしい気もするが、そうでもない。

 ただ男女が一つのベッドの上で寝るだけだ。

 マヨ子はすやすやと眠りにつき、モヤモヤしたままの僕がゆっくりと眠る。それだけだ。

 それだけなのに、なんでこんなに胸がドキドキするんだろう。

 おかしな話だ。

 ドキドキする要素なんて持ち合わせていないというのに。

 朝起きると、下の階から良い匂いを漂わせている。

 僕はゆっくりと起き上がり、その匂いに連れられて一階のリビングを開ける。

「起きたんですね。マヨネーズマン!」

「あー。今日はマヨ子が料理を作っているのかな?」

 寝ぼけ眼で目をこする僕。

「ふふ。マヨネーズマンと一緒に寝られて、わたしは幸せでしたよ」

 ドキッと胸が、心臓がはねる。

 僕はどうにかしてしまったのだろうか。

 ただ本当に寝ていただけなのに、この幸福感。なんだろう。

 ピーピーと電子音が鳴る。

 警察無線だ。

『こちら本部。東区で包丁を持った男が暴れている模様。至急向かわれたし』

「ごめん。マヨ子。行ってくる」

「はい。お待ちしております」

 俺はマヨネーズを飲み、硬化マヨネーズのマントをまとい、空を駆ける。


「俺はマヨネーズマンだ。そこをどけ!」

 大男が東区の倉庫内で暴れている。厄介なことにマヨネーズマンを語っている。

 確かに筋力の増強、マヨネーズマン特有の匂い、どちらをとっても僕と遜色ない。

 なら、あれが本当のマヨネーズマンか? 違う。

 あいつらは我を忘れて襲いかかる悪の軍団だ。

 僕にためらう意味はない。

 マヨネーズネットを振りかける、と大人しくなる自称マヨネーズマン。

「これであとは警察がくるまで待てば……」

「違う。警察など呼ばせないぞ」

 大男はネットをはねのけ、その巨漢で鋼材を手に握る。

「おいおいおい。うそだろ!」

 僕は大男の腕を見て、筋力からどう投げつけてくるのかを分析。すぐさま対処する。

 右によけると、鋼材が左を通過する。

 あぶねー。

 と、大男を見やると二つ目の鋼材を手にしている。

 このゲームはまだ終わらなさそうだ。

 何度かよけていると、大男が地団駄を踏む。

「なぜ当たらない! 俺は最強のはず。まさか、本物のマヨネーズマンだとでも言うのか!?」

「その通り。僕は愛と正義の使者。マヨネーズマン!」

 口上を名乗ると、僕は一直線に大男に向かう。

 もう鋼材ははない。

 大男は拳を振り上げ、僕の脇腹めがけて振り下ろす。が、僕はそれを回避。

 移動速度を上げた僕に負けはない。

 懐に飛び込むと、その腕を握り、背負い投げをする。

 いくら大男とはいえ、その攻撃はよけられない。

「がっ」

 男の力を利用した攻撃。気を失う大男。

「ふぅ。しかし……」

 マヨネーズネットが破られるとは。

 少しすると、警察がやってくる。

 僕はネットで絡め取った大男を置き去りにし、自宅へ向かう。

 本当休日にやってくれたな。

 家に帰るとマヨ子が笑顔で迎え入れてくれる。

「お疲れなの~。心配はしていなかったけど、どうなの?」

「あー。なんだかとても強い大男だったよ」

「もしかして……!」

「何かあるのか? マヨ子」

 ばつの悪そうな顔をするマヨ子。

 明らかに何かを隠している。

 でなきゃ、もっとすんなりと応えが出てくるはずだ。

「ええっと。その……」

 言葉が詰まるということは何かある証拠だ。

「教えてくれ。何があるってんだ?」

「それが……。違法マヨネーズが出回っているって噂になっていて」

「違法マヨネーズ?」

「うん。本来はあなたのように合法マヨネーズを窃取してマヨネーズマンになるんだけど、違法マヨネーズは身体に影響を与えるマヨネーズで、依存症や多幸感を生み出す違法なマヨネーズのことよ。それでマヨネーズマンになれてしまうの」

 驚きの連続だ。

 依存症、多幸感。それじゃまるでドラッグと一緒じゃないか。

「もちろん、わたしの関わるアカツキにはないわ。でも違法マヨネーズにはあり得るの」

「それは、どうすればいい?」

「現状のところ、見つけたマヨネーズマン(仮)を倒していくしかないわね……」

 それしかできないのか。

 歯がみをしながら、僕は筋力もそこそこの普通の高校生に戻る。

「今度からは違法マヨネーズが相手になりそうね。気をつけて」

「うん。分かったよ」

 僕は困ったように、頬を掻きながら応える。

 まさかの相手に僕はどうしていいのか、分からない。

 今回はたまたま一人だったけど、ふたりで来られたら、どうしようもないかもしれない。

 スマホを見ると木菱先輩から数件の連絡があったらしい。

『今日会えないかな?』

『無視しないで』

『ねぇ。見ているでしょ?』

 こわ。

 木菱先輩。こわ。

 彼女がモテない理由が垣間見えたような気がする。

 でも、会わないわけにもいかないか。

 僕は返事を返すと、自宅でシャワーを浴びる。

 そしてそのあと僕は駅前に向かう。

 僕は木菱先輩の家を知らない。だから、駅前に集合することになった。

「遅いぞ。緋彩」

「すいません。遅れました」

 僕は頭を下げ、謝る。でも木菱先輩はあまり怒っていないようだ。

「さあ、行くぞ」

「はい」

 元気よく返すと木菱先輩はにっこりと笑う。可愛い。

 木菱先輩の家は電車で四つ。けっこう離れている。毎日通っているのだろう。

「半家とメガネは?」

「? 呼んでないぞ?」

 さも当たり前のように否定する木菱先輩。

 いやいや、じゃあなんで僕を呼んだのさ。

 まるで先輩の家に遊びに行くだけみたいじゃないか。

 もしかしてそれが狙い? まさかね。そんなわけないよね。

 ありえない妄想をして、歩くこと数分、高級住宅街へと足を運ぶ。

 え、木菱先輩ってお金持ちだったのか?

 それはしらなかった。

 いつも男らしく豪快なイメージがあるから勘違いしていた。彼女はお嬢様なのだ。

 でも男兄弟でもいるのかな? 男ぽいし。

「ここだ」

 木菱先輩が足を止めて入ったのは、他の豪邸二個分はある広さの超豪邸だった。

 超広いのでメイドと執事がいるらしい。

「セバスチャン、あとでお茶とお茶菓子を」

「かしこまりました」

 木菱先輩が、そう言うと玄関ホールを歩く。

 僕が玄関で戸惑っていると、木菱先輩が柔らかな笑みで、僕を手招きする。

「は、はい」

 僕は木菱先輩の後を追う。

「ここよ」

 とあるドアの目の前で止まる木菱先輩。

 ゴクリと生唾を呑み込む。緊張感が伝わってくるようだ。

 でもなんで緊張しているんだ? ここは木菱先輩の家だよね。

 はっ。もしかしてご両親に挨拶、とか? ま、まさかね……。

 ドアを開ける木菱先輩。そして、中に入るよう促す木菱先輩。

 そこはピンク色の空間に、彩られた世界。

 カーテンがピンク。ベッドがピンク。ドレッサーが白。

 良かった白がある。って、机も白か。

「なんだか女の子らしい部屋ですね」

「そ、そうか? 女の子に見えるか?」

 そりゃそうでしょ。ぬいぐるみもたくさんあるし。

「? ええ。だって木菱先輩といえど、女の子ですから」

 顔がゆでだこになる木菱先輩。

「ちょっと。お茶とってくるぅぅうう―――――――!」

 そう言って廊下を走り出す木菱先輩。

「ええ」

 僕はどうしたらいいんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る