マヨネーズマン!

夕日ゆうや

第1話 マヨネーズマン!

「マヨネーズだ! マヨネーズをくれ!!」

 僕は慌ててクラスメイトに呼びかける。

「おうよ!」

 熊野くまの熊五郎くまごろうがどしどしと無遠慮な歩みで駆け寄ってくる。

 その手にマヨネーズが入った容器が見える。

「マヨネーズ欠乏症だ。早くマヨネーズを」

「じゃあ、輸マヨの準備をするか?」

 輸血ならぬ輸マヨ。だがその心配は要らないだろう。

「意識はある、経口接触で十分だろう」

 僕はマヨネーズを飯野いいの舞子まいこの口の端につける。

 ペロリとなめる舞子、通称マヨ子。

 彼女は少しずつマヨネーズの味を思い出し、つけるマヨの量じゃ足りなくなってきた。いよいよ、僕はボトル一本のマヨネーズをマヨ子の口に持っていく。

 と、とたんに目を覚まし、マヨネーズをチューチューと吸い出すマヨ子。

「ありがとう! マヨネーズマン!」

 僕をマヨネーズマンと呼ぶ、彼女は嫌いだ。

「僕の名前は愛野あいの緋彩ひいろだ。何度間違えれば気が済むんだ」

「そうだな。名前を間違えるのはよくないな」

 うんうんと頷く熊。柔道着姿でそこに立っているということはこれから部活なのだろう。

「熊。部活はいいのか?」

「あ! やっべ!」

 慌てて部活棟に向かう熊。

 メガネが端で笑う。分析家な彼のことだ。今回のことも分析しているに違いない。

 マヨ子は、起き上がると、僕の肩にひっついく。

 マヨ子はその愛称から分かる通り、マヨラー、マヨネーズバカだ。

 切れ長のくりくりとした目、ふわふわに広がる肩口まで伸ばした黒髪。紅い双眸が光っている。

 顔立ちはいい。いいのだが、彼女には欠点がある。

 それは超がつくほどのマヨラー、マヨネーズバカなところだ。

 ことあるごとにマヨネーズを摂取し、今日のように体育のあとだとマヨネーズ欠乏症にかかるほどだ。

 全人類の二十パーセントがマヨネーズ人になりつつある昨今、マヨネーズ欠乏症は珍しくはない。

 だが、マヨ子は違う。マヨネーズを吸う時間が、マヨネーズを摂取する時間が八割ほどひくい。

 ちなみに僕はマヨネーズ人ではない。にも関わらず〝マヨネーズマン〟と呼ばれている。なんでだろうか。気になる。

 さらに言うと、熊もマヨネーズ人ではない。

 マヨネーズはお袋の味、という人も少なくない。

 マヨネーズのパンデミックだ。

 80年代を皮切りに一気に広まったのだ。

 そんなマヨネーズも今ではたくさんの種類がある。明太子に始まり、トマト味、醤油味、塩味、みりん味、料理酒味などなど。

 マヨネーズにかける思いが違う。

「なんだか気持ち悪いの」

 マヨ子は目をぐるぐると回しながら、僕に抱きついてくる。

「分かった。分かったから。落ち着け」

 このままマヨ子を放っておくわけにもいくまい。

 僕は部活に遅れるのを覚悟して保健室につれていく。

 ベッドに寝かせると、マヨ子はおもむろに服を脱ぎ出す。

「な、何をしているのさ!?」

「熱いんだもの」

 制服を脱ぎ終えると、そこには硬質マヨネーズでできた下着が露わになる。

「ぼ、僕は悪くないからね!」

 そう言って保健室から飛び出す。

 僕には刺激が強すぎた。


 部活に行ってみると、木菱きびし部長とメガネの斉藤さいとう半家はげがいる。

 ちなみに半家は本当にはげているからしゃれにならない。

「おそいぞ。緋彩」

「すいません。ちょっとドタバタしていて」

 部活は文芸部。だが最近のサブカルに当てられて今では同人誌活動を行っている。

 早速目の前のパソコンに向き合い、カタカタとキーボードを叩く。

 これでも同人誌活動の真っ只中、原稿を落とすわけにはいかない。

「緋彩さん。この台詞おかしいです」

 メガネがそう言う。

「緋彩。このコンセプトの解釈間違っているぞ」

 木菱部長が言う。

「キャラデザこんな感じでいいか? ヒイロ」

 半家は訊ねてくる。

 って。みんな僕に頼りすぎじゃないですかね?

「いや、僕は一人なので一人一人順番にお願いします」

「じゃあ、あたしからだな」

 木菱部長がにんまりと笑みを浮かべる。

 確かにコンセプトが曖昧に解釈していると、最後の方で詰まるだろう。

 そっちを先に終わらせて、次にキャラデザを見る。

 最後に台詞回しの修正。

 これだけで二時間はかかった。

「今日のところはこれで解散だな」

 木菱がうんうんとうなずき、身支度を調える。

 今日の部活はここまで。

 僕も疲れた身体を伸ばし、片付けを始める。

 その帰り道、学校の塀にケチャップで文字が書かれていた。

 天誅だの、粛正だの。危険そうなワードが飛び交っている。

 そんな中、ケチャップで文字を書く一団がいた。

 ケチャップ人ばかりである。

 その血に赤いケチャップを流している人口の五パーセントがなったというケチャップ人。だが、リーダーシップを発揮する者がおらず、縦横無尽にやりたい放題やっている連中だ。

 そんな彼らを見ていて、僕は怒りを覚える。だが、彼らみたいに強くもない。

 僕は見過ごすことしかできないのだ。

 踵を返し、彼らに触れないようにしてその場を後にする。

 と、校舎の方からマヨ子がやってくる。

「あ! マヨネーズマン!」

 僕を指さし、そう呼ぶマヨ子。

「違う。僕はマヨネーズマンじゃない。マヨの血は流れていない」

「そうじゃなくて!」

 マヨ子は鞄からマヨネーズを取り出す。

 しかし普通のマヨネーズじゃない。

 黄金に輝くマヨネーズだ。

 キラキラしていて普通のマヨネーズではないと悟る。

「これは……?」

「マヨネーズ〝アカツキ〟なの。これを飲めばあなたは完全なマヨネーズマンになれる。その素質を持っているの! 緋彩くん」

「僕が、素質を?」

 これまで平々凡々な生活を送ってきた僕が、変われる? 誰かのぱしりではなくなる?

 ゴクリと喉を鳴らし、マヨネーズを受け取る。

「これで町の平和を守って! マヨネーズマン!」

 チラリと後ろを見る。

 ケチャップ人が未だにケチャップで文字を書いている。

 苛立った。

「僕は……、」

 これを飲めば解決する? すべて?

 そんなバカな。

 そんなのあるわけがない。

 くだらない妄想だ。

 それにマヨネーズを飲んだからといって何が変わるんだよ。

「そのマヨネーズを飲めば、身体能力は四倍強、マヨネーズ光線やマヨネーズソードが使えるようになるよ!」

 明るく励ましてくるマヨ子。

 だがいまいち信憑性がない。

「大丈夫、一滴でいいから飲んでみて!」

 ささっと進めるマヨ子。

 ええい。こうなれば塵となりて。

 覚悟を決めた僕はマヨネーズを飲む。

 ごくっと嚥下する粘っこい液体。

 味は普通のマヨネーズだ。

 しかし、その後が問題だった。

 ぷくっと筋肉が盛り上がり、全身の血が活性化されたような躍動感。

 自分の身体ではないかのように筋力が増す。

 身長は変わらないが、総筋力量が爆発的に増えたのだ。

 それにより若干の痛みが伴う。まるで成長痛のようだ。

 僕は後ろを振り返り、見境なくケチャップをぶちまけている連中を見る。

「そうだ。忘れていたけど、マヨネーズマンは硬質マヨネーズで翼を作ることもできるわよ」

「それって飛べる、ってこと?」

「うん! 頑張って♡ マヨネーズマン!」

 僕は真っ直ぐにケチャップ人に向かっていく。

 そして、その拳で捕まえる。

「警察がくるまで大人しくしていてね」

 そう言い、がんじがらめにする。

「マヨネーズネット!」

 手首から発射されたマヨネーズがケチャップ人を絡め取り、その場に縫い付ける。

 動けなくなったケチャップ人は冷や汗をかく。

「バカな」「やめてくれ」「おれには妻子がいるんだ!」

 泣き叫ぶケチャップ人。

 だが容赦するわけにはいかない。

 この町の平穏を、この町の治安を維持するために僕はいるんだ。

 彼らにこの町を任せるわけにはいかない。

 数分でパトカーがやってきて、全員を逮捕する。

 と、僕は硬質マヨネーズのマントを広げ飛翔する。

 近くのビル。その屋上に降り立つと、後ろに気配を感じる。

「さすがなの。マヨネーズマン」

「マヨ子。どうして僕に?」

 マヨ子が僕に向き直り、慇懃いんぎんな態度を示す。

「ようこそ、マヨネーズマン。これからもよろしくお願いします」

 スカートの端をつまみ、お辞儀をするマヨ子。

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