第9話 ケチャップマン!

 ハーフカロリーのマヨネーズを食べてみるが、通常のマヨネーズのようにマヨネーズマンにはならずにすんでいる。

 全然効果が現れないことから、驚きの目を向けてみる。

 マヨ子はどや顔でえへんと胸を張っている。


※※※


「これがケチャップ〝シラヌイ〟。あのマヨネーズマンと同等の力を得られるケチャップ」

 私はそう呟くと、隣にいた半家がこくりと頷く。

「あなた様ならこのケチャップ正しく使ってみせると思います」

「そう。私なら、か……」

 私はそこまで強くない。

 カリスマがあるのか、人は寄ってくるが、素直に嬉しいと思ったことはない。逆に言えば、それだけでここまでのし上がってきた感覚がある。

 会いたい。緋彩に会って話したい。

 私にはちゃんとした理由もなく、担ぎ出された。

 私には無理だよ。緋彩。

「このケチャップには利用者の敵と未来を見せる力があると聴きます」

 もう引き返せないところまできたらしい。

 私はケチャップを手にすると、ペロリと下でなめとる。

 どくん、と血流が拡張し、流れていく血が熱くなる。

 筋肉を内側から広げるような力に、私の頭の中が真っ白になる。

 快感。

 えもいわれぬ快感に私は身を委ねてしまった。

 飛び上がり、ケチャップマントの反重力装置を使い、空を飛翔する。

 近くにいたコンビニ強盗にケチャップ弾を発射する。

 ケチャップが着弾、爆発し、その身体が投げ出される。

 焦げ付いたケチャップの匂いがあたりにばらまかれる。

 私はこのままではいけない。でも自分で、じぶんを制ぎょでき、ない……。


「おかしい。すぐに効果が切れて、ここに戻ってくるはずなのに」

 メガネは計算を間違えたのか、パソコンの入力を切り替える。

 そして地下にあった工場区から地上へと移動する。

 ケチャップの焦げた匂いが、辺り一面に広がっている。

 そこには強盗でもしたのか、ナイフを持った男が倒れ込んでいる。

「そ、そいつは強盗だ!」

 コンビニから出てきた店員がそう叫ぶ。

 が、コンビニのガラスは破られ、中の商品もめちゃくちゃになっている。

「何があった?」

 片手間に警察を呼ぶと、訊ねる。

「分からねー。天から急にケチャップのかたまりが落ちてきたかと、思うと、爆発したんだ」

 ケチャップ?

 まさか、ケチャップマンは暴走しているのか?

 まずい。このままでは東区の全土が危ない。

 ハッキングし、緊急警報を出して警戒を強める。

 いやそれだけじゃダメだ。

 マヨネーズマン。

 そうだ。マヨネーズマンなら同等の戦いができる。

 だが、どうすればいい?

 ネットに流すか。

 メガネはかたかたとキーボードを打ち込み、ネットにマヨネーズマンにヘルプを出す。

 ケチャップマンの存在と、その凶暴性。それはダメだ。ケチャップマンが悪になってしまったら、今後ケチャップ人の立場が危うくなる。

 ケチャップマンはケチャップ人の模範もはんとなるべく生まれたのだ。

 一度信頼を失ってしまってはもう二度と復活できまい。

 そんなのはダメだ。

 ボクはケチャップマンもマヨネーズマンと同様、ポピュラーなヒーローとして登場して欲しかったのだ。

 それが、なんでこんなことに……。

 嘆いている時間はない。

 ボクはボクにできることをするべきだ。

 東区のありとあらゆる監視カメラにハッキングする。

 ありがたいことに初期パスワードから切り替えていない監視カメラも多い。

 ハッキングを開始すること五分。

 ケチャップマンの姿を見つける。その赤く醜悪な姿を。

 ゾクッとした。背筋が凍る思いだ。

 ケチャップマン。

 それは恐ろしくもあり、頼もしくもあるような気がした。

 それでこの世界の平和を守れるなら――。


※※※


「なんだか、ネットがざわついているの」

 マヨ子がスマホを操作しながら呟く。

「へ~。どんな?」

「ケチャップマン。マヨネーズマンとの対立か……? とのこと。フェイクニュースと噂されているの」

 スマホを拡大して見せてくるマヨ子。

 映っているのは確かにマヨネーズマン。それに対峙するようにケチャップマンが立っている。

 とって貼り付けたような画像に僕は困惑する。

「こんなのなんの意味があるのさ」

「ケチャップマンを止めて、って」

「え?」

「後ろのロゴを見て。ローマ字で助けを求めているわ」

 警察無線にザザッとノイズが走る。

「なんだ?」

『東区、裸部利らぶり町にて飛行物体を確認。地上を攻撃している模様』

 僕は裸部利町に向かい歩き出す。

 歩きながらマヨネーズを摂取し、マントを広げる。

「いくよ。マヨ子」

「行ってらっしゃいませ」

 マヨ子を尻目に僕は東区の裸部利町に向かう。

 飛翔すること五分。

 目の前に赤い飛翔物体を確認する。

 ケチャップマンだ。

 ケチャップマンがケチャップガンを地上に向けて放っている。

 ケチャップの塊が地面を、壁を破壊していく。

「やめるんだ。そんなことをしてもなんにもならない」

「ぐあ? ぐああああ!」

 こちらを見やるケチャップマン。

 だが、その目には精気が感じられない。

 まるで亡霊のような出で立ちで驚きが隠せない。

「キミ……」

「うわぅ!」

 ケチャップマンが鋭い爪で攻撃をしてくる。

 僕はそれを下降することでかわし、背中に回る。

 マヨネーズネットを展開し、ケチャップマンの力をそぎにかかる。

 だが、ネットを引きちぎり、手を振り回す。

 ケチャップマンはそれだけ優れた力を持っているのだ。腕力だけならマヨネーズマンの二倍、いや三倍はある。

 しかし、どうやって食い止める?

 ケチャップマンがケチャップ弾を放ってくる。

 僕はそれをマヨネーズネットで受け止める。

 地上を、市民をやらせるわけにはいかない。

 なら僕がその力をそぎ取るしかできない。

 ネットがちぎれ、僕に降り注ぐケチャップ。

 マヨネーズを身にまとい、ケチャップを緩和する。

 ケチャップを空に弾き飛ばすとマヨネーズの弾で応戦する。

 防戦一方になりかねない状況だが、空中戦ならまだ抑え込めるかもしれない。

 これが市街地戦だと思うとぞっとする。

 市民を守りながら、周囲に気遣いながらの戦いはふりである。

 でも、このケチャップマン。自我を失っているのか、戦い方が雑だ。

 暴走でもしているのか?

 いや、そんなはずは……。

 スマホが鳴り響く。

 電話だ。

『もしもし、舞子。あいつらアカツキから成分を抽出して新しいケチャップを、シラヌイを完成させたらしいの』

「シラヌイ?」

『コードネームよ。そのケチャップだけど。本来はマヨネーズに耐性がある者しか飲めないの。だからケチャップに添加したことにより暴走しているらしいの』

「よく分からないけど、暴走しているのは事実みたい。どうする?」

 このままじゃ、市街地に被害を出しかねない。

 かと言って闘い続けるのにも限度がある。

 それにケチャップマンの中の人も体力を消耗してしまう。

 彼にも助かってほしい。

 こんなの見ていられない。

 悲しいだけだよ。

 だから、助けるよ。

「僕はケチャップマンを助ける」

『どうやって?』

「気絶させる」

 漫画とかでよくみる、手刀というやつだ。

 普段力のない僕だけど、マヨネーズマンになった今ならできる。

 僕はケチャップマンの後ろに回り、その首筋に手刀を加える。

「うぎゃ」

 鳴きながら、気を失うケチャップマン。

 その身体を支え、地上に降ろす。

 解けていくケチャップマンのスーツ。

 僕は隣で見ていると、驚きの声を上げる。

「木菱先輩……?」

 スーツから制服に戻っていく、ケチャップマン。いや、木菱先輩。

 その顔には疲労が見てとれる。

 そんなバカな。

 木菱先輩は憧れの先輩だ。そんな彼女がケチャップまみれになるなんて……。

 ショックで僕はその場に立ち尽くすのだった。

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