第10話 ケチャップ犯罪
「ほら。どいたどいた」
担架を持ってきた二人の救護員。
二人はケチャップ人のようだ。木菱先輩を運び出すと、救急車に乗せ、走り出す。
戸惑いと失意のなか、僕は自宅に帰る。
「どうしたの? 緋彩くん」
「いや、まあ。……うん」
憧れていた先輩が、ケチャップマンの正体だなんて。
ケチャップマンになったのは初めてらしいけど、大丈夫なのだろうか。
僕はそのまま置いてけぼりにしてしまった。僕も救急車について行くべきだったのだ。
迂闊だった。
彼女がどう扱われるかも分からないというのに。
参った。これは参った。
どうすればいい。
そうだ。スマホで木菱先輩に連絡を――
「なにを考えているのか分からないけど、落ち着きなさい」
ぱんっと頬を叩かれて、目の前にいるマヨ子が映る。
「わたしに相談しなさい」
敬語になっていることから、怒っているのは分かるけど、でもどこから話していいのやら。
僕はリビングに入り、食事途中だったのを思い出した。
食事をしながら事情を話す。
「多分。殺されることはないと思うの。だけど実験と称してこれからも……」
「そんな! そんなのは嫌だ。彼女が犠牲になるのは」
「なら、助け出す?」
「……ああ。でもどうやって?」
「警察に頼むの」
マヨ子はキリリと言い放つとどこかに電話をかける。
僕はハンバーグを食べ終え、緑茶をすする。
「あ。パパ。そうそう。今度はケチャップマンのことよ。その正体を知ったの。そして、そう! そうなの! じゃあ、明日の朝に確保できるようにしてね!」
短い電話を終えると、マヨ子がこちらに向き直り、ニコッと笑う。
「明日の朝、出発するの。今のうちに休んでおいて、ね?」
「う、うん……」
パパと言っていたけど、もしかして警察の人?
どうなのだろうか? 気になる。
「マヨ子の父親は警官なの?」
「違うよ?」
良かった。なんとなくホッとする。
「諜報部員よ」
お茶を吹き出す。
良くなかった。もっと大変な人だった。
そんな人に任せられるなんて、僕はどうしたらいいのだろう?
「ほら。今日は休むの。しっかり休養をとってほしいの」
「今からいく」
「それじゃ、相手を不意打ちできないの。勝算が低くなるの」
かたくなに明日行くのを求めるマヨ子。
何か作戦でもあるのだろうか?
それとも単なる気遣い?
「どういうつもりだ。僕は木菱先輩を助ける。(前に助けられたように)」
ぼそぼそと言うと、マヨ子が困り眉になる。
「作戦は明日の朝、午前10時に行われるの。警察との連係プレイが必要だから、今は落ち着いて」
「……分かった。マヨ子を信じる」
僕はついに折れ、マヨ子の提案に乗ることにした。
でも木菱先輩の容姿はおかしかった。何かしらの副作用があったのかもしれない。
いても立ってもいられなくなり、僕は電気をつけ、漫画をあさる。
読んでいても落ち着かない。
ガチャと扉が開く。
「一緒に寝よ?」
「!?」
マヨ子はあくびをかみ殺しながら、ベッドに身を投げ出す。
「うぅ。むにゃ~」
もう寝ているし。
しかし気持ちよさそうに寝ているな。
寝顔も可愛いとかずるいよな。
でも、僕は騙されない。
こんな可愛い顔をして怖いことをするのだから。
しかし、こんな寝顔の子と何もせずに寝るのか。
僕は覚悟を決めて隣の部屋で寝ることにした。
マヨ子と一緒に寝るなんて恥ずかしくてできるもんか。
僕は一人兄の部屋で寝る。
久しぶりだ。この部屋に入るのは。
※※※
「ほら。どうした? 緋彩」
「
僕は泣きながら友樹お兄ちゃんに手を伸ばす。
そうすると、手を優しくつかんでくれるのだ。
「みんなが僕をいじめるんだ。マヨネーズ人じゃないから」
「なんだ。そんなことか。マヨネーズ人ではなくても、緋彩は立派な人間だよ」
「りっぱ?」
「うん。偉いってことだ。生きているだけで人間は人間としての尊厳と誇りを持っているんだよ」
「そんげん。ほこり」
「ちょっと難しかったかな。でもお前ならできる。この世界を変えられる」
友樹お兄ちゃんはこちらを見て微笑む。
「友樹お兄ちゃん、あそぼ!」
「ようし。いいぞ。何して遊ぶ?」
「かくれんぼ!」
友樹お兄ちゃんはやっぱり微笑むのだった。
「いいぞ。じゃあ、俺が鬼な」
「うん! さっそく隠れるね!」
「ようし。やるぞ!」
気合いを入れ直す友樹お兄ちゃん。
「もういいかい?」
「いいよー!」
僕は押し入れに隠れて応える。
「どこかな?」
友樹お兄ちゃんは部屋の中を探し回る。
「なんだ? かくれんぼか?」
もう一人の兄、
「かくれんぼだよ。力もやるか?」
「あ~。パス。おれ、明日までに論文の提出をしなくちゃいけないんだ」
「マジか。間に合うのか?」
「急ピッチで進めている。間に合わせるさ」
「それより、緋彩はみたか?」
「ああ。その押し入れに隠れていたよ」
「ひっ」
バレちゃった。ばらさないでよ、まったく。
これじゃかくれんぼにならないじゃない。
「見つけたぞ。緋彩」
友樹お兄ちゃんは押し入れを開けると微笑むのであった。
「ひどいよ。力お兄ちゃん」
「なんだ? 教えちゃいけなかったか?」
「力お兄ちゃんなんて、嫌い」
「それは困ったな。今度、一緒にケーキを買いに行こうと思っていたのに」
ケーキと、自分の欲求を秤にかけてケーキが勝った。
「むむむ。なら許してあげる」
「ありがとよ」
クツクツと笑う力お兄ちゃん。
「友樹お兄ちゃん。あそぼ?」
「あ。いや、今日は無理なんだ。ごめんな、許せ」
「むむむ」
そんなこと言って他の人とあそぶんだ。
「大丈夫。帰ってきたらたっぷり遊ぶからさ」
「むぅ。そんなこと言ってなにしにいくのさ」
「それは……」
戸惑うような声音に、僕は不安になる。
僕には言ってくれないのかな?
言いたくないのに、言わせるのはダメなことだよね。
「いいよ。言わなくて」
「いや、いずれ言わなくちゃいけないことだ。俺、彼女ができたんだ。お付き合いしているんだ。彼女を守るため、僕はいかなくちゃいけないんだ」
「…………」
「分かる、かな?」
「すっごーい! ヒーローみたい!」
「……そうだな! 兄ちゃん、ヒーローになりたいんだ」
僕は意味が分からず首をかしげる。
「もうヒーローだよ?」
「そいつはいい。俺はヒーローか。ありがとうな」
ぽんと頭を撫でる友樹お兄ちゃん。
「じゃあ、行ってくる」
「悪を倒してね!」
「ああ」
バイクに乗り、駆け出す友樹お兄ちゃん。
「ええっ! 事故!? は、はい。分かりました」
「どうしたの? お父さん」
「友樹が、友樹が!」
血相を変えて言うお父さんに戸惑いを覚える。
こんなお父さん、見たいことない。
僕はお父さんに連れられ、病院の集中治療室に案内される。
そこにはベッドに寝込んだ友樹お兄ちゃんの姿。その身体は全身が包帯で巻かれている。
意識はない。うつろな目をしている。
「友樹! 生きているのか? 友樹!」
「こちらへ。お子さんはどうします?」
「この子は賢い子です。理解してくれるでしょう」
僕のことを言っているらしい。
先生の話によると、ケチャップ暴走族の一人にぶつけられ事故に遭ったらしい。全身の打撲。骨折。脳しんとうによる脳へのダメージ。そのせいか、意識が戻らないという。
「友樹お兄ちゃんはヒーローなのに……」
なんでヒーローが負けているのさ。
「友樹くん!」
ベッドに駆け寄ってきたお姉さんにびくつく。
だが、お父さんは頭を下げる。
「木菱さん。残念ながら、息子と別れてくれ」
「え。どういうことです?」
「いつ目が覚めるのかも分からないんだ。キミの将来の可能性を潰したくない。別れてくれ」
お父さんは頭を下げる。
僕も見よう見まねで頭を下げる。
「で、でも……。だって、私達は婚姻の予定だったのですよ!」
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