第22話 マヨネーズビッド

 振り返るとそこにはりきお兄ちゃんがいた。

「力が欲しいか?」

「うん。自分の心に負けない力が欲しい」

 こくりと頷く僕。

 コツコツと靴音を鳴らし、近寄ってくる力お兄ちゃん。

 手にしていたのはマヨネーズ。

「これは脱法マヨネーズだ。貴様の数倍の力を引き出すことができる。同時に催眠効果がり、過度な快楽を与える」

「これを僕に?」

「弱きなお前だ。いつかくると知っていた。この事態を打破するには必要だろう」

 脱法マヨネーズを受け取ると、力お兄ちゃんはどこかへ去っていく。

 ぼーっとした頭で、脱法マヨネーズを見やる。


 僕の敵はなんだったのだろう。

 誰を敵としていたのだろう。

 ぼーっとする。

 この快楽に飲まれて、地上を見やる。

 ごった返した町中。

 今日もへこへこと取引先と協議をするおじさん。

 今日起きたことを語り合い、一喜一憂している若者。

 仕事がないのか、鳩を見つめるだけの人。

 ナンパしているチャラい男。

 きわどい衣服を着て男を挑発する女。

 みんな。

 みんなを助ける。

 本当に?

 助ける必要もないくらい平和じゃないか。

 僕はヒーローである意味はないのではないだろうか。

 人で溢れたこの世界で。

 平和を求めるのは民衆だ。指導者やヒーローじゃない。

 指導者やヒーローは民衆を信じて送り出すしかないのだ。

 平和を助長するのがヒーローなのかもしれない。

 たった一人の英雄譚など存在しないのだ。その陰で助け、求めた者たちがいる。

 絶対じゃないんだ。

 闘っているのは人間同士なんだ。どちらにも正義はある。だから簡単に倒せるものではない。倒すべき敵は僕たちの心の中に存在する。

 マヨ子はどうして、あんな態度をとったのだろう。

 僕は何かしたのかな。

 なんでこんなことになるんだよ。寂しいよ。

「こんなところで何をしているのだ」

「歌恋か。何の用?」

「排他的な考えでは融和は望めない。そう思ったからここにいるんだよな?」

 男勝りの歌恋がそう言い、周囲を見渡す。

 ここは違法マヨネーズの製造工場だ。

 マヨ子と再開を果たしたはずの地に赴く。

 そしてここで何もかもが終わる。

「マヨネーズマン。その矛を収めない。でないとあたしはあなたを倒すことになる」

「くどくど言わずにやるならやれ」

 僕にはもう何もできない。

 誰からも必要とされていない。

 すべてを失った。

 マヨ子も。木菱先輩も。力お兄ちゃんも。

 すべてを失った僕にできることはもうない。すべての武器が悪なのだ。

 だから破壊する。

「そうだろ? 歌恋」

「いや、違う。我々ヒーローは長い時の中、平和を模索してきた。今ここに在る世界を信じてみろ。ヒーローのあり方も変わったのだ」

「そうだ。変わったのだ。ならば償わなければならない」

「そうして力を欲するから、世界はおかしくなっていく。気がついているはずだ。その脱法マヨネーズはすべてを破壊する」

 歌恋は辛そうに言葉をぶつけてくる。

「もう壊す必要なんてない。みんな君を好きになった。だから闘っている。今もなお」

「闘う? 誰と誰が?」

「違う。みんな世界の理不尽と闘っているのだ」

「世界のりふじん……」

 凝り固まった氷が溶けて行くのを感じる。

「で、でも僕たちの存在意義は?」

「あるよ。みんなが求めている義勇。正しさを追求する力。あたしたちは聖人君子でなきゃいけない。みんなの手本となる人なのだ。そんなあたしらが、こんなところで暴れても意味がない。違うか?」

 ちがう。

 そう言いたかったが、喉に詰まり声がでない。

 なぜ。

 なぜ、こんなにも立派な人がいるのだろう。

「歌恋。キミは何者なんだ?」

「あたしは醤油マン。いつの時代にも現れる光の持ち主」

「恥ずかしくないの?」

「いいえ。あたしたちの意義は権利ではなく義務だ。強くあれ」

「強く……?」

 もやのかかった視界がクリアになっていく。

 なぜだろう。暖かい。

 暖かく優しい空気がそこにはある。

 僕の空っぽになった器に注ぎ込まれる暖かなお茶。そんな感じがする。

 もう失われたと思っていた心が修復を始める。

 なぜマヨ子は木菱先輩を。そしてマヨ子はどうしてしまったのか。力お兄ちゃん。

 それが心残りだ。

「もう僕は……闘い、たく、ない……」

 意識を手放すと、僕はその場に倒れ込んでしまった。

 それを受け止める歌恋。

「あたしのことは入っていないのだな」

 残念そうに呟く歌恋。


 穏やかな日だ。

 草原の中、春風が駆け抜けていく。

 草の香りと、樹木の葉擦れの音が心を安らげる。

「ランチにするぞ。愛野くん」

「うん。そうだね」

 僕は歌恋の作ったサンドイッチを手にする。

 ここ最近、ケチャップ人の結束力が強まっている。今まで無法者だった彼らにリーダーができたのだ。

 聡明で美しい人だという。

 お陰で荒くれ者が町中で暴徒と化すことは避けられた。

 人間は支配されることに快感すら覚えてしまうのだ。

 強いリーダーを求められる現在の世界。

 でも、それは対立を深めることにもつながる。

「サンドイッチおいしいね」

「良かったぞ。口に合わなかったらどうしようかと思ったのだ」

 歌恋が料理上手だとは知らなかった。

 何を食べてもおいしいのだから不思議だ。

「食後にプリンもあるのだ」

 そう言って箱に入ったプリンを差し出してくる。

「おお。こっちもおいしそう……」

 こうして過ごしていると、何日も経っているかのうだが、あれから数時間しか経っていないらしい。

 僕は脱法マヨネーズを押さえ込めることに成功した。

 不可能とされていただけに、僕は異例な成功例と呼ばれている。

 そのため、新たな力を手にした。

 マヨネーズビッド。

 自走砲とも呼ぶべき攻撃手段。その先端から発射されるマヨネーズネットは本人である僕と同等の威力を持っている。盾にもなるから、僕の攻防一体の技となる。

 まあ、もう必要ないのかもしれないが。

 世界は平和に向かって歩き出している。

 もう僕たちの手から離れていっているのだ。

 だからこうしてピクニックができている。

「あんまり考えすぎると、疲れるぞ」

 歌恋がそう言い、弁当を片付ける。

「そろそろ木菱さんのところへ、行こうか?」

「そうだね」

 僕たちは歩いて向かう。

 近くの公園を通って病院に入り、番号を見てベッドに向かう。

「あー。緋彩だ!」

 相変わらず幼児退行した木菱先輩。僕を見つけるなり、おままごとを始める。

 一緒に来た歌恋も巻き込まれ、混沌としたおままごとを始める。

 設定はこうだ。

 前世でいがみ合っていた兄妹。その二人が異世界で宝石をかき集め、世界を相手どり、だまし合いを行う珍道中。異世界スローライフ。

 らしい。

 だが、だまし合いの時点で気づくべきだった。この脚本には陰が潜んでいることを。

 木菱先輩の根源は変わっていないのだと。

 ゲーム作りにも反映させたしゃべり口調と、キャラ設定の濃さ。そして何より世界観の作り込み。

 主人公とヒロインの必然性。

 何もかもが完璧で、僕らはただの翻訳機になっていた。いや、声優か?

 とにもかくにも、できあがった脚本と台本からキャラを想像し、声まねをする。

 そんなおままごとだとは思えない出来事が広まっているのだ。

 これに同居人は苦笑い。

 僕たちはヒーローなのに。

 ふつふつと湧いてくる煮えたぎった心。

 でも木菱先輩に罪はないし。

 振り上げた拳を引っ込めるしかないのだ。

 てか。病院でおままごとって。

 まあ、このおままごとが今の脚本につながっていのだと、確認できただけでもありか。

 気持ちを切り替え、歌恋と一緒におままごとを続ける。

「そこでキスして!」

「「ええ~~っ!!」」

 木菱先輩の合図に、僕と歌恋は顔を見つめ合う。

 と、キスをする姿を思い浮かべた木菱先輩が、

「やっぱりなし。そこははぶく」

((良かった~))

 安堵する二人であった。

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