第23話 マヨネーズマヨ子

 僕は木菱先輩との面会を終えると、例のカフェで歌恋と一緒にひと休憩することにした。

「木菱さん、少しずつですが回復しているな」

「そう? 僕には変わらないように思えるけど……」

 苦笑いを浮かべる僕。

 実際、前に進んでいるようには思えないのだ。

 まあ、おままごとの内容が日に日にハードになってきているとは思うけども。

 でもそれと精神の回復は違う気がする。

「舞子さんともちゃんと話した方がいいだろうな」

 歌恋が視線を醤油ブレンドに落とす。

「そっか。マヨ子と話しなくちゃいけないのか」

 あの冷笑を浮かべるマヨ子と。

 胃がキリキリする。

 ちょっとばかり、しゃべるのに勇気がいりそうだ。

 でもなにか理由があるはずだ。

「歌恋はなにか知っているんじゃないか?」

 ふとそう思った。

 陰りを見せる歌恋。

 聞いちゃいけなかったのだろうか。

「それは本人に確かめるといいよ」

 歌恋は曖昧な笑みを浮かべ頬を掻く。

「いじわるだ」

「そうだよ。あたしは意地悪だよ」

 そう言い合うと笑い出す。

「なんだよ。おかしいか?」

 僕はムッとした顔で歌恋に尋ねる。

「いやいいよ。最高だね」

 何が最高なのかわからずに戸惑う。

「で? 君はどんな子が好きなんだね?」

「へ? なんの話?」

 僕はいきりなりの問いに疑問を抱く。

「やっぱり純粋なんだね」

 純粋? 僕が? なぜ?

 わからない疑問がどんどんと増えていく。

「いいと思うよ。そのままの君で」

 歌恋はクスクスと笑い、肯定してくる。

 しかし、どんな子が好きか。

 僕が好きな子はどんな子だろう。

 優しくて芯の強い子かな。

 たぶん……。

「そっか。なら今から舞子さんに会いに行こう?」

「え。今から?」

 夜も更けてきた。午後十時。

「いいよ。あたしだけでも行ってくる」

「危ないよ、こんな夜道一人で歩くなんて」

「なら、明日行こうか」

 歌恋が急いでいるのには訳がある。そう思えてならない。

 次の日、学校でマヨ子の姿を認めると、僕は歩み寄る。

「おはよう。マヨ子」

「……」

「何も返さないのはさすがに失礼だろ?」

 半家がそう言い、舌打ちをする。

「おはよう。緋彩くん」

「マヨ子に聞きたいことがある。なんで避けるんだ?」

「あたしと一緒に木菱さんと面会していたから、なんて理由だけで、恋人とするのは早計じゃないか?」

 そこには歌恋がいた。違う高校の制服を着ているので一発でわかる。

「……恋人? 僕と歌恋が? そんなまさかな」

 驚きの声を上げる僕。

 そうか。僕と歌恋の仲を疑い話しかけてこなかったのか。

 ん? でもなんでだ? 別に友達のマヨ子には関係ないじゃないか。

「残念ながらあたしは愛野くんとはそういう関係ではなくてよ」

「そう、なんだ……」

 クリクリとした目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

「うぅう」

 泣き出すマヨ子。焦る僕。

「良かった〜」

 すべての発音に濁点がつきそうな話し方に僕は苦笑いを浮かべる。

 何が良かったのかは知らないけど、これで今まで通りに話せるのかもしれない。

 でも僕には許せないことがあった。

 木菱先輩のことだ。

 彼女にマヨネーズ因子を注入したのはマヨ子じゃないのか?

 僕は目を細め、尋ねる。

「なぜ木菱先輩をああしたんだ?」

「「!?」」

 その言葉にマヨ子と半家が目をやる。

「どういうことだよ。先輩は無事なんだろうな?」

 掴みかかってくる半家に驚く。

 今まで感情の読めなかったこいつがこうまで逆立つなんて。

「違う。わたしじゃない」

 歯切れの悪い様子で言葉にするマヨ子。

「ぜってー許さねー」

 僕は拳を作り、マヨ子に宣言する。

「待って! 舞子さんは――」

 歌恋が言い終える前にガラスが割れる音がする。

 この間、学校の塀に落書きをしていたケチャップ人の仲間と思しきものがケチャップを飲み干し、学校に向かってケチャップ弾を放ったのだ。

 ケチャップ弾の威力は凄まじく、ガラスは破壊され膨大な量のケチャップをそこかしこにばらまく。

「ちっ。マヨネーズだ」

 僕は鞄からマヨネーズを取り出し飲み干す。

 ついで醤油を飲み干す歌恋。

 醤油マンとマヨネーズマンが空を駆けケチャップマンに飛びつく。

「何? この人たち、みんなケチャップマンだよ!」

 驚きの声を上げる僕。

「我が女王になにをした!?」

 ケチャップマンの一人が叫ぶ。

 女王。誰のことだ?

「この人たちがイメージしているのは木菱さんだ」

 心を読み取る歌恋がいてくれて助かった。

 しかし、僕らも木菱先輩は助けたいと思っている。

「我々の希望を砕くな! マヨネーズマン!」

「どうやらご指名だ。大丈夫か?」

 僕が前に踏み出すと、不安そうな顔を向けてくる醤油マン。

 ケチャップマンは全員で三人いる。すべてを相手にするには分が悪いだろう。

 でもひとりなら。

「僕は負けるわけにはいかないんだ」

 マヨネーズ因子が活性化し、内側から膨大なエネルギーを感じる。

 力を込めて放つマヨネーズネット。それに絡まり身動きできなくなるケチャップマンの一人。

「やってくれたな!」

 怒りの声を上げるケチャップマン。

 放ったケチャップ弾を片腕で受け止める僕。

「マヨネーズビッド」

 僕の両脇からマヨネーズビッドと呼ばれる自走砲が現れる。まるでマヨネーズの容器のような形をしている。

 そこから発射されるマヨネーズネット。

 絡まり動きを止めるケチャップマン。

「さて。なぜ違法ケチャップを持っている。それにその安定性……」

 ケチャップ因子を取り込めば木菱先輩のようになってしまうはずが、安定した自我をもたらしている。

 それはマヨ子にも成し遂げなかったことだ。

 いやもしかしたら、完成させていたのか?

 ならなぜ木菱先輩に投与しなかった。

 憔悴しきった木菱先輩を見ていられなかった。あれを許せるものなどいないだろう。

 僕は偽ケチャップマンたちを捕らえると、警察に引き渡す。

 僕はそのまま自宅に帰ることにした。授業を受ける気分じゃない。

 せっかく仲直りできたと思っていたのに、マヨ子に裏切られた気分だ。


 どしゃぶりの中、ヒロインが荷物を持って玄関に立つ。謝りたくて。

 しかし僕は無視する。

 翌日、風邪で休むマヨ子。

「てめー、なにか知っているんじゃないか?」

 半家からの目線が鋭いものに変わっていた。

「あんまり愛野をいじめるなよ、半家」

 熊野が優しく微笑む。

「大丈夫だよ。思ったとおりにして」

「う、うん」

 少し罪悪感を感じるが僕には会う勇気がなかった。

「それでここまで逃げてきたのですか? 情けない」

 歌恋が嘲笑してくる。

「まあ、うん」

 心の読める歌恋に何を取り繕っても無駄だ。

「あなたの方がわかっているよな? 舞子さんのこと。そして自分のこと」

「そう、だね……。ごめん、行ってくるよ」


「お見舞いに来てくれたんだ」

 マヨ子は可愛さを投げ捨てるかのように鼻水を垂らし、ひどい顔で出てきた。その顔は赤く、熱があるようだった。

 あのマヨネーズアカツキの工場。そこのビルの一階がマヨ子の自宅だった。

「まあ、成り行きで」

「そっかぁ、ありがと」

 にべもなく笑うマヨ子。

「まあなんだ、キミがいないと張り合いがいがいないからな、さっさと治してよ」

 そう言ってレジ袋からプリンや風邪薬、バナナオレなどなどを出す。

「しかし両親は?」

 僕が疑問に思い尋ねる。

「……両親は、いないの」

「どこか遠くで働いているってこと?」

「まあ、うん」

 元気なさそうに呟くマヨ子。

「それでなんだ。あれは?」

 昨日のケチャップマンについて尋ねる。

「あれは亡霊よ。わたしのプランにはなかったもの」

 プラン?

 それで木菱先輩をあんな目にあわせたのか?

「木菱先輩のことは?」

「あれはメガネ君が配合を間違えて」

 なんということだ。医療ミスで木菱先輩はああなったとでも言うのか。納得できるものではない。

「ごめんなさい」

 頭を深々と下げるマヨ子。

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