第24話 マヨネーズ看病

「単なる医療ミスと?」

「そういうことになるの」

 マヨ子が悲しげに目を伏せて肯定する。

「そんな……」

 やりきれない気持ちがこみ上げてくる。

「ごめんなさい。すべてわたしの責任なの。許してなんて言えないの」

 そんな声で言うな。責められないじゃないか。

「でもケチャップ因子は完成したの。だからこうして学校にもこれたの」

「ならなぜ木菱先輩のもとへ行かない?」

「行ったの。もう因子は打ち込まれたの。でもすぐには効かないみたい」

 ゴホゴホとつらそうに咳き込むマヨ子。

 ぐぅう〜と情けなく鳴くマヨ子の腹。

「ちゃんと食べていないでしょ。僕がなにか作るよ」

「ありがとう」

 マヨ子は微笑み、台所まで案内してくれる。

 台所にはカップ麺の容器がたくさん積まれていた。

 僕と一緒のときはあんなに華やかな料理を出してくれていたのに。

 ここ最近の彼女の生活を表しているようで、胸が苦しくなった。

 冷蔵庫を開けても大したものは入っていない。

 かろうじで米と牛乳がある。米もできあいのもであり、電子レンジで温めるだけの簡単なやつだ。

 ミルク粥にでもするか。

 お米を温め、牛乳と一緒に煮詰める。塩で味付けをして完成。

 かろうじであった小ねぎをちらし、皿に移す。

 あとはマヨ子が食べてくれるといいのだけど。

「マヨ子。ご飯だよ」

「ん。ありがとう」

 マヨ子は嬉しそう食べるのだった。

「うん。おいしいよ。緋彩くん」

 良かった。

「あとはもう寝たら?」

「その前に汗かいちゃった。拭くの手伝って」

「いいよ」

 なんの気もなしに答えたのが後々、間違いだってことに気づく。

 洗面所にあったタオルを持ってきて、上体だけを起こしたマヨ子はなんの気もなしに、服を脱ぐ。

「へっ!?」

 ずいぶん間の抜けた声に自分でも驚く。

「だって背中を拭いてもらうにはこうしないと」

 確かにマヨ子の言い分は正しいかもしれない。

 そう思い、僕はマヨ子の柔肌にタオルを押し付ける。

 そしてゆっくりと丁寧に汗を拭う。

「どう?」

「うん。気持ちいいよ」

「良かった」

 って、気持ちいいってなんだ!?

 ごく自然に聞き流すところだったけど、気持ちいいのか? そうなのか!?

 頭がパニクったまま僕は背中をこする。そして手がすべりお尻の方まで行ってしまう。

 そのまま手が変なところに到達してしまうのだった。

「そこは……ダメ……!」

 身悶えるマヨ子。真っ赤になる僕。

「ご、ごめん!」

 慌てて手を引っ込めると、手にはマヨネーズが付着していた。

「もう、エッチなんだから♡」

 なんで嬉しそうなんだ。こいつは。

 僕は驚きのあまり目を丸くする。

 本当に変態さんなんだな。

 少し泣きそうになる。

 そう言えば、以前にも硬質マヨネーズで下着作っていたな。あのときはビックリを通り越して呆れたものだ。

「どうしたの?」

 黙っていたら、不思議そうに首を傾げるマヨ子。

「なんでもない」

 背中を拭き終えると僕はタオルをマヨ子に渡す。

「前は自分でして」

「ええ〜」

 不服そうに言うがこれで手いっぱいだ。

「もういいだろ。僕だって恥ずかしいんだよ」

「そっか。ありがと」

 えへへへと笑うマヨ子。熱があるせいか、顔が赤い。

 近くに体温計は?

 まあいいや。

 僕はマヨ子の額に額をくっつける。

「へぎゃ!」

 驚いた顔をするマヨ子。

「まだ熱あるみたいだから安静にね」

「う、うん……」

 急にしおらしい態度になるマヨ子。

「じゃあ、また」

 僕はそう言い、帰ることにした。

 ずっといられても気を張るだけだし。それで熱が上がったら意味がないし。

 自宅に帰ると、歌恋が家の前で待機していた。

「なんだ? 歌恋」

「ちゃんと仲直りしたの?」

「別にそんなんじゃない」

 喧嘩していたのかな。いや、すれ違いに近いと思う。

 よく分からないけど、マヨ子にも事情があったみたい。

 だからもう大丈夫。

「それで? これからあたしと一緒にカフェでも行かない?」

「え。でも……」

 なぜかマヨ子に悪い気がする。

 今までなら感じなかった感情だ。

 モヤモヤする。この感覚はなんだろう。

「まあ、うん」

「やった。愛野くんならそう言ってくれると思っていた」

 これでいいのかな。分からないけど、ヒーロー同士仲良くていもいいよね。

 カフェに向かいながら話し合う。

「でも驚いたよ。キミがマヨネーズマンだったなんて」

「僕も、最初は醤油マンが女の子なんてびっくりだよ」

 笑い合い、歩く。

 カフェにつくと、僕はマヨネーズブレンド、歌恋は醤油ブレンドを頼む。

「ここのコーヒーはやっぱり、醤油ブレンドだな」

「そうかな? マヨネーズブレンドもなかなか」

「そういえば、マヨネーズを摂取してもマヨネーズマンにならないね」

「うん。なんだか能力の使い方が分かってきたみたい」

「そっか。じゃあ、マヨネーズ食べ放題だ」

「そんなには食べないけどね」

「? 愛野くんはマヨネーズ人じゃないの?」

 不思議そうに訊ねる歌恋。

 無理もない。マヨネーズマンを名乗っていながら、マヨネーズ人ではないのだから。

「そうだよ。ただの自然人」

 ほうっとため息を吐く歌恋。

「面白いこともあるもんだ。普通はマヨネーズ人がマヨネーズマンになるのに。因子が違うのかな?」

 歌恋は疑問に思うが、残念ながら答えられるだけの知識がない。

「そもそもマヨネーズ人とはどういう人なんだ?」

 僕は疑問に思い訊ねる。

「知らないの? 学校で習うでしょ」

「授業は寝るためにあると思う」

「ダメダメだ~」

 僕は授業中、内職や睡眠に当てている。それでも他人からは優等生に見えるのだから不思議だ。

「マヨネーズ人はその血にマヨネーズが流れている。そのせいか、身体能力の向上が見られるのだ」

「そうなんだ。へぇ。身体能力の……」

 そう言えば、体育の授業でマヨネーズ人、ケチャップ人、醤油人は別々だったな。あれはそういう意味だったのか。

「理解できたところで、マヨネーズマンになるには、そのマヨネーズの活性化が見られるはずなんだけど……」

「僕にはマヨネーズがないよ?」

「そうなのよね。どうなっているのかな?」

 マヨ子がいれば何か分かるかも知れないけど、僕たちだけではさっぱりだ。

「まあ、マヨネーズを飲み過ぎてマヨネーズ人になったっていう説もあるからね」

「そうなんだ?」

「そう。ほら、ラノベの異世界ものとかでよく登場するマヨネーズだ。だから人気がでたのかな?」

 マヨネーズブレンドを飲む。

 マヨネーズの酸味がコーヒーの酸味とマッチしている。こってりとしているが、コーヒー豆の選び方がいいのか、後味はすっきりしている。

「ふむ。マヨネーズブレンド、いいな」

 話が一段落すると、歌恋はつまんなさそうに呟く。

「なんでこんなに近いのに、遠いんだろ……」

 泣きそうな顔になる歌恋。

 何を言っているのだろう。まるで謎かけだ。

「近くて、遠いもの?」

「なんでもない。気にしないで」

 そう言って会計を済ませると、僕たちはカフェを後にした。

「愛野くん」

 帰りの振り向きざまに、歌恋が言う。

「マヨ子のこと、頼んだよ」

「頼まれた」

 反射的に答えるが、マヨ子は非戦闘員だしな。

 だから守れ、ってことか。

 そう解釈すると、僕は自宅に向かって歩いていく。


「そういう意味じゃないんだよ」

 愛野くんが帰っていくと、歌恋は寂しく呟く。

「恋だよ」

 口の中で霧散していく。

 胸が締め付けられるように痛い。

 こんなにもあたしは彼を意識していたんだ。

 自分でも知らない気持ちがあるんだ。


※※※


 やった。やったぞ。

 これでケチャップ人は我が手中の中。

 これでマヨネーズマンも、醤油マンも倒せる。

 俺自ら、世界を変える。

 戦い続けることに意義があるのだ。

 人は戦い続けることが自然なのだ。

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