第25話 ケチャップ反乱

「もう何やっているの!?」

 マヨ子がプンプンと怒りながら、半家を追い詰める。

「い、いや。少し言い方が悪かった。すまない」

 半家がタジタジになっている。

 ちょっとふざけただけで、これだ。

「いつものマヨ子に戻っているじゃねーか。お前が今なら大丈夫だって言ったから」

「言ってないし、マヨ子がいなくてもダメでしょ」

 僕は呆れた顔で半家にダメだしする。

 唐揚げに勝手にマヨネーズをかけた半家だが、まあマヨ子なら普通に食べるよな。

 でも今は怒っている。あのマヨネーズバカがどうしたというのだろう。

「どうなっているんだよ、ヒイロ!」

「分からないけど、謝ればいいんじゃないかな」

「すまん。おれが悪かった!」

 半家は頭を下げると、申し訳なさそうに言う。

 それを見届け、落ち着くマヨ子。

「まあ、いいけど」

「お。マヨ子ならそう言ってもらえると信じていたよ!」

 半家が嬉しそうにはねる。

 マヨ子のスマホに着信がある。

 不思議に思ったマヨ子がスマホを操作し、みるみる青ざめていく。

「どうしたんだ? マヨ子」

 僕は訊ねてみると、マヨ子がブリキのおもちゃのようにギギギと頭を向ける。

「ケチャップ人が集結している、とのこと。すぐに全容を確認せよ、と」

 どこからの情報提供だろう。

 でもマヨ子が言うんだ。間違いない。

「ケチャップ人」

 言葉に出してみて思いつく。木菱先輩の顔がちらつく。

「どうする?」

「これから行くの。……緋彩くんも来るの?」

「……うん」

 逡巡したあと、頷く。

 また離ればなれになるのは嫌だ。

 学校をサボる口実もできた。

 僕はマヨ子と一緒にいる。

 それがどんなに素敵な響きか。

 それにケチャップ人をまとめ上げる力があるのは木菱先輩だ。彼女のカリスマ性は高い。

 でも病院からは連絡がない。本当にまとめ上げているのは誰だろう。

 最悪なことを考えてしまう。

 もし、過激な指導者が現れたのなら、僕たちは倒せなければならない。

 不殺のこゝろを持った木菱先輩ならいいのだけど。

 この考え自体甘いのかもしれない。

 それでも考えてしまう。

 新たな指導者が温和であることを。話し合いの余地があると。


 僕とマヨ子は港区にある、とある倉庫に降り立つと、ケチャップ人に紛れて倉庫の一角に向かう。

 周りにはケチャップ人がいっぱいいる。その数は百を超えている。

「ケチャップ人ってこんなにいたんだね」

「そうね。まさかこの中に隠れているとは考えないでしょう」

 マヨ子がふふふと笑う。

 僕たちはケチャップ人の流れに乗って歩みを進める。

 倉庫内の、コンテナの上にのっている人影が見える。それ以外のケチャップ人は周りでざわついた声を上げる。中にはプラカードや、旗を掲げている人がいる。

 若き指導者を前に憤りを露わにしている。

「我々ケチャップ人は他の人種に比べ、マイノリティかつ、主導を持たなかった。それはいい。だが、参政権も与えられぬというなら話は別だ。我々は五年も待った。そろそろ我々の中から指導者が現れてもいいのではないか!?」

 訴えかける演説に同調するケチャップ人たち。

「そこでケチャップマンの登場だ!」

 スポットライトがあたると、その中央にケチャップマンがいる。だが、木菱先輩ではない。

 周りが黄色い歓声を上げている中、僕はその語り口に聞き覚えがあり、人混みを掻き分け、中心に向かう。

「我々の悲願を成し遂げるため、理不尽からの解放を約束する。そのためのケチャップマンだ」

 一人の人間が、数百の人の意見をまとめることができるものか。一人の人間が抱えられるのはせいぜい二、三人だ。一人の人間が抱え込めるのはその人が経験してきたことのみ。

 間違っている。

 間違っているよ。

りきお兄ちゃん!」

 顔を上げると、そこにはりきお兄ちゃんが立っていた。

 そしてケチャップマンとして力を見せつける。

 ドラム缶を軽く弾き飛ばしたのだ。

 その姿に歓声が強まる。

「力お兄ちゃん!」

 僕の叫び声は歓声にかき消される。

「帰るよ。緋彩くん」

「でも、あそこにいるのは力お兄ちゃんなんだ」

「それは分かった。でも、今はどうしようもないでしょ?」

 僕はなんて無力なんだ。

 ここで引き下がるのは簡単かもしれない。でもまだ力お兄ちゃんが何をするのかわらかない。

 だから退けと言うのだろう。

 ただ嫌な予感がするのだ。

 ここで退けば遺恨が残るような気がしてならない。

 僕はどうすればいい。

 ここにいてはケチャップ人の声にかき消される。

 なら、マヨネーズマンになりあのコンテナの上に飛びつくか。

 鞄からマヨネーズを取り出し、マヨ子が奪う。

「ダメよ。ここでは負けてしまう」

「なんで!?」

「違法ケチャップを配っているからよ! ここでは多勢に無勢。負けるわ」

 鋭い視線に射貫かれ、僕は身震いする。

 負ける。僕が。

 マヨネーズマンが。

 違法マヨネーズマンですらそうだったのだ。この数を相手にはできない。

「逃げるしかないのか……!」

 歯がみをし、僕はその場を去る。

 倉庫から離れた、最寄り駅。

「バカ! なんですぐに退かなかったの!」

 マヨ子からの叱責は当たり前だ。

 あの場でマヨネーズマンとバレたら、どうなっていたか分からない。

 ケチャップ人は虐げられた者として深い傷を負っている。彼らが復讐をもくろむこともある。

 分かっていた。分かっていたけど、僕は対話の道のりを示したかった。

 話し合えばわかり合えると信じたかった。

「そういえば、マヨ子こそ、どうなのさ」

 違法マヨネーズ工場にいたことを思い出す。

「な、何よ?」

「前、違法マヨネーズ工場にいたよね?」

「あ、あれはメガネくんに言われて見学に行っていただけなの。ただのマヨネーズ工場と聞いていたの」

「本当かな?」

 じとっと見やると、マヨ子は悲しそうに目を伏せる。

「どうであれ、結果的には裏切ったようなもの。ごめんなさい」

 ペコリと頭を下げるマヨ子。

 そんなのが欲しかったわけじゃない。

 でも、どうしようもないじゃないか。

 僕の憤りが収まるわけでもない。

 行き場を失った熱が腹でうずまく。

「しかし、その言い分だとメガネくんが首謀じゃ――」

 言いかけると、爆発が起きる。

 難を逃れた僕とマヨ子は爆煙から離れるようにして駅に乗り込む。

 なんだ? 何が起きている?

 僕は疑問に思いながら、電車が次の駅に到達するのを待つ。

 一分一秒も逃さずに周囲の声を聞き分ける。

「ケチャップマンのリベンジ。復讐の始まり……」

 聞こえてきた怒りの声に僕は吐き気をもよおす。

 これはおおよそ人間が人間に与えてはいけない言葉の数々。

 それだけ不満がたまっていたのも事実。

 少数民族の排他的行動は身に余るものがある。と言っても受け入れてはくれないんだろうな。

「マズいの」

「どうした? マヨ子」

「ケチャップ人がわたしの研究室に侵入、マヨネーズ因子と、工場の爆破を確認、そしたって」

「これでアカツキは製造できないのか……」

 ハッと思い至る。

「ケチャップ因子はどうしている?」

「内部にスパイがいるのは知っていたの。だからここに」

 鞄を開けるとそこには二つ。ケチャップとマヨネーズだ。どちらも因子が含まれているのだろう。

 ちと危険な香りがする。少ないかもしれない。

 とはいえ、これを持っている限り一大事のときには活躍してくれるだろう。

 スマホが鳴り響く。

 誰だろう。そう思ってつなぐと、キンキン声が聞こえてくる。

『愛野くん。大変だ。ケチャップ人が各地で違法ケチャップを使用し、暴れ回っている。こちらは――』

 ザザッとノイズが走り、通話が切れる。

 何があったというのだ。


 これから起きる闘いを僕はまだ知らない。

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