第26話 マヨネーズ弱点
電話が切れてから、僕からもかけ直す。
が、通話できない。
《おかけになった電話をお呼びしましたが、おつなぎできませんでした》
電子音声が非情なまでに現実を突きつけてくる。
「そんな……」
一体何が起きているというのだ。
ケチャップ人が暴れ、歌恋にまで被害が及んでいる。そう考えるのが自然だろう。
しかしあの醤油マンのことだ。生き延びているだろう。
そうでなかったら――僕は。
感情をコントロールするため、僕は生きているのに賭ける。
電車が次の駅につくと僕たちは降り、マヨ子にお願いをする。
「ごめん。マヨ子。僕は行くよ」
「うん。帰ってきてなの」
「マヨネーズもらっていくね」
僕はマヨ子の持っていたマヨネーズを受け取り、その場で一気に飲み干す。
そしてマヨネーズマンとなった僕は声を頼りに歌恋のもとへ向かう。
彼女がいる町につくと、一度聴覚で確かめる。
数千倍に引き延ばされた聴覚が、歌恋の居場所をつきとめる。
「やめて! やめて!」
歌恋は三人の偽ケチャップマンからケチャップボールをぶつけられている。
ケチャップでできているため、さほど威力はないが、それでも痛いものは痛い。それに赤く染まった衣服にショックを受けてしまった。
まだ醤油マンじゃないのか!
「やめろ。やめろ――――――っ!!」
気がつくと僕は駆け出していた。
マヨネーズソードを取り出し、偽ケチャップマンの背中を切りつける。
もう一人に目を据えて、一直線に走り出す。
とんでくるボールをよけながら、ソードを一振り。
これで二人目。
「はは~ん。これで倒せるかな?」
ダミ声の大男が歌恋にナイフを突き立て、人質にしている。
「ダメよ。こいつの言うことを聴いたら」
「いいね。その度胸嫌いじゃない。でも、ぼくちんには関係のない話。死んでもらうよ」
僕はマヨネーズネットを投げつける。
ナイフに絡みつき、地面に落とす。
「なんだ? これは!」
「残念」
歌恋は肘鉄を腹に食らわせる。
腹を押さえる大男の後頭部をまたもや肘鉄で気を失わせる。
「やるじゃん」
「このくらい当然だろ?」
歌恋が生きていて良かった。
「でも、この状況はなんだ?」
ケチャップ人があちこちで暴徒と化している。
それを止めるにはやはり指導者の失脚しかないだろう。
「あたしも手伝う。どこにいけばいい?」
「それよりも醤油を飲んでくれ。早く醤油マンに変身だ」
「……できないぞ」
「どうして?」
「醤油因子がないんだ。もう醤油マンには……」
「市販のでもダメなのか?」
「うん。あたしの場合はそうみたい」
なんてこった。戦力が増えたと思ったが、これじゃ完全に足手まといになる。
待てよ。逆に言えば、醤油因子があれば戦力になるんだよな。
「醤油はどこにある?」
「え。うちにストックしてあるけど……」
「じゃあ、行こう」
僕は歌恋の家に行くことにした。
※※※
「ここが歌恋さんのおうち」
ボロいアパートの一室。共同風呂、外にトイレが一つ。
今の時代探しても見つからないだろう、というくらい質素なたたずまいにショックを受ける。
「ちょっと待っていて」
自分の家に上げるのが嫌なのか、歌恋は一人で部屋の中に入っていく。
僕を上げるつもりはないらしい。
「きゃっ!」
悲鳴とともにガラスが割れる音がする。
「歌恋!?」
僕は驚いて家の中に入る。
「こいつが醤油マンか。意外に若いな」
偽ケチャップマンが歌恋を取り押さえている。
「させるか!」
僕はマヨネーズビッドを出し、両端からマヨネーズビームを発射する。
「ぐ。のわっ――!」
偽ケチャップマンは撃退できたものの、歌恋が座り込んだまま、泣き出す。
本当は弱い子なのだ。
こんなにひどいことができるのがケチャップマンなのか?
いや、信じたい。
みんなの心に平和を望む声があると。
「大丈夫?」
必死で絞り出した声は、平凡そのものだった。
「う、うん。醤油因子を」
冷蔵庫にある醤油を見つけると、歌恋に渡す。
「ありがとう」
まだ震える手で醤油を飲み始める歌恋。
全身が醤油マンになるのに三秒もかからなかった。
「行くよ」
「うん」
僕と醤油マンは各地で起きている偽ケチャップマンの攻撃を防ぐことにした。
それでも、なお絶えない悪事の数々。
どうしてしまったのだろう。
昨日までは平和平穏な日々だったのに。
マヨ子に近況を報告すると意外な話が飛びこんでくる。
「大変なの。違法マヨネーズが出回っているみたい」
「そんな!?」
あれだけ苦労して工場を潰したのに。
「正規版よりもさらに質が落ちているらしいの。だから中毒者やその場で永眠するものも多いの」
「やめさせなくちゃ!」
「どうやって?」
分かっている。一人一人裁いていたらきりがないことは。
「今、偽ケチャップマンと偽マヨネーズマンの戦争が起きたそうよ」
テレビを見ていると確かに同じ内容のことが映像つきで放映されている。
隣で腰をかけていたマヨ子は市販のマヨネーズを買いあさってきたのか、登山客に見える。
「さあ、これでケチャップマンの野望を打ち砕くの」
「野望……?」
「いいから、マヨネーズマンはマヨネーズマンにできることをして」
「うん。分かった」
力お兄ちゃん。
あなたは何を思ってこんなことをしているのですか?
僕のことはもう忘れたの?
どうして、僕の友人をいじめるのさ。
僕には力お兄ちゃんのことが分からない。
あの優しかった力お兄ちゃんはどこにいったのさ。
寂しいよ。
偽ケチャップマンを懲らしめると、次の現場に向かう。
「ひゃっはー! 汚物は消滅だ!」
世紀末にいそうな男が火炎放射器であたりを焼いている。
このままでは近隣にも火の粉がかぶる。
「やめるんだ。こんなことをしてもなんにもならない」
「はん。これまでケチャップ人は迫害を受けてきた。その復讐さ。人をいじめれば、必ず報いが帰ってくる。神様も言っている通りだ」
「そんなの曲解だ。人は歩み寄ることができる。わかり合える」
「それができないから、こうなっているのだろう?」
男は火炎放射器の先端をこちらに向ける。
マヨネーズマントで空高く飛ぶ。
危なかった。
危うく燃え移るところだった。
しかし、火事か。
火とは愛称悪いんだよな。
「醤油マン! 参上!」
そこに現れた歌恋。
「醤油の力見せてあげる」
指先から発射される醤油。
火の粉が舞い、醤油はすぐに蒸発する。
焼け石に水だ。
このままでは醤油マンも二の舞になる。
「逃げるんだ。醤油マン。幸いにも人は脱出している」
「そうはできないね。この中にはみんなの思い出が眠っているのだろう?」
「それは、そうだけど……」
「いいさ。やってみるだけやってみる。消防車が到着するまでの間、闘う!」
醤油の焦げる、おいしそうな匂いが立ちこめる中、現場は騒然としていた。
偽ケチャップマンを捕らえると、僕は警察に引き渡す。
一緒にきた消防車が消火活動を始める。
「くそ。マヨネーズマンは火に弱いって話だったのに!」
男は暴れながらそう言う。
きっとこの間の火事の影響だろう。
油が主成分のマヨネーズでは消火活動には参加できない。
よってそれを狙ってきたのだ。
なんとも卑劣な話だ。
僕も、早く対策方法を見つけなければならない。
しかし、ケチャップマンの狙いはなんだ?
これだけ多くの場所で偽ケチャップマンの暴徒が起きているのだ。
肝心のリーダーが何も言わない、発信しないのはなぜだ。
もしかしてもう手中の中を踊っているのか?
情報が少なすぎる。
マヨ子のネットワークなら何か気がついたのだろうか?
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