第12話 ケチャップマンVSマヨネーズマン
「大丈夫? 木菱先輩」
衣服がビリビリに裂け、下着がチラリと見えてしまう。
そんな彼女が痛ましい。
目もうつろとしているし、どこか怪しい雰囲気がある。
「ケチャップ。ケチャップは?」
前後に揺れる木菱先輩が口にしたのは、ケチャップを求める声。
それも尋常じゃないほどの必死さが見てとれる。
周囲にあるコンテナにはたくさんの小麦粉が眠っている。倉庫内は暗く、明かりもない。
非常口を表す緑色の看板が怪しく揺らめく。
なんだか嫌な予感がする。
木菱先輩に近寄ると、足下でネズミが鳴く。
そうしてネズミが集まってくると、木菱先輩の周囲を取り囲む。
「なんだ? このネズミたちは」
「気をつけて。そいつらは敵なの!」
マヨ子が声を荒げると、ネズミの一匹が噛みついてくる。それを払いのけると、骨でも折れたのか動かなくなる。
「ええい。このままじゃ、犬死にするだけだよ。殺したくない」
僕はネズミといえど殺したくはないのだ。
ためらっていると、陰から飛び出す一人の少年。そして木菱先輩にケチャップを飲ませる。
「き、キミは!?」
メガネが怪しく光る。
「メガネくん!?」
「そう。ボクです。まさかあなたがマヨネーズマンだとは驚きました。でももう終わりです。ケチャップ人の勝ちです」
そう言い終えると、木菱先輩から離れるメガネ。
内部から肉を裂き、ケチャップをしたたらせる。ケチャップマンに変わりつつある木菱先輩。
僕もマヨネーズを飲み、マヨネーズマンに変身する。
「うがっ!」
ケチャップマンが尻尾のようなものでこちらの足を絡め取り、地面へ叩きつける。
僕は起き上がると、マヨネーズ手裏剣で応戦する。
本人の意思とは関係なく動いているのか!
ならどうする?
気絶させるしかない。
このまま戦って消耗戦にもつれ込むか。
一般市民への被害は出させない。
マヨネーズネットを連射し、木菱先輩の、いやケチャップマンの動きを絡め取る。
動きを抑えられたケチャップマンは体勢を崩すが、そのままケチャップ弾を放つ。
僕はそれをかわす。
と、後ろにあったコンテナに直撃。中に入った小麦粉が宙を舞う。空気が粉っぽくなる。
そこに二発目のケチャップ弾が混じる――爆発が起きる。
粉塵爆発。
可燃性のある粉塵が一定濃度、空気中に舞い、着火すると起こる爆発のことだ。
「きゃっ!」
マヨ子を守りながら、僕はケチャップマンの姿を目で追う。
「まさか。やめろ! 木菱先輩!」
苦悶の表情を見せるケチャップマン。
まだ木菱先輩としての心は残っているようだ。
しかし、いつ暴走するか分からない。
僕はマヨ子を外に出るよう促すと、僕はケチャップマンめがけて走り出す。
手にはマヨネーズソードを構え、突進していく。
一閃。
振るったソードはケチャップマンの片腕で制される。
受け止めた右腕からはケチャップが見てとれる。ケチャップでダメージを軽減したらしい。
そのまま僕は手刀で首を狙う。攻撃はよけられ、ケチャップ弾を放つケチャップマン。
僕は吹き飛ばされ、背を壁に打ちつけてしまった。
ケチャップビームが僕の頭上をすり抜けていく。
じゅわっと溶け出す倉庫の壁。
穴のあいたところから飛び立つケチャップマン。
僕はその後を追うように飛び立つ。
「ケチャップマン。なぜ戦う!」
「……たた、かう……?」
ケチャップマンが初めて発した言葉らしい言葉。でも事態を理解していないようだ。
まさか、ケチャップ因子を体内に取り込むことで身体を慣れさせようとしているのか?
しかし、そんなことをしていたら、身体が持たない。
木菱先輩にそんな無茶はさせたくない。
彼女は僕たちにとって大切な人なのだ。だから守りたい。守ってみせる。
この世界も。彼女も。
ケチャップマンの行き先を見て、僕は驚く。
「待て待て。そいつには手を出すな!」
ケチャップマンが追っているのはマヨ子だ。
なんで彼女を追う。僕のもう一人の大切な人を。
僕はケチャップマンとマヨ子の間に身体を滑り込ませて、マヨネーズネットを放つ。
絡め取ると、ケチャップマンは羽ばたけずに地面へ落下する。
粉塵が舞い上がり、トマトが入ったコンテナの中に落ちるケチャップマン。トマトの中に落ちたことで、ケチャップ濃度が薄まったのか、動きを止めている。
そんな中、ケチャップマンに寄り添うメガネ。
「! お前! 何をしている!」
怒りのままにマヨネーズネットを発射。メガネの身体を絡め取る。
マヨ子は?
そちらに視線を向けると、マヨ子は転んだらしく膝をすりむいている。
「大丈夫? マヨ子」
マヨ子の前に降り立つと、僕はメガネを見やる。
「あなた。なんでデータなんてとっているの!」
「ボクにはボクのやり方があるんです。これでケチャップマンがより完璧なものになるだろう」
ニヤニヤと笑うメガネ。
「あなたは間違っている。それではモルモットと一緒じゃない」
「いいよな~。才能ある者は。ボクにできないことをやってのける。そこにしびれる、憧れる、てか?」
ニヤニヤと嗤うメガネ。
「違うんだよ~。ボクが欲しいのは意のままに動く兵士。ボクを守ってくれる人なんだから!」
「何を言っているの? ヒーローはその町を守る正義の使者なの」
「僕もそれには同意だ。なら、なぜメガネくんは戦う?」
ニヤニヤとあざ嗤うメガネ。
「そんなの金のためさ。金があればなんでもできる~。だからキミも稼ぐためにヒーローをやっているんだろ?」
「違う! 僕は!」
僕は? 僕は何のために戦っているんだ?
ちらりとマヨ子を見やる。
「この町の平和と安全なの。それ以外に欲しいものなんてないの!」
強気に出たマヨ子。
確かにそれも必要なものなのかもしれない。
でも、僕はそれで納得できなかった。
「まあ、いずれ相まみえることがくるでしょう」
メガネはドローンで木菱先輩をつり上げると、そのまま夜の闇に消えていった。
僕は変身を解き、マヨ子の頭を撫でる。
「さっきはありがとう。僕は自分の戦う意味も分からずに戦っていたんだな」
「そんなことないの! 平和のために、世界のために戦ってきたじゃない」
ふるふると首を振る僕。
「そんな建前じゃなくて、本質的なことだよ。僕には至らなかった。だから見透かされた」
「考えすぎなの」
「僕は木菱先輩を攻撃できない。ヒーロー失格だよ」
「緋彩くん……」
困ったように眉根を寄せるマヨ子。
「そうだ! 明日、ちょっとデートしてくれない?」
「え。ええ――っ!!」
僕は倉庫内で驚きの声を上げる。
「で、でもデートなんてしている時間ないよ。早く木菱先輩を助けないと」
「確かに無理矢理戦わされているみたいだったけど、すぐには動けないわ。安心して」
「そう言われても……」
「気乗りしない?」
「う、うん」
僕がデートしている間にも木菱先輩はもがき苦しんでいると思うと吐き気がしてくる。
もう僕には戦う理由もない。
マヨネーズ人でもない僕がマヨネーズマンになること自体がおかしかったのだ。
「このデートで、木菱さんの助けになるかもしれなくても?」
「!? どういう意味?」
「そのままの意味よ。今のキミは周りが見えていない。錯乱状態に近いの」
「そんなわけないよ。僕は冷静さ」
「なら、なんで未だに木菱先輩を追おうとしているの?」
バレていたか。スマホアプリでタクシーを呼んだのだ。
「今日のところは帰るの。いい?」
「……分かったよ。マヨ子のしたいようにして」
僕は根負けしてマヨ子の言い分を聞き入れることにした。
マヨ子は意外と押しが強いんだよな。そしてそれを受け入れる僕は弱いのかもしれない。
こんな自分は嫌だ。変えたい。
でも変えられないんだ。
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