第13話 マヨネーズハンバーグ

 タクシーで家に帰ると、僕とマヨ子は自宅に上がる。

「さっきの運転手さん、わたしたちを見てどう思ったのかな? カップルかな?」

 テンション高めのマヨ子に微笑む。

「兄妹じゃない?」

「きょ……」

 がーんという声が聞こえてきそうな顔をするマヨ子。

 確かにキミは可愛いが、妹分といったところが似合う。

 それに変態性があるし。

「それなら一緒にお風呂入れるね!」

「いやいや、お風呂くらい一人で入れるよね!?」

「お兄ちゃんのいけずぅ」

「なんだか、兄妹設定の方が危うい気がする……」

 まさかのお兄ちゃん呼びに頭がクラクラする僕。

 姪っ子とでも言えば良かったのかな。

 それもそれで危うい匂いがするけど。


 夕食を作り始めるマヨ子。

 しかし、木菱先輩か。確かにケチャップ人と言っていたし、ケチャップ党の長になるのも時間の問題か。そうなると、やはりケチャップマンとしての実績が欲しいのかもしれない。

 だからと言ってあんな実験的な方法でケチャップマンになるとは。

 木菱先輩は表ではツンツンとした顔を見せるが、裏では可愛らしい等身大の女の子だった。確かにカリスマ性がある。でなければ、部活の部長など務まらないのかもしれない。

 ケチャップ人の長になれるのかもしれない。

「そんなに気になるの? 木菱さんのこと」

「うん。彼女はそんな人じゃないよ。戦うなんて……」

 がっくりとうなだれていると、隣のソファに腰をかけるマヨ子。

「人間の内面なんて知ることなんてできないんだから」

「そう、かな。僕は木菱先輩のことも、マヨ子の事も信頼しているけど」

 ぼんっと音を立てて顔をまっ赤にするマヨ子。

「信頼なんて、そんな――。えへへへ」

 でもなんで木菱先輩はケチャップマンになったのだろう。

 僕にはそれが理解できない。

 なぜ彼女が……。

「夕食できたよ」

「やっぱり、こうしてはいられない。今からでも木菱先輩を追う」

「無理よ。そっちはわたしに任せて。緋彩くんは一人で闘っているんじゃないの」

「え。でもマヨ子は戦力にならない――」

「大丈夫。わたしも一緒に闘うから」

 マヨ子が真剣な目でこちらを見つめる。

 そんな目をしたところを見たことがない。マヨ子が本気を出していることが覗える。

 でもなんでそんなに強い目ができるのだろう。

「木菱さん、だっけ? 彼女、本質的にはいい人なの?」

「うん。そうだよ。パソコンのできない僕に色々と教えてくれたり、ゲーム作りだってみんながいたから、木菱先輩がいたからできたんだ」

「そっか」

 にへらと笑うマヨ子。

「それなら安心なの」

「いや、でも。あのときの木菱先輩は様子がおかしかった。まるで何者かにとりつかれているかのようで……」

「それも、大丈夫なの」

 そう言ってスマホを操作する。

「メガネくん、だっけ? あのときいた人」

「そうだね。メガネくん。あだ名だけどね」

「知っている」

 そう言って麻婆豆腐の皿を机に並べるマヨ子。

 僕はそれを口に運ぶ。

 辛い。でも旨みがあっておいしい。

 自家製のソースなのだろうか。市販のものとは違う気がする。

「で。メガネくんがどうかしたのさ?」

「彼と連絡をとってわたしがアカツキの開発者と告げるの。正式にわたしがケチャップマンの因子剤を作るの」

「なるほど。歪な因子でああなっていると予測したわけだ」

「そう。だからこれから手伝えば彼女らもきっと喜ぶの」

「じゃあ、今すぐにでもメガネくんと連絡をとらないと」

 僕は慌ててスマホを手にする。

「待って。その前に食事」

 そう言って僕の開いた口に麻婆豆腐が差し込まれる。

「ぐ、辛い。けど、おいしい」

「ふふ。わたしの得意料理は五十あるの!」

 食事を終えると、スマホを操作し、メガネくんと連絡をとる。

 マヨ子が変わりに出て、二三言葉を交わす。

 そのあと、マヨ子は自宅を飛び出し、タクシーに乗る。

 それを見届けると、僕は自宅に引きこもる。

 マヨ子のことも、木菱先輩のことも心配だ。

 早くケチャップ因子を見つけ出し、ケチャップマンとして活躍してほしい。

 本当に?

 ケチャップ人がどんなことをしてきたのか、分かっている?

 あの友樹お兄ちゃんを――ダメだ。それ以上考えちゃいけない。そうでなくちゃ、心が持たない。今にも崩れ落ちそうな心に負荷がかかる。

 もう二度と、あんな事故は起こさせない。でないと、僕は苦しくなってしまう。

 ケチャップ人なんて滅びればいいのに。


 次の日の朝。

 僕は帰ってこないマヨ子を思いながら登校する。

 早めに行き、三年の、木菱先輩のクラスを見渡す。

「どうしたの? きみ」

 綺麗なお姉さんが話しかけてくる。

 ピンク色の、特徴的な髪型をしており、瞳はブルーだ。

「か、可愛い……」

「あら。口説きに来たのかな? きみ」

「あ。す、すみません。僕は愛野緋彩と言います。木菱先輩はいらっしゃいますか?」

「木菱はまだ来ていないわね。それよりも、お姉さんとどこかいく?」

 ちろりと舌を出して、可愛げに微笑むお姉さん。

「い、いえ。失礼します」

 僕は慌てて引き返す。

 なんだか色っぽいお姉さんだったな。

 そんな感想を残し、僕は自分の席に座る。

「なんだ? 浮かない顔をして」

 半家が苛立った様子で僕を睨む。

「ちっ。なにがあったんだよ。木菱も、メガネも休みだし。マヨ子だって」

 半家が苛立つように舌打ちをする。

「これじゃ、ゲーム作りができねーだろ」

「うん。そうだね。でも僕も知らないんだ」

 半家が目を細める。

「ホントか?」

「え。あー。いや、なんだか可愛いお姉さんに誘われたんだけど……」

 マヨ子とメガネのことは隠しておいて、さっき起きたことを伝える。

「は、仁科にしな先輩か。いいよな~。学年一の美少女は」

 そうなんだ。学年一の美少女なんだ。知らなかった。

 でもごまかせたみたいで一安心だ。

 嘘をつくとき、本当のことを混ぜるといいって聴いたけど、本当らしい。

 お陰でマヨ子のことをごまかせた。

 また、いつも素直な性格と言われることが多い僕だ。それも助かった要因の一つかもしれない。

 乾いた笑いを浮かべながら僕は授業の準備をする。

 授業も順調に行われる。

「そうだ。今日は防災訓練がある。地震が起きた前提で行う。みな注意するように」

 先生がそう言うと、昼休みになる。

 最近はマヨ子が弁当を用意していてくれたが、今日はそれがない。

 学食にでも行くか。

 同じように学食に向かう半家。

「あん? おまえも学食か? 珍しいな」

「うん。まあ、マヨ子がいないし」

「へ。いいじゃねーか。たまには。男同士語り合おうぜ?」

 何を語り合うのか知らないけど、僕は頷いておく。

 食券機の前に立つと、僕はメニューを眺める。

「お。初心者ならハンバーグ定食がオススメだぜ?」

「半家がそう言うなら」

 僕はハンバーグ定食(800円)を頼み、食堂のおばちゃんにわたす。

「はいよ。マヨネーズ大盛りね」

 そう言って出てきたのがマヨネーズがのったハンバーグである。

「いや、僕マヨネーズは……」

「なんだ? 食べられないのか? ちっ。仕方ねーな。俺の麻婆豆腐と交換だ」

 僕と半家の料理を交換し、席につく。

「んで? おめーのゲーム作りはうまくいってんだよな?」

「ええっと。ははは……」

 答えに窮し、乾いた笑いを浮かべていると、半家が睨んでくる。

「おい。おまえもやっていないのかよ」

「うん。ごめん」

 慌てて頭を下げる僕。

「はぁ~、団結力ねぇ~」

 半家がたっぷりとため息を吐き、文句を言い始める。

「まあ、うだうだ言ってもしょうがねー。おまえ、今日は放課後にゲーム作りな」

「ええ! そんなぁ~!」

 僕にはマヨ子の安否を確認する義務がある。それに木菱先輩のことだって。あとメガネくんも。

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