第14話 マヨネーズリンゴ
「そっちのデバッグはどうなっている?」
「あー。うん。もう少し。進捗率80%」
「ちっ。なら手伝うぞ」
舌打ちをしながら、パソコンを操作しだす半家。
『ほら。ここ。文字化けしている』
『緋彩。表情が合ってないぞ』
メガネと木菱先輩の幻聴が聞こえてくる。
風が凪いでいる。
「寂しいね」
「あん?」
半家が鋭い視線を向けてくる。
「ううん。もう決めていたのかも。僕はこのゲーム完成できないよ」
「木菱とメガネならすぐに戻ってくるだろ」
お気楽な面持ちで言う半家。
違うよ。戻ってきてくれないんだ。
それは分かっている。だから。だから?
だからどうすればいいんだろう?
分からない。
僕にはどうすればいいのかが分からない。
でも確実なことがある。
僕はまだこのゲームを完成させてはいけないんだ。
これが完成するとき、それは木菱先輩とメガネくん、そして半家のみんながそろったときだから。
だから。
「僕は行くよ」
「どこに?」
半家が半目で問う。
「分からない」
「あのな。どんな優れた船長でも地図を持たなきゃ目的地にたどり着けないんだよ。分かってんのか?」
「そうだね。でも、あっちから来てもらうこともできるんじゃないかな?」
「……は?」
訳が分からないと言わんばかりの顔をする半家。
「こっちから行くじゃなくて、あっちから来てもらう。そうだよ。その手があるじゃないか」
「いや、自己完結すんなよ。俺置いてけぼりだよ」
半家が何か言っているが、分からないことだらけだろう。
その道に進む覚悟はあるのだろうか?
いや、やるんだ。
じゃなければ、彼女たちと離ればなれになってしまう。そんな気がする。
今動かなければ半家まで巻き込んでしまう。そんな気がする。
もう仲間を失いたくない。
もう辛い思いはしたくない。
見てて。これが僕の応えだから。
マヨネーズを飲み、マヨネーズマンになる。
市街で犯罪を見つけると、すぐさま急行し、マヨネーズネットで絡め取る。
「これで八件目。まだまだ」
警察無線を傍受し、次の犯罪へ向かう。
※※※
私は浴槽の中にでもいるような気分だ。
ふわふわとして暖かい。
でも知っている。ここが現実ではないことを。
知っていた。緋彩がケチャップ人を憎んでいることを。
だから彼にだけは話せなかった。
自分がケチャップ人だということを。
兄がケチャップ人に殺されたらしい――その情報だけで憶測だったけど、でも彼の顔を見て悟った。
彼は普段隠しているけど、そのときだけ、顔が怖かった。静かに怒っているのだった。
氷のように冷たい怒りと、海よりも深い悲しみ。
彼を救う方法なんてなかった。
少なくとも私には。
それが最近になってマヨネーズマンが活躍するようになってから、彼の表情は一変した。優しく柔和な顔になったのだ。
そんなおり、マヨ子とのつながりを知った。
私ではできなかったことをやってのけたのだ。
だからマヨ子が憎い。羨ましい。
私と同じ目線で、違うことをやってのける。
そんな一方で、感謝している。彼を救ってくれたことを。
それだけが原動力になっていた。
私を〝かわいい〟と言ってくれた彼。
すっかり私は彼の虜になっていた。ずいぶん前から好きになっていたのだ。
この気持ちはどう処理したらいい?
分からない。
でも、こんな感情は初めてだ。
胸を締め付けられるような苦しみ。でも、心躍るような気分。二律背反の気持ちを抱きながら、毎日が楽しみになった。
焦っていたのかな。
ケチャップマンになれる可能性が私を突き動かした。
望んだ形ではないけれど、確かにケチャップマンにはなれた。
でももやのかかった視界でマヨネーズマンが、緋彩が苦しそうにしていた。
すべて私のやったこと。
だから、私はもう彼に会わせる顔がない。
私はまた緋彩から笑顔を取り去ってしまったのだ。
私がいなければ、マヨ子とふたり幸せになっていたかもしれない。
過ぎた時間にもしもはないが、だがもしも私がいなければ、もしマヨ子と出会わなければ。
そう考えてしまう。
そして、楽しげに笑う彼にまたも胸が締め付けられる。
『生体反応異常なし』
時折聞こえてくる声。
確かメガネ君。私を慕い、ここまで導いてくれた彼なら何か知っているのかもしれない。
でも、彼は私をケチャップマンにしたてあげようとしている。
なぜ?
分からない。
『あなたなら、全ケチャップ人の頂点にたたれるお方』
そんな言葉がリフレインする。
『全人類を愛せるお方』
メガネ君の声は甘く美しく思えた。
『ボクはそんなあなたの理想を叶えるために生きます。どうかご活用ください』
まるで同世代の言葉とは思えぬ響き。
自らを奴隷とするような発言に、私は反対意見を言った。
なら君が生きろ、と。
私にはすべての人類を愛することはできないのだから。
だって、一人の人間を愛するのに、こんなにしんどく辛くなっているのだから。
緋彩を愛してしまったのだから。
緋彩はずるい。素直で誠実で、それでいて純粋な子。危なっかしくも見えるが、その実、優しさがある。
そんな彼こそが、皆に愛される良き市民なのだ。
そうだ。
市民が結束するからこそ、生まれる力というものがある。
だから、私には指導者になる資格はない。
かつての指導者、姉の
闘わずにはいられない人間性を無視した十全平和主義など夢想だったのだ。
現実の前に理想は夢でしかない。
偽りの平和主義。偽りの生活空間。
平和のために闘うなどと色あせたきれい事は過去幾度となく唱えられた名台詞だろう。
破壊は人類の捨てることのできない精神なのだ。
今もなお、社会を壊している人々がいる。
彼らは違法マヨネーズで力を得た偽マヨネーズマンだ。
そんな彼らを倒す。いくらでも湧いて出てくるマヨネーズマン(偽)。彼らを倒すにはまず、その母体である違法マヨネーズを製造する技師だろう。
そのためには今は戦い抜くことが先決である。
僕は飛翔し、偽マヨネーズマンと対峙する。
「貴様が本物のマヨネーズマンか」
「そうだ。大人しく投降しなさい」
「へ、ヒーロー気取りかよ。この力があれば、なんでもできるんだぜ? やめられるかよ」
すーっと息を吐き、
「もう一度言う。投降しろ。お前の負けだ」
「は、なにも始まっていないじゃねーか!」
偽マヨネーズマンは
僕はその攻撃をかわし、マヨネーズネットを浴びせる。
「うわ。なんだ? これ。ネバネバする」
粘着性のあるマヨネーズネットは捕らえるのにはちょうどいい。
しかし、マヨネーズマンの力を存分に発揮できるのは、僕だけらしい。
ケチャップマン。早く来てくれ。
でないと、つまらない人間のくだらない行動を許してしまう。
追いマヨを飲み、力を蓄える。
まだだ。もっと目立たないと。そうすればマヨ子も黙っていないだろう。
そしてメガネもきっと僕の行動を注視しているに違いない。
だからこそ、暴れる。
偽マヨネーズマンや罪人を倒すのだ。
ふと。地上を見やると、おばあちゃんがリンゴをこぼしている。
「……」
僕は地上に降りると、おばあちゃんのリンゴを拾ってあげる。
「大丈夫かい? おばあちゃん」
「すまないね~。わしゃ、嬉しいよ~」
おばあちゃんがにこりと笑い、リンゴを受け取る。
「僕が持ちますね。どこまで?」
「隣町まで」
「それは大変だ。手伝わせてください」
「で、でも……」
もごもごと口ごもるおばあちゃん。
「見守るだけでもさせておくれ」
僕はできるだけ優しく穏やかに接する。
「ありがとう」
おばあちゃんが駅の改札をくぐり、僕もくぐる。
隣町まで電車で一つ。
そこまで行って自宅まで送り届ける。
その間、僕はリンゴを代わりに持っていた。
リンゴとマヨネーズって合うと、マヨ子から聞いていたけど、どうなのだろう?
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