第15話 マヨネーズ醤油

 おばあちゃんを送り届けると、僕は颯爽さっそうと去る。


※※※ マヨ子side


 わたしは予想以上に疲弊していた。

 ケチャップマンのケチャップ因子。すぐに見つかると思ったが、そうでもないみたい。

「もうなんで見つからないのよ……」

 マヨ子がラジオをつけてコーヒーを煎れる。

『ミッドナイトマヨネーズ! 今日も始まりました。最近、小さな地震が多いけど、みんなは大丈夫かな?』

 ラジオの冒頭に地震の話が出ている。

 確かに最近、小さな地震が多い。

 でも、わたしはケチャップ因子のことで頭がいっぱいだった。

 マヨネーズ因子に近しいものを投与していたらしく、ケチャップ人の彼女には会わなかったらしい。

 これは他の違法マヨネーズを摂取した偽マヨネーズマンにも言えたことだ。

 一定期間の快楽と、力を得られる。だが、その代償に薬物マヨネーズが切れると、全身のけだるさと錯乱状態が続く。

 だから今、この町ではかなりの人数が中毒者になっている。

 わたしは、なんでこんなことをしているんだろ。

 もしマヨネーズ因子を見つけなければ、そして適正者を見つけていなければ、こんな争いは起こらなかったのかもしれない。

 この事態を巻き起こしたのは、わたしだ。マヨネーズマンを見たいと願ったことも、それによる人道支援も。

 マヨネーズマンの性格もあり、彼は、緋彩くんならやってくれると信じてくれた。

 だから、ラジオに流れてくる言葉に驚いた。

『最近、マヨネーズマンの本物と呼ばれている人がいるらしいですよ。へ~。マヨネーズマンね。自分は偽物のマヨネーズマンは指示しないけど、このマヨネーズマンはいいねぇ~』

 ラジオのパーソナリティであるよっちゃんが、マヨネーズマンの功績を讃える。

『本物のヒーローだよ。彼は』

 そう告げるよっちゃん。

 それがとても嬉しくわたしのしてきたことに意味があったのだと理解した。

 この町では今や大惨事だ。

 偽のマヨネーズマンに、ケチャップ人、ケチャップマンといった暴君が増えている。その原因の一端はわたしにある。

 マヨネーズアカツキを作ったのはわたしだ。

 アカツキから流れ出たデータが勝手に利用されたのだ。こんなに悲しいことはない。

 でも、緋彩くんに会いたい。

 コーヒーをすすると、冷たくなっていた。

「苦い」

 苦渋を呑み込み、パソコンでデータを確認する。

 ひと休みの予定だったが、まさかこんなにも考え込んでしまうとは。

 わたしにすべてがかかっている。

 ケチャップ因子を見つけたところで、また悪用されるんじゃないか?

 不安を押し殺し、因子を探す。


※※※ 緋彩side


 僕はなんで生きているのだろう。

 水色の水たまりに身を委ね、空を見やる。

 空は、海はこんなにも青いのに。

 なんで僕たちは血を流さなければならない。

 こんなのはおかしいよ。

 偽マヨネーズマンをマヨネーズネットで絡み撮ると、そのままマヨネーズで包み込み、倒してみせる。

 僕はもう闘いたくない。

 そう思っても、偽マヨネーズマンは消えない。

 なにも変わらない。なにもできない。

 押しつぶされそうな重力の中、僕は立ち上がる。

 いや、変えてみせる。

「変わらなきゃ、世界は哀しすぎる」

 僕はマヨネーズネットで偽マヨネーズマンを絡め取る。重力を発生させていた偽マヨネーズマンを捕らえると、僕は再びマントを広げる。

 空を駆る。

 だが偽マヨネーズマンが行く手を阻む。

「く。このままじゃ持たない」

 偽マヨネーズマンは思ったよりも多く、その意識もはっきりしないことが多い。

 僕はなんでマヨネーズマンになったのだろう。

 最初はケチャップ人の蛮行を許せなかった。友樹お兄ちゃんを殺したケチャップ人が許せなかったのだ。

 でも今はどうだろう?

 今、僕はなんのために闘っているのだろう。

 恐らくは惰性で闘っている。

 僕には闘う意味が必要なのかもしれない。

 でも、闘う意味とは?

 分からない。

 平和のため、そんな安直な応えではない。もっとこう――。

 考えがまとまらずに頭をガシガシと掻く。

 せめて違法マヨネーズの出所が分かりさえすれば……。

 僕は偽マヨネーズマンと捕らえ、話を聞く。

 ジャック。

 そう名乗る男が今回の事件の犯人らしい。

 中肉中背。タバコをたしなみ、口のうまい男と聞く。蒼い服を良く着ており、町内の港区。その倉庫に入り浸っているという。

 両隣から攻めてくる偽マヨネーズマン。僕は両腕をつかまれ、動けなくなってしまう。

 そこに一人、マヨネーズソードを持つ偽マヨネーズマンが現れる。

「これで終わりだ。本物!」「これからはおれらの時代っしょ」「うふふ。勝たせてもらうわよ」

 終わった。

 ソードがコマ送りのように近づいてくる。

 これが走馬灯という奴だろうか。思い出す友樹お兄ちゃんに、りきお兄ちゃん。

 木菱先輩。メガネ。半家。

 そしてマヨ子。

 みんなの顔が浮かぶ。

 僕はもう終わりだ。

 あとは木菱先輩に託す。マヨ子のいる彼女なら、この町を平和にしてくれるだろう。

 ジャックという男のことを伝えられないのが残念でならない。

 もう終わりだ。

 僕は負けたんだ。

 僕は死ぬ。マヨネーズマンはマヨネーズソードで負ける。

 なんと運命的な終わり方だ。



 終わった。


 金属音が鳴り響く。

 ソードとソードがぶつかり合う。

「君が本物のマヨネーズマンか」

 全身黒ずくめの男がこちらに振り返る。

「なんだ! てめー!」「おれらに喧嘩売ってんの?」「ふふ。若い果実。素敵ね」

 僕を捕まえている偽マヨネーズマンたちが、黒ずくめの男をあざ笑う。

「ふ。俺の名は醤油しょうゆマン! 貴様らに引導を渡す!」

 醤油ソードが鈍く光ると、マヨネーズソードを切り落とす。

「そ、そんな……」

 うろたえているところに柄で殴り、気を失わせる。

 両隣を固めていた偽マヨネーズマンを、切り飛ばす。ついで醤油ボムを使い、もう一人を倒す。

「君はこのまま終わってほしくない」

 醤油マンがそう言うと、僕を引っ張り、安全区域まで逃がしてくれる。

 マヨネーズが解けると、醤油マンが肩を貸してくれる。

「連日の疲れがたまっているのだろう。少しは休め。俺が代わりにこの町を守るからな」

「うん。ありがと」

 今まで一人で闘っていた。こうして仲間と出会えて嬉しい。

 同じ立場の同じような力を持つ者。

 僕の悩みや気持ちに寄り添ってくれるのではないか? そんな甘い考えが浮かんでくる。

「最初、手を組もうと考えていたが、違法マヨネーズの影響で、本物のマヨネーズマンが分からなかったのでな。だからやっと知り合えたな」

「そうなんですね。知り合って安心しました」

 醤油マンの噂は聞いている。でもまさかこんな形で出会うとは。

 醤油マンは、このハルト町の治安維持に貢献してくれているご当地ヒーローだ。

 すべての矛盾を抱え、なおも強く、誇り高く戦い続ける――僕の夢みたヒーローでもある。

 しかし、そんな彼と出会えるなんて。

「尊敬しています。醤油マンさん」

「ふふ。そう言ってくれる人がいるだけで俺は戦える。見てて俺の戦いよう」

「はい」

 静かに肯定すると、嬉しそうに目を細める醤油マン。

 古株である醤油マン。

 彼なら何か知っているかもしれない。

「醤油マンさん、ジャックっていう人を知っていますか?」

「ジャック? 誰だい?」

「分からないのですが、どうやら違法マヨネーズを売っている人物らしいです」

「偽名だろうな。どこにいると?」

 訝しげな視線を向けてくる醤油マン。

「恐らく港区にある貸し倉庫だと思われます」

「なら、明日行こう」

 ゆっくりとした口調で僕の頭に手を置く醤油マン。

「僕なら今からでも戦えます」

「無理を言うな。そうとう疲弊しているぞ。一度、帰るんだ」

「そんなこと!」

 飛び立とうとする僕を制し、言葉を重ねる。

「そんな状況では闘えない。足手まといはいらない。この意味が分かるか?」

「……分かりました」

 疲弊している僕は邪魔者でしかないのだろう。

 僕はまた無理をするところだった。

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