第30話 マヨネーズ地震
最初に小さな揺れが起き、そのあとに大きな揺れがおきた。
立っていられないほどの大地震。
事態の収集のため、防災無線、警察無線、テレビの三つを駆使する。
「マヨ子。どこが被害が大きい?」
「待って。今AIに処理させているの」
スマホを操作し、呟くマヨ子。
こうしている間にも被災者は生まれる。
倒壊した家屋もある。ちょうど昼時だったこともあり、火事が起きている家も多い。
中にはガス爆発を起こした家もあると聴く。
こうしちゃいられない。
僕らは学校で安全を確保されているけど、そうでない人は多い。
「津波がくるわ。高台へ!」
マヨ子の呼びかけで、みんなが高台である校舎裏にある
「港区に残っている人は多いじゃないか?」
僕が疑問をマヨ子にぶつける。
「そうね。でも、緋彩くん一人いったところで……」
「大丈夫。僕はマヨネーズマンだから」
そう言い、僕はマヨネーズを飲む。
マヨネーズマンに変身すると、マントを広げ港区に向かって飛翔する。
そこには爆発したプラントや壊れた倉庫が見て取れる。
「生きているものはいるか?」
僕は必死で呼びかける。
うめく声が聞こえ、僕は瓦礫を取り除く。
そこには工場の作業員がいた。
「しっかりしてください。病院へつれていきますね」
僕はその作業員を抱え込み、近くの大きな病院へ連れていく。
それを何度か繰り返し、負傷者を運ぶことに専念する。
と、ケチャップマン、醤油マンも協力していた。
「マヨネーズマンばかりにいいかっこさせるか、って」
「あたしはキミを応援しているのだぞ」
「ありがとう。なら、分散した方がいいだろう。僕は南、木菱先輩は東、歌恋は北を頼む」
僕の前で老人が一人悲しげに窓の外を見ている。
その窓を開け、僕がしゃべりかける。
「これから津波がきます。避難してください」
「いやだよ。わしはこの家で死ぬんだ」
「そんなこと言わないでください」
「しつこいのう。わしはさと子と一緒に眠るんじゃ。もう張り合いもない」
諦観した老人の声に、僕は圧倒された。
死を迎え入れることが正しい戦士の正しいあり方だと思った。でもそれは戦士の話。
おじいちゃんはそんな気持ちはない。
死は人に強烈な衝撃を与える。闘うことへの肯定と否定。結論は極論を見いだす。死を受け入れることこそが、正しい人間のあり方なのだ。
「分かった。おじいちゃん。これ以上は言わないよ。元気で」
そう呼びかけ、僕は次の家に向かう。
避難できない老人たちは多い。
だが、そのほとんどが死を受け入れている。
これじゃ、ダメなんだ。
このままじゃ、みんな死んでしまう。
それはひどいことなんだ。
命は、命は力なんだ。この世界を支えている力なんだ。それをこうも簡単に失っていくことはひどいことなんだ。
それが分かっていながら、なぜ僕は助けられないのか。
僕は彼らの意思を反映すると言いながら見捨てている。
これでいいのか?
でも無理強いはできない。
なんでこうも簡単に諦めてしまうのか。
せっかくの命、まだやることがあるだろうに。
救助は行っているが、病院のキャパシティも限界に近づいていく。
「ここは一杯です。他を当たってください」
病院の人にそう言われ、僕は思わず反論する。
「じゃあ、どこに行けばいいんですか? このご老人を見捨てろとでも?」
「それは分かりますが……」
そう言って地図を広げる医者。
「ここに小さいながらも病院があります。そちらに」
「……分かった」
これはヒーローにしかできない。
老人を支えながら空を飛べる。だからすぐに病院へと移れる。
小さな病院も人で一杯だ。
廊下で治療を受けている者も多い。
患者の近くにはランクを表す紙がおかれ、重度の患者からすぐに手術や手当を始めていた。
「このままじゃ……」
老人を運び入れたあと、自分の力が足りないことに気がつく。
そろそろ津波の時間だ。
と、視界に白い者と、赤い者が映る。
「今このときこそ、我らマヨネーズマンの力を見せるとき!」
「今このときこそ、我らケチャップマンの力を見せるとき!」
偽マヨネーズマンと、偽ケチャップマンが合同で周辺にある瓦礫をどかし、救助活動を行っている。
じんわりと胸のあたりが暖かくなる。この感情はなんだろう?
僕はそのまま、救助活動に参加する。
ビルの鉄骨と鉄骨の間に挟まれた少年。本棚に押しつぶされた女性。家屋と一緒に燃えてしまった人の亡骸。
耳がいいせいか、事切れる音が、断末魔が耳朶を打つ。
入ってくる叫びに心がむしばまれていく。
救助を試みるが、津波がすぐそこに迫っている。
「くそ。やらせるか!」
僕は津波に対して直進する。
『緋彩、やめなさい。無理よ!』
木菱先輩見ていてください。ヒーローはいるんです。
『やめて。愛野くん!』
歌恋、ヒーローは独りぼっちじゃない。
『行きなさい! マヨネーズマン!』
さすがマヨ子。僕のことを知っている。
『あー。もう! 私も行くわ!』
『ならあたしも!』
ケチャップマンと醤油マンが左右に展開する。
僕を中心に津波に突っ込んでいく。
マヨネーズビッドから発射されるマヨネーズビーム。
醤油マンが醤油キャノンを、ケチャップマンがケチャップ弾を放つ。
一斉砲火するが、それでも津波の勢いはとどまらない。
「まだまだ!」
僕はマヨネーズビームの出力を上げ、発射する。
「「この――っ!」」
木菱先輩と歌恋が協力して津波を抑え込む。
津波の勢いは弱まり、高波が沿岸部を襲う。川を上り、防波堤を崩していく。
「休んでいる暇はないな」
僕は残された家の人々を助けに飛び立つ。
浸水域に取り残された人々を助け出す。
「助かったわ。こんなところで死ぬかと思ったわ」
おばちゃんが寂しそうに目を細める。
「ありがとうございます」
「僕はヒーローですから」
そう言っておばちゃんを近くの学校に避難させる。
学校の一階部分は浸水しているが、二階以上
そこに避難民を受け入れる。
校庭にはヘドロがたまり、異臭を放っている。
道行く道路に死んだ人の亡骸が横たわっている。その顔にはハンカチで包まれていた。
トラウマを与えてしまいかねない遺体の数々。
船が家屋の上にのり、燃料が漏れ、着火してしまう。
「マズい。消防隊を!」
マヨネーズでは火は消せない。
いや、それなら。
マヨネーズ袋を作り出し、川の水をくみ上げる。
そして火事の起きた家の上から水をかぶせる。
消防隊が来るまで、それを繰り返し、できるだけ延焼を防ごうと頑張る。
が、炎の勢いは止まらない。
「助けて~!」
そんな声が聞こえる。
どこにいるのか、耳を澄ませる。
「いた」
船の下敷きになった家だ。そこで煙に巻かれながらも必死で闘っている人がいた。
「今助けます!」
僕は水を浴び、そのまま直進する。が、ぎぃっときしむ音を立てて船が家を潰す。
崩れた柱や木材が遠慮なく被災者に降り注ぐ。
カエルが潰れたような音を聞き、最後にもう一度見直す。
そこには潰れた少年の姿が見える。
もう助からないだろう。いや、即死だろう。
でも、僕は放ってはおけずに船をどかす。
瓦礫の山をかきわけ、少年を助けだす。
身体の一部は欠損。もう致死量の血を流している。
それでも僕は近くの病院へ連れていく。
医者は「葬儀屋に」と短くいい、ちゃんとした問診はとらなかった。
死んだ? 嘘だ。
さっきまで話していた彼が、死んだのだ。
こんな非情なことがあっていいのか?
こんなのひどすぎるよ。
自然は、地球は、なぜこうも無慈悲なのだ。
僕はこの世界を呪った。
何もできないのだ。
呪うほかないだろう。
世界を、世を呪い始めたときから、その者の世界は閉塞する。
どこかで聴いた声が、こだまする。
呪ってはいけないのだ。なら、どうすればいいんだ。
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