第31話 マヨネーズ被災地

 懺悔した。それでも僕はヒーローとして、生きると誓った。

 醤油マンもケチャップマンも頑張っている。

 被災地で料理を振る舞うのはマヨ子の役目。みんな自分の得意分野で社会と関わっている。

 じゃあ、僕は?

 僕はどうなのだろうか。

 なぜ、こんなにも疎外感を味わうのだろうか。

 僕は何をすればいい?

 瓦礫をかき分け生存者を探す。浸水で取り残された人々を救助する。


 震災二日目。

 わずかばかりの食料をいただき、救助活動を再開する。救援の自衛隊も、ボランティアもまだきてはいない。

 食料も少なく、残っていたお米を炊き、ゴルフボール大のおにぎり一個をいただく。

 それでも飢えている者は多く、各家庭にある食料が生命線となっている。

 この地区は浸水もあり、食料が流された家庭も多い。

 だから食糧難に陥っているのだ。

 地震で崩れた家屋も多い。

 栄養不足か、ふらつく足取りで僕は救助活動を行う。それがマヨネーズマンとしてできることだから。

 浸水のため二階に避難した人々を、救助する。

 一人60キロで計算しても、四人家族で計240キロ。とてもじゃないが、一般人じゃ無理がある。中には屋根の上に逃げ延びた人もいる。

 水没した町の中を船がいく。

 救助に向かう船だ。


「しかし、これは……」

 人が死んでいるんだぞ。

 遊びでやっているわけじゃない。

 でも限界が来る。

 僕は高台にもなっている調味料高校に降り立つ。

 そこにはたくさんの人が避難している。もちろんマヨ子もいる。

「大丈夫? 汗だくなの」

「うん。でもマヨネーズがきれた。早く補充しないと」

「それだけど、マヨネーズが残っていないの」

「なに? じゃあ、どうすればマヨネーズマンになれる?」

 ふるふると首を振るマヨ子。

「もう、休んでなの。マヨネーズマンにはなれないの」

「そんな……。まだ救助しなくちゃいけない人がたくさんいるのに」

 僕がみた限り、港区だけでもあと十組は残っている。他にも西区、南区、北区がある。救助できているのは数少ない。

「でも大丈夫なの。みんな自分の力を知って助けているから」

 偽マヨネーズマンや偽ケチャップマンが頑張っている。

 みんな自分の力を理解し、応用している。

 もちろんケチャップマンや醤油マンも頑張っている。

 これもヒーロー同盟のお陰か。

 対立することなく、いがみ合うことなく、一つのチームとなってみんなを助けている。

 これは彼女たちの力か。

 さすがのカリスマ性だ。木菱先輩。

「他の女の子を考えていたでしょ?」

 マヨ子が頬を膨らませ、不満そうな顔をしている。

「もう。男の子ってなんでこんなんだろ」

 マヨ子がらしくないしゃべりでぷいっと顔を背ける。

「い、いや。他のヒーローは活躍しているのに、僕は何をしているのだろう、って」

「それでも嫌なの。分かってよ、それくらい」

 マヨ子がそう言い、プリプリと怒りながら避難所の中に入る。

 僕は後ろ髪を引かれる思いで避難所に身を寄せる。


 震災三日目。

 みんな力を失ったのか、ぐったりとしている。

 エコノミー症候群にならないよう、呼びかけが始まるが、動く力も少ない。食料が足りないのだ。

 お腹が空きすぎて歩く力がでないのだ。

 まだ自衛隊はこない。

 ラジオから聞こえてくる情報も、他の地域が多く、この地区・味変の話はほとんど入ってこない。

 孤立しているのだ。

 食料も底を突き、食べるものがない。


 震災四日目。

 バラバラとヘリの音で目が覚める。

 寝ている時間が増えた。

 腹が減りすぎてみんなぐったりとしている。

 しかもマヨネーズ欠乏症やケチャップ欠乏症などが起きている。

 みんなもう限界だった。

 そこに訪れたヘリ。

 自衛隊のヘリだ。

 僕たちはそこに向けて走り出す。

 校庭に降り立つヘリ。

 食料支援だ。

 バナナやマヨネーズ、ケチャップ、パンなどが物資として補給される。

「やった! これで助かるぞ!」

 誰かが叫ぶ。みんな、わぁっと明るい声を上げる。

 集まってくる人々。

 食料の配給はまたあとで。でもみんな浮かれているのか、先ほどよりも足取りが軽い。

 僕は食料を運び入れる。

 マヨネーズ欠乏症を抱えているマヨネーズ人にマヨネーズを差し出す。ケチャップも同様だ。

 みんな生きている。

 それが嬉しい。

 確かに亡くなった人も多い。でもこうして生きている。それがこんなにも嬉しいと気づくのは今だから。

 亡くなった人々の思いを背負い、生きていく。そうでもしなければやりきれない思いがある。

 みんな生きたいに決まっている。

 みんなの意思を、思いを受け止めて、生きていく。それが残された者たちの義務であるような気がする。

「ちょっとだけいい?」

 マヨネーズを少し頂く。

 マヨネーズマンになると、再び救助活動に参加する。

 自衛隊のヘリやボートと一緒に、二階にとどまった人々を救出していく。

 死んだ人々の遺体が水面にぷかぷかと浮かんでいる。

 ここは地獄だ。

 遺体を見て見ぬ振りもできずに回収する。

 開けた場所を探し、そこに遺体を集めていく。毛布やハンカチで顔を覆う。

 避難所の表には年齢と名前が書かれた張り紙がある。行方不明者の名前だ。

 入り口の受付には避難している人々の名前が載っている。

 その中の一人、メガネをかけ、もじゃもじゃヘアーをした中年の男がいた。

「娘を、娘を知りませんか?」

 中年の男は悲痛な訴えを上げ、張り紙に書く。

 リタ(5)。

 そう書かれた張り紙。

 胸が張り裂けそうに辛く追い込まれていく。まだ、生きていい年頃の女の子が、今も行方不明なのだ。そう四日経っているのにも関わらず、父親が一人捜しているのだ。

 辛くなるなり、僕は陰で嗚咽を漏らしてしまう。

 たった五歳の子どもが、苦しんでいる。助けなくちゃいけない。

 そう思っても、手がかりもない。

 僕はその中年の男に話を伺うことにした。

「すいません。どこでリタさんと別れたのですか?」

「私は単身赴任をしていて、ここには妻と子どもを探しにきたのですが」

 彼が言うには、妻の遺体を発見したので、娘だけでもなんとか見つけて帰りたいと言う。

 妻は町中の駅前で浮かんでいるのを発見したそうだ。

 一緒に暮らしていたはずの娘が見つからない。

 分かっている。もう娘さんは。

 でも言葉にできなかった。

 一通り話し終えた中年の男はふらふらと避難所に入っていく。そして一人一人に写真を見せて尋ねていく。

 かわいそうに。

 僕はまたもや救助に向かう。

 リタさんだけじゃない。他の誰かを死なせるなんて今の僕にはできない。

 助けないと。

 その思いで一日ずっと駆け回った。

 自衛隊のひとが必死で駆け回るなか、ケチャップマン、醤油マンも駆け回った。

「ひどいね。こっち足に怪我を負っている人や子どもが犠牲になっている」

「それを言うならご老人もだ」

 木菱先輩と歌恋が辛そうに胸のうちを明かす。

「今日、妻の遺体と向き合い、五歳の娘を探す人と会話したんだ。昨日まで電話で話しをしていたって。こんなのってあるのか……!」

 ふるふると震える拳。

「ちょっと肩入れしすぎると辛くなる。落ち着け」

 歌恋が男勝りな口調で話す。

「そうよ。今は生きている人のことを……」

 そう言って気がついた。

 暗にリタが死んでいると言っていることを。

「ごめん」

「いや、いいんだ。僕も分かっているから」

 リタは死んでいる。妻と一緒に買い物に出かけたところを津波が襲った。そう考えるのが自然だろう。


 その二日後、リタは見つかった。

 遺体として。

 父には直接話していない。

 木の陰に隠れて様子をうかがうが、リタの父は遺体の前で泣き崩れていた。

 僕にはどうすることもできなかった。

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