第29話 マヨネーズ同盟
ケチャップマン、こと木菱先輩の声が届くと、各地にいる偽ケチャップマンが動きを止める。
「みんなが一つになっていく。あのお嬢さんの力か。それとも――」
「力、お兄ちゃん?」
僕は目を疑う。死んだと思っていた力お兄ちゃんが、目の前に現れたのだ。
「俺の力では不足していたようだ。あのお嬢さんが真のケチャップマンだ」
「道を空け、闘いをやめなさい」
偽マヨネーズマンがスイカツリーの中央にたどり着き、マヨネーズミサイルを放つ。
爆発。
「木菱先輩!?」
「安心しな。緋彩」
爆煙の中から、フフと微笑む木菱先輩が露わになる。
偽マヨネーズマンは木菱先輩のケチャップ弾によって吹っ飛ばされる。
「悪いね。加減を知らないもので!」
ケチャップマンが活動を再開すると、みんな歓喜の声を上げる。
『今、世界で起こっている偽マヨネーズマンによる破壊活動。それは止めなくてはいけない』
僕はあふれ出る涙をこらえきれない。
嗚咽を漏らしながら、ケチャップマンの活躍を見届ける。
まさか、ここまで団結できるなんて。
偽ケチャップマンが偽マヨネーズマンを取り押さえている。
先ほどまで一緒に破壊活動を行っていたというのに。
僕も拡声器を手にする。
『我々マヨネーズマンは、世界の安定と秩序を求める。すなわち、破壊活動の停止を呼びかける』
木菱先輩ほどのカリスマ性はないと知りながらも、なにかせずにはいられなかった。
『我々は純粋な戦士だ。だが、活躍すべきは今じゃない。
かける思いがある。
理不尽と闘い、今を生きる。それは誰であっても同じはずだ。
だから呼びかける。
まだ闘うときではない、と。
『我々は生きている。生きて未来を切り開く必要がある。そのためにみなの力を貸してほしい』
身勝手なのかもしれない。
でも僕にはこうすることしかできない。
『世の悪と闘うとき、それが我々の求める平和につながる』
悪とは誰のことを示すのだろう。それは人ではないのかもしれない。
『我々は矛を収めるべきだ。闘いは終結した。これ以上傷つく必要はない』
誰も傷つく必要なんてないんだ。
だから止める。だから祈る。
『今よりもより良い時間、時代をさす言葉が未来だ。未来のために今を生きる!』
それは僕が目指した、掲げた誓い。
『過去から学び、今現在を生き、そして未来へとつなげる』
知ってくれ。分かってくれ。これで、みんな報われると信じている。
闘い続けることにより、人々の心は精錬されていく。
だから、今ではないいつか。ここではないどこかで、報われるのだ。同じ境遇の人々が異を唱え、そうして少しずつでも解消していく。
社会には自浄作用があるのだ。
「お前。そんなことを思っていたのか?」
「そうだよ。力お兄ちゃん」
驚きの声を上げる力お兄ちゃんに対して、僕は自分の考えを露わにする。
演説なのか、自分の思いなのか、分からない言葉で止まる偽マヨネーズマンがいる。
「力お兄ちゃんは間違っていた。でも、僕も正しいとは思えない。傷つくのは僕たちだでいいんだ」
「違うな。傷つかねば、気がつかないから愚民という」
「まだ、そんなことを言っているんだ。僕の声が、言葉が染み入るように、世界は言葉一つで変わるものだよ」
「……そこに真実があるのだな?」
「分からない。でもそれが僕の道だから」
平和のために
この世界に平和をもたらすためには力も必要なのは事実。だが、その力を手にしたとき、自分一人で世界を変えられると思ってしまう。でもダメなんだ。
一人で暴走したところで、ダメなんだ。
僕たちの心の中の問題だ。
なまじ戦士としての力が備わり過ぎていたんだ。自分一人でもこの世界を変えられると信じてしまう。
僕たちの心の中は、僕たち自身で闘い、厳しく結論を見いださなくてはいけない。今までの闘いが意味のないものになったとしても、だ。
「お前……」
「ん?」
力お兄ちゃんの呆気にとられるような顔を怪訝に思う僕。
「いや、なんでもない。俺たちは闘い、結論を、か……」
僕の言葉を聞いた力お兄ちゃんに、何か響いたのか、顔色が変わる。
「だからか。緋彩は強いな」
「力お兄ちゃん?」
でも僕にはできないことがある。
キミにできないことを僕はできるのかもしれない。でも僕にできないことをキミができるんだ。
「僕は家族のことで、そこまで思い詰めることはできない。だから、力お兄ちゃんはそれだけ家族を愛していたのだと思う」
さすが愛野力だ。
「違うな。
「そうかな。僕にはたいしたことはできないよ」
偽マヨネーズマンがまとまっていく。
求心力を得た僕に、期待をし始めている。
指導者として生きる道はない。
でも僕たちは心を持っている。響き合える心を。
『我々は、今を持って宣言する』
『あたしたちは、今を持って宣言する』
『僕たちは、今を持って宣言する』
ケチャップマンが、醤油マンが、マヨネーズマンが宣言する。
『『『ヒーロー同士の共同戦線を』』』
「ヒーロー同士がまとまっていく。それも緋彩。お前の力か」
力お兄ちゃんは感慨深そうに呟く。
これでもう本当に争う必要はなくなる。
本当の意味での終戦だ。
木菱先輩と、歌恋。つながった道は同じだった。みんな平和を目指していた。
だから闘うことができた。社会の理不尽さと。
それはもうヒーローだけの話じゃない。
そうか。そういうことか。
「力お兄ちゃん。もしかして全員で理不尽と闘うつもりだった?」
「……ああ。敵と呼んでいたが、それも今では理不尽さと分かった。ここにつれてきてくれて、ありがとう」
深々と頭を下げる力お兄ちゃん。
「お礼なんていいよ。それより、力お兄ちゃん帰ってきてよ。今ではマヨ子も一緒だよ」
「いいや。俺は断罪されるべきだ。ケチャップ人を滅ぼそうとしていたのだから」
悲しげに目を伏せる力お兄ちゃん。
「でも、いつかは帰ってくる。そのときは受け入れてくれるか?」
「うん。もちろんだよ。ごちそうを用意して待っているね」
「ありがとう。ありがとう」
涙声になる力お兄ちゃん。
悲しく辛かった思い出に縛られ、ずっと友樹お兄ちゃんの後を追っていたのだろう。家族の陰を追うばかりの力お兄ちゃん。
その闘いは孤独であったに違いない。
違法マヨネーズを売っていたのも、彼の復讐心からきたもの。
今ではすっかり丸くなったようで。
「なんだか、つきものがとれたような気持ちだ」
力お兄ちゃんがツーッと涙を流す。
色々とあったのだろう。想像でしか計り知れないが、一人で成し遂げるのは骨が折れる。
いや、そんなレベルの話じゃないだろう。
「力お兄ちゃん。逮捕する」
僕はマヨネーズ手錠を取り出すと、カチャリと手錠をかける。
「ごめんね。でも警察には言わないと」
警察が来て、僕は力お兄ちゃんを引き渡す。
これから事情聴取が始まるだろう。
違法マヨネーズ、違法ケチャップの流通。それに加え、市民を誘導し戦闘を開始させた。
力お兄ちゃんの罪は重いだろう。
僕は一人、空を駆ける。
今夜も風が気持ちいい。
夏の空に一筋の光が浮かぶ。
僕はこの町が、世界が好きだ。
だから守る。みんなのために闘う。
犠牲になるのは僕一人で十分なんだ。
でも一人では目的を見失ってしまう。
僕には木菱先輩がいる。歌恋がいる。そしてマヨ子がいる。
決して独りぼっちじゃない。もう目的を見失うことはないだろう。
左右に揺れる。地鳴りが鳴り、本棚から本が、酒屋から酒が、棚から商品が、落ちていく。
停電。断水。ネット回線の断線。基地局の崩壊。
ガス爆発。
地震だ。
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