第28話 ケチャップ暴動

「違うな。俺たちは屈辱の歴史の中生きてきた。当たり前の帰結よぉ」

「ヒーローは一人であるべきだ。みんなを巻き込んでの闘いなど、愚の骨頂」

「分からないな。我が身を痛めぬ勝利など、民衆は軽んじる。自らの手を汚すことで意味が生まれる」

 力お兄ちゃんはケチャップブレードを取り出すと、マヨネーズソードと切り結ぶ。

「民衆は弱い。だから指導者による心地良い指令が必要なのだ」

「被害を受けるのは僕たちだけでいい。他の者を巻き込んでの勝利など、それこそ無意味だ」

「まだ分からぬか! お前は今まで何を見てきた! 力こそすべて。力こそ正義よぉ!」

 怒りを露わにする力お兄ちゃん。

「友樹がそうであったように、みんな権力という力でねじ伏せられた。ケチャップ人が悪かったのに、その判決は覆された! これがどういう意味か、分かるか!」

「やっと本心で闘うみたいね」

 後ろで醤油弓で闘う歌恋が、目を細める。

 醤油矢はケチャップシールドによって防がれる。

「どいうこと?」

 僕は醤油マンとケチャップマンを交互に見やる。

「ち。そいつは心を読めるんだったな。厄介な奴だ」

 力お兄ちゃんは怒りを露わにする。

「ケチャップ人をすべて滅ぼすために闘っている、って? そんなのは間違っているわ」

 醤油マンは醤油キャノンを発射する。

 弾丸はケチャップマンの左肩を貫く。

「ぐ」

「どういうこと? ケチャップ人を殺すのが目的だというのか!?」

 僕は怒りにまかせ、地を蹴る。

 力お兄ちゃんに肉迫すると、力任せに殴りつける。

「そんなのはヒーローじゃない。ゲスの考えることだ!」

 僕は力お兄ちゃんにまたがり、何度もその顔を殴りつける。

「待って! マヨネーズマン!」

 歌恋が呼び止める声が遠くに聞こえる。

 僕はこいつを許せない。

 何度も何度も殴りつけると、ようやく血を吐き出すケチャップマン。

「そんなやり方、ヒーローじゃない!」

 僕は歌恋に捕まれようやく我に返る。

「ぼ、僕は……」

 目の前には横たわったケチャップマンがいる。

 下の方では嘆きの声が響く。

「マヨネーズマンを許すな!」「あいつを落とせ!」「うさんくさい奴だと思っていた!」「マヨネーズマンにヒーローの資格なし!」

 怒りの声は腹の底に響き渡る。

 殺した? 僕が?

 ケチャップマンを?

 力お兄ちゃんを?

 偽ケチャップマンがスイカツリーに上ってくるのが見える。

「いったん退くよ」

 醤油マンがそう言うと、僕はマントを広げ、夜風に乗る。

「僕は、僕は!」

「しっかりしなさい。マヨ子と一緒に自宅待機。いいね?」

「う、うん」

 僕は弱きな声で応じる。

 力お兄ちゃんを殺してしまったのか?

 上空を飛びながら、そんなことを考える。

 自宅に降り立つと、マヨ子が抱きついてくる。

「あなたは、頑張ったの。頑張りすぎたの。少し休もう、ね?」

「う、うん」

「あたしはまだ闘う。舞子さん、サポート頼みます」

「分かりました。スマホをオンにしていてなの」

「はい」

 僕はふらつく足取りで自宅へと入る。

「もう何をやっているの。まずは着替えとお風呂なの」

 僕はマヨネーズマンのスーツを解くと、ケチャップで汚れた衣服が露わになる。

 よごれを落とすため、お風呂に入る。

 自分がけがれた感じがする。

 シャワーでそのけがれを落とそうとするが、手に感じたぬめりとした血の感触は残っている。

「ぅぅうう、うわ――――――――っ!!」

 叫び泣いても、もう何も変えることなんてできない。もう何も戻りはしない。

 非情にも時間は過ぎ去り、心を置き去りにする。

 唯一の肉親をこの手で葬ったのだ。

 精神がバラバラと崩壊していく。そんな気がする。

 ねっとりとした熱が腹の底でうごめく。

 蛇がのたうちまわったかのように腹の中がぐちゃぐちゃになる。

 目尻から落ちていく涙はとめどない。

 僕は何のために闘っているんだ。

 なんでヒーローになんてなっちゃったんだ。

 あのときの軽んじた行動を後悔しても、後悔しきれない。

 もう力お兄ちゃんはいないのだ。

 家族を殺してしまったのだ。

 復讐をもくろんだ力お兄ちゃんを。

 最愛の家族よりも見知らぬケチャップ人を助けてしまったのだ。

 風呂を上がり、自室にこもる。

 何げなく警察の無線機をオンにする。

『こちら港区、ケチャップマンが暴れている模様』『こちら西区、ケチャップマンが暴れている模様』『こちら北区、ケチャップマンが――』

 とめどなく流れてくるケチャップマンの情報。

 もしかして、指導者を失ったことで、偽ケチャップマンが暴走しているのか?

 僕のやったことは間違いだった。

 いくら後悔しても、もう二度と戻らない。

 どうすればいい。どうすればみんな納得するんだ。

「マヨ子……。マヨ子は?」

 僕は自宅の中を歩き回るが、マヨ子の姿がない。

 確か、醤油マンのサポートに入ると言っていた。

 ふと視線を落とすと、マヨネーズの入ったリュックサックを見つける。

「……もう一度、マヨネーズに力を」

 僕はそう呟き、マヨネーズを摂取する。

 アカツキと比べ、市販のものではパワーが劣るが仕方ない。

 僕は夜の町に繰り出す。

 偽ケチャップマンをマヨネーズネットで絡め取っていく。

 彼らはまだ憤りを露わにしている。

 こんなとき、僕はどうすればいい。助けてよ、マヨ子!

 心中で叫びながら、僕は偽ケチャップマンを無力化していく。

 これしかできないから。これくらいしかできないから。

 僕はやり遂げる。ヒーローとしてけじめを付ける。

 マヨネーズビームを発射し、偽ケチャップマンを無力化していく。

 違法ケチャップの有効性は一日。それをすぎれば、すぐにはケチャップマンにはなれない。

 だから、今夜だけでも倒す。

 と、よく見ると偽マヨネーズマンまでいるではないか。

 彼らもまた、破壊活動を行っている。

「こんな世界、やってられるか!」「何が飲みニケーションだ! ふざけるな!」「なんのためのヒーローだ! やってられるか!」

 怒りを露わにする偽マヨネーズマン。

 もうしっちゃかめっちゃかだ。

 僕はヒーロー失格なのかもしれない。

 彼らを制御できない。

 そればかりか、増長させてしまったのではないか?

 ふと考えると身震いすら覚える。

 スイカツリーの方を見やると、そこには人影が見える。

『ここに新たなる指導者・ケチャップマンがいる。みなのもの、落ち着け』

 そこにはケチャップマンがいた。

 両隣には醤油マン、そしてマヨ子。その中央にいたのは――、

「木菱先輩!?」

『我々は蹶起する。ケチャップマンとしての志を見せよ!』

 あの木菱先輩が演説を始めた。

 二分間にわたる演説のあと、ケチャップを飲み干し、真のケチャップマンになる。

 木菱先輩はすぐに破壊行動の停止を呼びかけた。

 それに応じた者もいるが、応じない者も半数近くいる。

 応じないものはすぐにマヨネーズマンと醤油マンが退去させると宣言し、他のヒーローとの連携を示すことになる。

『お前らはだまされていたのだ。私が真のケチャップマン! 争いをやめ、道を開く。闘いにおける勝者は歴史の中で衰退という終止符をうたなかればならず、若き息吹は敗者の中より培われていく――』

 ケチャップマンは呼びかけを続ける。

 非常事態宣言を行った政府だが、その対応の遅さに民衆の怒りがみてとれる。

『我々は我々を守るために闘う――なら、自ら攻撃することになんの意味がある? 武器を捨てよ。そして民衆のためのヒーローに戻るのだ』

 木菱先輩は未だに呼びかけている。

『この闘いに意味はない。すぐに武装を解除せよ! 繰り返す。武装を解除せよ!』

 すぎた力は、制御できずに周囲を壊していく。

 それを分かっているから、すぐに停止することを呼びかけている。さすが木菱先輩だ。

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