第17話 マヨネーズ工場
曇天の空。
僕は準備を整え、醤油マンに連絡をとる。
スマホには位置情報が載り、違法マヨネーズ工場の位置を示している。
「けっこう大きな」
独りごちると、僕はマントを広げて飛び立つ。
今日は気合いを入れて黄金マヨネーズ〝アカツキ〟を服用した。これで戦闘時間は長くなるだろう。
降り立つと、醤油マンが最初にいた。
黒と赤を基調としたヒーロースーツは彼によく似合っている。そう思う。
「マヨネーズマン来たか」
「うん。それよりも、この工場……」
東京ドーム二個分くらいある広さだ。
「広いな。A区画から攻める。マヨネーズマンはD区画から攻めてくれ」
「了解。これより潜入を開始する」
マヨネーズ手裏剣で屋根に穴を開けて、内部に侵入する。
目的は製造工場の破壊。
それ以外は気にする必要もない。
内部に入り、マヨネーズを製造しているベルトコンベアをマヨネーズ手裏剣で破壊する。
「何が起きているの!?」
従業員の叫び声に、聞き覚えがある。
「……マヨ子……?」
僕は振り返り、その顔を確かめる。
間違いない。
ここ最近、顔を見せていなかったマヨ子だ。
整った顔立ち。マヨネーズのように白い髪。肩口で切り添えてある。頭につけたカチューシャ。
この僕が見間違うはずがなかった。
「マヨ子。なんでこんなところにいる?」
「わ、わたしは――!」
「なんの音だ?」
マヨ子が何かを言いかけ、メガネが姿を現す。
「まさか。あんたは! なんで裏切った!?」
僕は全身の毛が逆立つのを感じる。
裏切りものは排除しなくてはならない。
「裏切っていない! わたしは、ただ」
「聴くな。マヨネーズマン!」
醤油マンが間に入り、身を
醤油キャノンは、あたりを塵に変える。
それにおびえたマヨ子はメガネにひきづられるようにして去っていった。
「今の連中は君の知り合いか?」
「は、はい。でもなんでこんなところに……」
「決まっているだろう。彼らは敵だ。違法をマヨネーズを製造していたのだ」
怒りをにじませる醤油マン。
彼の言い分が正しく、心地良く聞こえる。
「卑怯な奴だ。この町がどれだけ被害を受けているのか、それを考えれば悪が誰だか、分かるはずだ」
「……」
確かに醤油マンの言い分は正しい。でも、どこか欠けている気がする。
マヨ子が本当にそんなことをするのか? 違う気がする。
でも、裏切られたのだ。
「家族がいて、友達がいて、仲間がいて、そうしてできあがった社会だ。真に助けるべきなのは、家族だ。家族の集合体である社会だ。でなければ、存在する意味などない」
醤油マンの言い分は分かる。
誰からも必要とされていないとき、人は凍え死ぬ。世界を憎み、生きていくしかなくなる。認めぬ者同士が再現なく争う世界。
だからこそ、世界は冷え切ってしまうのだ。
世界が終わる。
優しいかったあの笑顔も。
人の未来も。
僕がぼーっとしている間、醤油マンが破壊を行う。
マヨネーズ生産工場は確実に終わった。
「さすが醤油マン。仕事はきっちりこなすんだな」
少し皮肉をこめて言う。
「ああ。君も裏切り者に心を痛めているのは分かるが、ヒーローらしく振る舞ったらどうだ?」
ヒーローらしく。
「それは心の痛めないヒーローってことですか?」
「そうじゃない。だが、やりとげなければならないこともある」
「今回のようにですか?」
「ああ。そうだ」
醤油マンが頷くと、その場から離れる僕たち。
「そうだ。この後、お茶でもしていかないか? マヨネーズマン」
「え。まあ、いいけど……」
先ほどのことがあって、言いよどんでしまう。
僕はバカだ。
周りの気持ちに何一つ気がつけないのだ。
大きなため息を吐き、僕は近くの公園に降り立つ。
「ここなら、解除しても大丈夫かな?」
「ああ。大丈夫そうだ」
醤油マンがそう言い解除する。
ふわふわの濃い緑色の髪が足下まで伸びている。制服を着こなし、長いスカートでその足は隠れてしまう。切れ長の瞳には蒼い目が揺れる。整った顔立ち。胸の膨らみ。
「お、女の子……?」
「そうだ。悪いか?」
醤油マンが実は女の子だったなんて、驚きである。
「いや、でも……」
マヨ子に適正があれば、女のマヨネーズマンになっていたのかもしれない。
そう考えると、醤油マンが女の子であるのも珍しくないのかもしれない。
しかし、言い方がキビキビしているな。男っぽいな。
「こっちだ。あたしは
「うん。僕は
「ヒーローらしい名前でぴったりじゃないか」
くくくと笑う歌恋。
「でも……」
「分かっている。みなまでいうな。しかして、君に興味がある、そこのカフェにはいらぬかね?」
素直でさっぱりとした性格らしく、回りくどい言葉選びは苦手らしい。
そんな第一印象を抱くと、僕は頷く。
「うん。カフェに行こう」
近くにあったカフェ専門店。
今の時代に合ったトッピングを行っているコーヒー店。
マヨネーズブレンドやケチャップブレンド、醤油ブレンド。
中にはオリジナルブレンドというのもある。
僕はオリジナルブレンドを頼み、歌恋は醤油ブレンドを頼む。
「醤油、飲んで大丈夫なの?」
「ああ。訓練したからな。今ならいつでも変身できる」
「すごっ」
さすがは熟年の技。見た目は高校生くらいだけど、やっぱりヒーロー歴が違いすぎる。
僕はまだマヨネーズを摂取するとマヨネーズマンに変身してしまうのに。
持ってきたコーヒーの匂いは香ばしくていい香りだった。
「ここの醤油ブレンドは格別でね」
「そうなんですか?」
「ああ。コーヒーに深みを与えてくれる」
香りだけで酔う歌恋。
「君も飲んでみたまえ」
「は、はい」
勢いに任せごくりと一口。
確かにうまい。香りが爆発するかのように鼻腔をくすぐり、ほのかな苦味と酸味がある。後味はすっきりとして飲みやすい。
「よいお店ですね」
「だろ?」
得意げに胸を張る歌恋。
意外と子どもっぽいところもあるらしい。
「で。大丈夫か?」
「なんのこと?」
とぼけたわけじゃない。コーヒー一杯に心を奪われていたのだ。
「昨日は兄、今日は友達に裏切られたんだ。そうとう憔悴していると思って、な」
やはりズバズバと本音を言うタイプらしい。男らしいというか、なんというか。
でも彼女なりに気遣ってくれているのだと分かる。
「そう、ですね。ショックです。はい」
「なぜ敬語になる。あたしたち、同い年だと思うが?」
「え。僕は高校二年ですよ?」
「あたしもだよ」
驚きで開いた口が塞がらない。
「そんなに驚くことかな? まあ、いい。そうだ。明日は天気もいいらしい。少しはねを伸ばそう」
「羽、ですか?」
「敬語」
「す、すみま、うん。ごめん」
敬語で返しそうになるのは厳つい感じがあるからなんだけどね。
黙っておこう。
「その、すごんでいる気はないのだ。許せ」
「ぶっ。ふふふ」
その言葉使いがすごんで見える原因とは気がついていないらしい。
「な、なんだ。急に笑ったりして。しかたないだろ。男兄妹に生まれ育って、こうなってしまったのだから」
「いや、いいと思う」
「そう言う割りには笑っているな」
「意外と可愛げがあっていいと思う」
「か、可愛げ……!?」
「ごめん。ごめん。僕もストレートな言い方をしてしまうから」
「あたしが可愛いとでも言うのか? 愛野」
「いや、可愛いと思うよ。十分に」
ボッと火を噴くようにまっ赤になる顔。
「分かっている、かわいいなんて言って軽薄な男だと思っているのでしょ?」
僕はたまった涙を拭い、コーヒーに目線を落とす。
「だから赤い顔をして怒っている」
「そうやってなんでもかんでも決めつけない!」
怒りのにじんだ声をする歌恋。
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