第18話 マヨネーズ仲間

 カフェで二時間ほど、会話を楽しんだあと、僕と歌恋は帰宅する。

 歌恋の話は意外にも面白く、少しは気が晴れた。

 明日も会う約束を取り付け、帰路につく。

 マヨ子は、りきお兄ちゃんは、どうしているのだろう。

 僕にはどうすることもできないのか。

 自分の無力さがしみてくる。

 マヨネーズマンになっても、人の心を動かすことはできないのだ。しょせんエゴでしかない。

 僕は……。

 何のために闘っているんだろう?


 次の日の朝になり、学校へ向かう。

 普段なら起こしてくれるマヨ子もいない。あの優しい日だまりのような笑顔は見えないのだろうか。

 りきお兄ちゃんのテノールボイスはもう聞けないのだろうか。

 不安と期待で学校へ向かう。もしかしたらマヨ子が登校しているかもしれない。

 そう思って、思うことで心の平穏を保とうとしていた。

 でも、違った。学校へ行ってもマヨ子も、メガネも、木菱先輩もいない。

熊野くまのくん、おはよう」

「おう! おはよう」

「んだ? 朝から辛気くさい顔しやがって」

 半家が苛立ちを露わにする。

 木菱先輩やマヨ子がいないことで、これだけ怒っているのだ。半家は根はいい奴なんだよ。

 口が悪いから誤解されがちだけど、内心は柔らかく弱い心の持ち主だ。だからそれを悟られないように強く振る舞っているのだ。

「おはよう。半家はげくん」

「うっせー。ヒイロ」

「やっぱり半家くんだ」

 その変わらない姿勢に安堵を覚える。

 周りの人の関係値が変わりすぎた。

 でも半家だけは変わらない。

 それがありがたくも、悲しく感じる。

 こんなにも人の心が弱いものだとは知らなかった。

 今までこんなに深く付き合ったこともないからかもしれないが。

 でも、知れば知るほど、遠い存在になっていった。

 夢を持つマヨ子。理想を語る木菱先輩。

 彼女らともう一度会いたい。もう一度会ってちゃんと話をしたい。

 そう思うのはエゴなのだろうか?

 分からない。

 でも確実に言えることはこのままじゃ、ダメなことだ。

 歌恋に言われたように、僕たちはお互いのことを知らなかった。

 敵なのかもしれない。

 もう引き返せないのかもしれない。

 昼休みになって、僕は部室でカップ麺をすする。

 と、そこに入ってくる人影。

 期待をした。

 でも、期待は裏切られた。

「なんだ。半家くんか……」

「なんだとはなんだ。俺だって昼飯くらい食うぞ」

 同じようにカップ麺にお湯を注ぐ半家。

「お前らが散り散りになっても、俺はゲームを作り続ける。それが俺が俺である理由だ。お前にだってあるだろ。譲れないものが」

 一瞬、心を見透かされているような気がした。

 半家くんの言う通りかもしれない。

 譲れないものがある。そうなのかもしれない。

「僕にもあるかな? 譲れないもの」

「あ? お前はありすぎるだろ。ばっかじゃねーの?」

 むかっときた。

「バカってなんだよ! 僕だってゲームくらい作れるって!」

「なら、作ってみせろよ!」

「やってやるさ。僕だって努力しているんだから」

 パソコンを立ち上げ、昼休みの間、ずっとゲームを作っていた。

「このゲームのエンド、ってどうなっているんだ? 半家くん」

「あん! 知らねーよ。つーか。こっから先は木菱の領分だったな。お前ならどうしあげる?」

「僕なら、こうかな?」

 ノートに書いた文字の羅列に、半家がつまんなさそうに見る。

「いやいや。この物語なら前世の記憶や知識が活かされてねーじゃん。わざわざタイトルに〝前世の記憶〟ってつける意味分かってんのか?」

「なら半家くんにはできるの?」

「いいや。だからさっさと連れ帰ってこい。マヨネーズマン」

「!? それをどこで?」

「知っているも何も、マヨ子が〝マヨネーズマン〟って呼んでいたからな。もう昔のことになっちまったが」

 そうだ。僕のことをいつまでもマヨネーズマンと呼んでいたのはマヨ子だ。

 僕がマヨネーズマンになる前から何度も呼んでいた。

 その僕がマヨネーズマンであることに疑問を持つ。

 これはマヨ子の追い求めていた答えか? 違う。たぶん。彼女にも理由があって、あの場にいたのだ。マヨ子は違法マヨネーズに関わっていない。

 でなければ、僕がマヨネーズマンになる前に違法マヨネーズが出回っているはずだ。

 こんな簡単なことにも気がつかないなんて、僕はどうかしていた。

「ありがとう。半家くん」

「おうよ。てめーの顔も見飽きた。さっさと帰るとするか」

「いや、午後の授業は受けようよ」

「それもそうか」

 僕と半家は久々に笑い合い、授業を受けることにした。

 その放課後。

 僕は醤油マンこと、歌恋かれんと出会うことになっていた。

 昨日の工場を潰したお陰もあり、違法マヨネーズマンは登場しなくなっていた。

 これも歌恋のお陰だ。

 僕は歌恋に感謝を伝えるために、昨日のカフェに向かう。

 足取りが軽い。

 不安や期待が吹き飛んだようだ。

 でもまだ敵はいる。

 ケチャップ人だ。彼らはまとまりもなく、争い続けている。

 でも最近は大人しいんだよな。

 それが気がかりだが、僕にはどうすることもできないし、よい方向に向かっている証拠なのかもしれない。

 カフェの中でブレンドコーヒーを頼み待っていると、歌恋がやってくる。

「待っていてくれたんだね。ありがとう」

「歌恋が来てくれてようやく分かった。僕の気持ちが」

「そうなんだ。良かったね」

 そう。僕が待っているのは彼女じゃない。マヨ子と木菱先輩だ。

「あたしは醤油ブレンドで」

 後から注文した歌恋には悪いけど、僕はマヨ子にメッセを送る。

「しかし、良い顔になったね。愛野くん」

「うん。もう心が決まったから」

「そうなんだ。でも、あたしの協力が必要だろ?」

 びっくりした。

 僕は今から、そのことについて話をしようと思っていたのに。

 まさかの発言でびっくりしていると、歌恋が悲しげに微笑む。

「あたし、こんなことばかりやっている。自分の気持ち押し殺して。だから自分と同じ君がいると安心していた」

 ふるふると首を振る。

「でも違った。愛野くんにはすでに仲間がいる。友がいる。あたしとは違うよ」

「そうじゃないよ」

「え?」

 間の抜けた声で応じる歌恋。

「キミもとっくに僕の仲間だよ。家族だよ」

 歌恋がそう言ったように。社会の最小単位は家族だ。個人だ。それを捨てての社会生活など愚の骨頂。

 まずは仲間から助ける。

 周りにいる人から助ける。

 だから僕はマヨ子も、木菱先輩も、りきお兄ちゃんだって信じる。

 きっと起こるこれからについて。

「でも、あたしには心が読めるんだ。愛野くんは本当にそう思っている?」

「もちろん」

 その言葉に涙を流す歌恋。

「どうして?」

「え」

「どうして信じられるのかな? あたし、本当に心を読めるんだよ?」

 そんなバカな。

「『そんなバカな』って思ったでしょ?」

 うん。そうだね。歌恋の力は分かった。

「うん。それで何人もの友達を失ってきた」

 そっか。怖いからか。

「それもあるけど」

「だったら、歌恋はちゃんと生きなきゃ」

「生きる?」

 人は生きている意味を求める。僕もそうだった。闘う理由を、生きる意味を求めていた。でも本当はそんなことないのかもしれない。

 だって、生きている。そのこと自体が大切なことだから。

 過去から学び、今を生き、未来へとつなげる。

 そうすることで、人は学んできた。

 そうすることで、みんな生きてきた。

 みんながやっている当たり前のこと。その積み重ねで日々を生きている。

 だから僕たちは――ヒーローにもなれるんだ。

 ツーッと頬を伝う涙。

 歌恋は静かに泣いていた。

 ただ優しく泣いていた。

 孤独から救われたように。

 ヒーローとは孤独なものだ。

 誰にも知られずに闘っている。

 でもその心には触れられない。孤高の戦士なのだ。

 だから泣く。祈る。

 弱き者のために。

 みんなを助けるために。


 ヒーローは行く。

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