第19話 マヨネーズ火事
僕は再び夜の町に繰り出す。
酔っ払いや喧嘩している者たちをマヨネーズネットで絡め取る。
それ以外にできることはない。
この世界はヒーローを必要としていないのかもしれない。
でも僕はみんなを助けるために闘う。
それが僕の生きる理由だ。
みんなのために。
そうやって生きてきた。
テレビを通してマヨネーズマンの善行は見られているのだ。
だから頑張れる。だからみんなのために闘う。
それでみんな幸せにできるのだから。
会話をしていなくても、態度で示し続ける。
僕の正しさを、気持ちを知ってほしい。
知れば、きっと仲間になるだろう。
同じ志を持つ者同士、わかり合えるのだ。響き合えるのだ。
そう信じて僕は未だに惨めで孤独な闘いを続けている。
みんなが幸せを、平和を望むまで。
社会の誰もがみな仲良くやっていけると信じて。
強い子が育つと信じて。
みんなの幸せが、個人の幸せになると信じて。
暖かくて優しい世界になると信じて。
「一人じゃない」
夜の町で警察無線を傍受しているところを、歌恋が訪れる。
「あたしも、協力する。愛野の中に真実を見た。だからあたしも行く」
醤油マンは気を引き締めた顔で夜の町へ駆け出す。
闘っている者は崇高で美しい。ある意味神に最も近しい存在だ。
そう聴いたことがある。
そうであると思ったときがある。
闘っている。闘っているんだ。大事な人が大事なものを守るために必死で。
だから生きていられる。
家族を、仲間を守っているのだ。
それだけでは頼りないのかもしれない。でもそれでも。
チンピラ同志が喧嘩を始める。
僕はその間に立ち、マヨネーズネットを放つ。
「喧嘩両成敗。頭を冷やせ」
そう告げると次の現場へ向かう。
僕たちはどこにでもいる普通の高校生。だが、ひょんなことからヒーローになった。
その心は未熟で弱い。
でも、それでも闘うのだ。家族のため。みんなのために。
『か、火事だぁ~!』
どこかで声が聞こえてくる。
そちらに目を向けると、熱く燃え上がるビルがある。一階の焼く肉屋から出火したようだ。
僕が降り立つと、消防車を待つしかできない。
「マヨネーズマン。どうにかできないのか?」「こんなときのあんただろ?」「なんとか消し止めてくれ」
無茶言わないでくれ。
マヨネーズは焼けてしまうではないか。
「二階に人が!」
「なに?」
僕が見やるとそこには鉄格子でしまった窓がある。
すぐさま飛び立ち、鉄格子を無理矢理引き剥がす。
「大丈夫ですか?」
「は、はい」
中には女性が三人いる。
僕は一人一人抱えて、地面に下ろす。それを繰り返す。
女性三人組を助けると、上から焼け落ちた柱が落ちてくる。
――マズい。
かわせない。
ハンマーで叩かれたかのような衝撃が頭を貫く。
「……い。マ、ネ……マン! 生きて……か!?」
耳に届く情報量が減る。
意識が遠のいていく。
目を開けると、そこには白い天井、白い壁が見える。腕には点滴がされており、目を開けると、歌恋が見えた。
「ああ。もう、心配したんだぞ。たく、愛野くんは」
ぷんすかと怒っている歌恋も、
「可愛いな」
「ちょっと話聞いてた?」
「あ。すみません」
僕は頭を下げ、ると、痛みが走る。
「八針も縫う大けがなんだから、無理しない」
歌恋が優しげに微笑むのだった。
医者を呼び、状態を見て、はっきりしていることから、安静にはするように言われた。一応レントゲンとMRIを受けることになった。
「じゃあ、あたし、これからヒーロー活動してくる。安静にね」
「うん。分かった」
「安心したよ。一方でこんな子どもがマヨネーズマンなんて」
医者が困惑したように目の上を掻く。
「子どもって、もう高校生ですよ」
「子どもだよ。高校生は」
まったくと言いたげな顔の医者。
「こんな純粋な子が平和を見据えているというのに、大人たちは」
馬鹿らしいとでも言いたげな医者。
安静にすること、一時間。
「暇だ……」
暇すぎてやることがない。
テレビを見ていると、火事の現場が生々しく放送されている。
『マヨネーズマンは生きているのか?』と題して特別放送を行っているらしい。
僕は生きていますよ。
心の中で返したが、無事ではないらしい。痛み止めで抑えられているものの、無理をすればすぐに激痛が走る。
すぐに回復できないらしいから、眠ろう。根室で眠ろう。
くだらないギャグが思いつくくらいだ。きっとまだ大丈夫。
夕方になり、歌恋が訪れる。
「もしかしてお父さんも来ていないのかい?」
「うん。僕の父はそういう人だから」
「マヨ子さんも、木菱さんも、メガネさんだっているのに」
大切な人々を数えてため息を吐く歌恋。
そうなのだ。誰も来ないのだ。
でもそれが僕だよ。それくらいの人間だから。
軽いんだ。命が。
「そんなことない。あたしを救ってくれた君なら……」
言いよどむ歌恋。
何かを内に秘めているかのような声音に、ドキッとした。まるで告白一歩前みたいな言葉使い、息づかいに心が動いたのだ。
と、この心も読まれているのか。
「むぅ。あたしを恋愛対象とみないようにしているみたいだけど」
そう言って耳元でささやく歌恋。
「出し抜いちゃうぞ♡」
「~~~~~~っ!!」
顔をまっ赤にし、手で仰ぐ歌恋。
いや、恥ずかしいならやらなきゃいいじゃん。
こっちも恥ずかしいけど。赤くなっている自信がある。
「それじゃ、そろそろ帰るよ」
歌恋はそう言い、出ていく。
「今度来るときは差し入れ持ってくるぞ」
「気遣いしなくていいってば」
僕もフランクに会話している。だから差し入れなど不要なのだ。
ふとテレビを見やる。
『しかし、こんな子どもがヒーローになるなんて』
『こんな若い頃から平和を叫ぶ時代なのです。それを認識していない大人がどれほどいるでしょう』
ん?
地震速報が入ってきた。都心で震度2か。気がつかなかった。
しかし、最近は地震の予知にも力が入っているときく。噂によると、ここ五年の間に大きな地震が来ると予測されている。
ここも危ないかもしれないな。
そう考えると、いてもたってもいられないが、地震相手じゃ、できることも限られてくる。
「あんた。マヨネーズマンかい?」
隣のベッドにいるご老人がこちらに顔を向ける。
「ニュースに顔が出ていたもんでな。それにあの医者の慌てっぷり。マヨネーズマンで間違いないね」
「もしその前提が正しいとして、どうするつもりですか?」
「いやいや、どうもしないさ。ただ話してみたいと思ってな」
老人は手に包帯を、足も折れているらしく、松葉杖を持っている。
「いいですよ」
「そう固くならずに、わしはこれでも歴戦の
「そうなんですか? ちなみにどの戦争で?」
「第一次マヨネーズ戦争じゃ」
「あー。あの戦争ですか」
マヨネーズが飛び交う戦争だったと聞く。戦車はマヨネーズまみれになり、走行不可能になったり、戦闘機の吸引口にマヨネーズがつまり、落ちたとか。
西側のマヨネーズ軍が東側の純粋人に攻めいったのだ。これによりマヨネーズ人はその勢力を強め、今の地位を確立したのだ。
「わしも途中からなんのために闘っているのか、分からなくなったもんじゃ。しかし、若いのに、平和のことを考える姿勢はすばらしいのう」
「そうでもないですよ。僕は僕の思った通りに生きているだけです。家族を、仲間を守るため、必死で生きているのです」
「それも良かろう。お主はまだ若い。これからの未来についても考えてみてはいかがかね?」
「これからの、未来……?」
「そうじゃ。お主なら未来を切り開けるじゃろうて」
未来について考えたことがない。
感情のままに生きるのは人として正しい選択だと聞いたことがあるが……。
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