第20話 マヨネーズケチャップ
入院一週間目。
暇すぎて死にそう。
料理は調味料の少ないまるで精進料理みたいだ。
今の僕には物足りなさを覚える。でもこれは健康食なのだろう。
文句を言わずにもぐもぐと食べる。
ちなみに隣にいた老人はすでに退院をしており、僕の話し相手はいなくなった。
時折やってくる歌恋との会話を楽しみ、テレビを見る。
そんなことが続き、僕はぼーっとする時間が増えた。
そこで半家に連絡し、パソコン一台を借り、ゲーム作りに励むことにした。
「ふわぁあ。もう夜か」
ゲームもほとんど作り終えた。僕の新作『マヨネーズ太郎』も作ってみた。ちょっとしたゲームだけど、ちゃんとしたアクションものになっている。
……バグはまだ取り除いていないけども。
それでも充実した時間を過ごすことができた。
頭の痛みもずいぶん引いてきた。
これなら明日には動けそうだ。
そろそろなまった身体を動かす時が来た。
僕はヒーローなんだ。もう間違わない。みんなを信じる。
みんなを助けるために動く。
どんっと衝撃が伝わってくる。
爆発だ。
僕はマヨネーズを飲み、マヨネーズマンに変身する。
そして耳を済ませる。
『爆発だ。逃げろ』『ケチャップマンが攻めてきたぞ!』
ケチャップマン!?
それならマヨ子が公認しているはずだ。にも関わらず暴れているというのはどういうことだ。
行ってみるしかない。
僕は病院から飛び出す。
近くにいるらしいケチャップマンを目指す。
爆発は病院から八十メートルほど離れた公園で起きた。ブランコの鎖が片方だけ壊れてしまっている。
爆発の悲惨さを物語っている。
「やめろ! ケチャップマン!」
僕はケチャップマンの目の前に降り立つと、目を細める。
「木菱先輩か……?」
「うがっ!」
またもやビーストモードか。これはマズい。
「マヨ子はどうした? 近くにいないのか?」
声をかけるが、まったく応じないケチャップマン。
破壊の限りを尽くすケチャップマン。そのケチャップ弾は周囲をケチャップで覆い尽くしている。
「ひ、ひどい……」
僕はおののき、尻込みしてしまう。
だが、ここでやられるわけにはいかない。こいつが木菱先輩でないとしても、止める義務と責任がある。
ヒーロー願望のある子どもたちに未来を与える職業でもある。
希望の光でなくてはならないのだ。
「だからケチャップマン。キミもヒーローになろう」
マヨネーズネットでケチャップマンを足止めする。
「キミはこんなことをしちゃいけないよ」
身体の不自由を失ったケチャップマンが転げ回る。
ケチャップソードを手にし、ネットを切り裂こうとする。
だが、ケチャップとマヨネーズが混じり合い、爆発する。
僕は再びマヨネーズネットを放つ。
「もう。降参しろ」
見ていて痛ましい。
こんなとこで、こんな格好で暴れるなんて、木菱先輩らしくもない。
僕は木菱先輩を解放するよ。してみせるよ。
「戻ってきてくれ! 木菱先輩」
僕はそう言い、マヨネーズネットでがんじがらめにする。
ケチャップマンが動きを止めたところで、僕はそばに寄り添い、ささやく。
「もとの可愛い先輩に戻ってください」
目は潤み、鼻声になっている。
こんな先輩は見ていられない。
もう嫌なんだ。闘うのは。
慣れ親しんだ人との闘いは。
僕にとって木菱先輩は大事な人だから。
だから戻ってほしい。
「ひい、ろ……?」
木菱先輩の声だ。
「うん! 緋彩だよ。木菱先輩!」
「緋彩、緋彩」
喜んで弾んだ声を出すケチャップマン。
ケチャップがほどけて、木菱先輩の姿が現れる。
そのショックからか、木菱先輩は倒れ込む。
急いでマヨネーズネットを解き、木菱先輩を受け止める。
「よく一人で、木菱先輩」
僕はそう呟き、近くの病院につれていく。
医者の診断によると、精神的な疲労が見られるとのこと。
目を覚ますまで一緒にいる、と言い、ベッドの隣の椅子に腰掛ける。
赤い長い髪に、ほっそりとした体型。胸は大きく膨らみ、上下している。
眠っているだけらしい。
でもそれがどこまでなのか、分からないとのこと。精神の回復がどこまで可能なのか、という問題らしい。
「眠っている先輩も可愛らしい」
誰も聴いていないとばかりに呟く。
でもそれはマヨ子の耳には届いてしまった。
僕はマヨ子に気がつかずに、木菱先輩の目にかかった髪を
「ちょっと今の子大丈夫?」
「何の話?」
マヨ子の代わりに入ってきたのは歌恋。
「本人に自覚なし、か……」
歌恋が悲しげに呟く。
「それより寝ている人の気持ちは分かるの?」
「いいや。無意識的だからね。そんなに強くないのだよ」
「歌恋のその能力があれば、わだかまりなんてなくなるのに」
「それは盲信だよ。実際になって見れば分かる。みんな良い人ばかりじゃない、って」
そうなのかな。みんな考えていることが分かれば、嫌がることはしないと思うのだけど。
でもそれが盲信だというなら、人は何を信じて生きていくのだろう。心の正体が何であれ、人の生きる力に変わるのなら――あるいは。
「いいじゃない。知らないことがあっても」
歌恋はそう切り出し、僕の肩に手を乗せる。
「知らない方が素敵なこともあるのだ」
「そんなものかな。分からないや」
きっと僕の知らないところで歌恋は苦労をしてきたのだろう。だから実感のこもった声音をよこしてくる。
「それよりも、この人が木菱先輩? あのケチャップマン?」
「うん。そうだけど」
今は眠っている。
起きたとき、ちゃんと話ができるといいのだけど。
「これお見舞い」
そういってお菓子の袋詰めを差し出してくる。
「木菱先輩、食べるかな?」
「分からないな」
そのあとも少し会話をして僕と歌恋は病院を後にする。
その帰り道。
「うぅ」
頭が痛くなってきた。
「おい。大丈夫か?」
歌恋が心配そうにのぞき込んでくる。
痛い。頭が裂けるように痛い。
心の分かる歌恋だ。すぐに緊急事態だとわかり、救急車を呼ぶ。
「そういえば、まだ治療の途中と聴く。早すぎると思った」
無理をしているのは気がつかなかったらしいけど、病院にいないのは変に思っていたらしい。
僕は病院に逆戻り。
頭の傷を見ると傷口が開きかけていたらしい。
すぐに縫い直し、絶対安静とのこと。
「ははは。情けないな」
起き上がり、僕のベッドでスースーと寝ている歌恋の髪を撫でる。
「うぅん」
寝ぼけ
「良かった! 本当に良かった」
「苦しいよ。歌恋」
「そうだな。離れるよ」
解放されたが、なぜか寂しさを覚えた。
そうか。仲間がいなくて寂しいのか。
僕があくびをかみ殺すと、目の端にたまった雫を払う。
「眠い。少し寝かせて」
「ああ。分かった。じゃあ、あたしは帰るからな」
「うん。ありがと」
歌恋が帰ると、僕はひとりゲームの構想を練ることにした。
紙に書いてシナリオを作っていく。
でもそれは木菱先輩のまねごと。最初はうまくいかずに、どこかテンプレじみた作品ができあがる。
どこかでみた設定。どこかで見たキャラクター。
それらがギクシャクと動く、とても中途半端な作品。
これではできたとはいえない。
バグも多く、ヒロインの絵がヘドロのように映り、文字化けで文章は読めない。
こんなんじゃ、木菱先輩に笑われる。
そう思い作り直す。
何度も何度も作り直す。
消灯時間がすぎても、僕は考え続けた。
僕が求める作品ってなんだろう。
分からない。
でも、このままじゃダメなんだ。
このままとどまっていたら、本当にダメになってしまう。
テーマが決まった作品なら分析すればいい。
でもテーマのない、作品はうまく作れない。オリジナリティがないから?
どうしてテンプレになってしまうのだろう。
このままじゃダメだ。
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