第33話 マヨネーズ弁当
「ホントのところ、どうなんだよ? ヒイロ」
半家が僕に尋ねてくる。
「なんだ? 急に」
「だってそうだろ。お前のために歌恋さんや先輩、マヨ子が集まってきているのだから」
半家がうざったそうに足を組み替える。
「今ところ、歌恋さんが一歩リードかな?」
半家がクスクスと笑う。
「かもね。僕には木菱先輩は厳しいし、マヨ子は幼さが残っている。となると、歌恋が一番安定しているね」
「ほう。それは告白かな?」
「いや、恋愛は分からないや」
ドキドキしたり、苦しくなったりしないのだ。
恋が分からないのだ。
だから、僕は一人でいることが多かったのかもしれない。
「おう! 元気にしってか?」
熊野がニコニコ笑顔で駆け寄ってくる。
僕と話をしてくれるのは半家と熊野くらいだ。
「元気だよ。熊野は?」
「ああ。元気さ!」
ムキムキボディで上腕二頭筋に力を込める熊野。
「そういえば、熊野は震災のとき大活躍だったそうじゃないか」
「ほほう。そう言われると照れるぜ!」
その筋力で重たい家具をどかしたり、救助したりしたらしい。
一般人で、そこまでできるのはまれだろう。
「はは。筋肉はすべてを解決する!」
「けっ。暑苦しいやつ」
「でも、半家も頑張っていたじゃないか」
「うるせー。あんなのは気まぐれだ」
「そうかな。明確な意思を持ってないと、遺体の案内なんてできないでしょ?」
「へ。減らず口を」
半家はこう見えて、情に厚い。だから信頼して話しができる。女子の間では粗暴に映り、あまり評価は得られないが。
ふと教室を見やる。
人数が減っている。中には泣いたり、悲しんだりしている人も多い。
机の上に花が添えられているのだ。決していじめなどではない。
この高校の近くで、起きた震災のことを思えば当然の結果なのかもしれない。
でもそれでも悲しいことに変わりない。
ホームルームの前に犠牲となった名前を読み上げ、黙祷をする。
こぼれ落ちる涙を止めることは誰にもできない。
ヒーローだ、なんだと言っても、救うことのできない命がある。それは本当にヒーローなのだろうか。
分からない。
でも、僕たちはまだ生きている。生きている者を守る。
そうすることで少しでもみんなを救えるなら。
教室内を見渡す。
親戚の家に身を寄せ、学校に来れなくなった者もいる。
半分くらいになった教室を見渡し、僕は泣きそうになる。
こんなにも苦しまなきゃいけないなんて。
現実はあまりにも残酷すぎる。
膨れ上がった被害を止めるための力なんてない。そう告げているように思えてならない。
それにしても、なんでこんなに辛いことばかりが続くのだろう。
もう嫌だ。こんな現実なんて。
《なら夢の世界にご招待しようか?》
脳内に声が響く。
なんだ? 誰の声だ?
黙祷を終えると、ホームルームが始まる。
未だに避難していることもあり、施設の一部が使えないこと。
断水した水は元に戻っているが、万が一茶色い水が出たら報告すること。
電気はこまめに消すこと。
などなど。
震災前と震災以降で違う点がいくつか上げられた。
お昼休みになり、マヨ子が痙攣を発症。その後、倒れ込む。
「マヨネーズ欠乏症だ! 誰か、マヨネーズを!」
「おう。待たせたな!」
しばらくして熊野がマヨネーズを持ってくる。
「輸マヨの用意は大丈夫か?」
「大丈夫だ。意識はある。経口接触でいけるだろう」
僕はマヨ子の口にマヨネーズをつける。
そうすると少しずつ飲み始める。
「うまいか?」
「うん」
返事を返せるほどに回復していた。
「おう。もう大丈夫だな!」
熊野はそういい、部活仲間と一緒に昼飯にするらしい。
すっかり元気になったマヨ子が弁当を広げる。
「お弁当はわたしが作ったもの。大丈夫なの」
「何が大丈夫なのか、分からないけど」
僕は弁当箱を開けてみる。
と、サラダにミートボール、焼き魚、白米。それらすべてにマヨネーズがかかっている。
「……これは?」
「緋彩くんはもうマヨネーズマンにならないこともできるでしょ? だからよ」
「まあ、そうだけど……」
これじゃ、マヨネーズの味しかしないんじゃないか?
マヨネーズ弁当だな、こりゃ。
僕はもぐもぐと咀嚼して、呑み込む。
相変わらず、マヨネーズの味が強いが意外といける。
味付けがマヨネーズに合わせたものになっているのだ。
でも、魚とマヨネーズの組み合わせはどうかと思う。
「どうしたの? 食べないの?」
「いや、まあ」
僕は嫌々ながら、食事を再開する。
魚にマヨネーズか。
意外といけるかも?
それにしても白米にもマヨネーズか。
これがマヨラーという奴か。何年か前に流行ったな。
放課後になり、僕は部活に向かう。
と、なぜかマヨ子がついてくる。
『わたしも部活に入るの』
そう言っていたが、本気らしい。
彼女が入ったらどうなるんだろう?
メガネ、半家、木菱先輩のいる部室に入る。
「ようやく来たか」
木菱先輩がそう言うが、僕の後ろを見て怪訝な顔になる。
「そちらのマヨ子さんは?」
「入部希望なの~」
のんびりとした口調でそう告げるマヨ子。
「本気?」
「本気なの~」
ゲーム作りの片手間に入部届を出す木菱先輩。
「それで、僕の作ったゲームはどうです?」
「あれ、何のパクリ?」
「うぐ」
「オリジナリティが足りないわ。もっと作り込まないと」
「そう言われても……」
「それと序盤での盛り上げが少ないね」
「そうですね……」
それからも、仕様が悪いだの、反応速度が遅いだの、ダメだしをたくさんもらうことになる。
「それよりも木菱のゲームはどうなっているんだ?」
半家が訊ねると、木菱先輩はにかっと笑う。
「もうストーリーは組んである。あとはゲームに反映させる必要があるけどね」
「ほう。じゃあ、さっそく組み込むか」
半家がパソコンを寄せ、ストーリーの書いてあるノートを借りる。
「木菱先輩はいつから
「うーん。高校生に入ってからかな。文芸部で一つ小説を書いてって、言われて」
「へ~」
僕は驚きの声を上げる。
まさか、文芸部の活動で初めての小説を書くとは。
僕たちもそのうち、物語を書くようになるのかな?
※※※
「これより、転校生を紹介する」
ホームルームの時間、先生が言った通りに転校生を迎え入れる。
僕はその姿を見て、驚きの声を上げる。
「
「待った! なんで歌恋さんがここにいるのよ!?」
マヨ子が文句を言う。
だが、周りの男子どもはヒューと黄色い声援を上げていた。
なにせ、美少女だ。かわいい系だ。
くりくりとした大きな瞳。ふわふわなロングヘアー。楚々とした振る舞い。
醤油マンであると誰も気がつかないだろうて。
「あ! 愛野くん!」
僕を見つけると、嬉しそうに手を振る歌恋。
「「「え!!」」」
男子から抗議の声があがる。
僕と歌恋はどう見ても釣り合いがとれない。そう言いたげだ。
確かに陰キャな僕とは釣り合いがとれないだろう。
彼女もそんな気はないだろう。
コツコツと歩き出し、僕に近寄ってくる歌恋。
「これからもよろしくね! 愛野くん」
そう言って右手を差し出してくる歌恋。
握手をしたいということか。
僕も右手を差し出す。
ぎゅっと握ると、歌恋は頬に口づけをする。
「「「「「え!!」」」」」」
男子たちどころか、女の子たちも驚きの声を上げる。
それほどに衝撃的だったのだ。
僕は驚きで目をパチパチさせる。
マヨ子、木菱先輩に続き、歌恋まで。
なんでモテているのかも分からずに困惑する僕。
僕は誰が好きなのだろう?
《これが現実であるといいな》
~終わり~
マヨネーズマン! 夕日ゆうや @PT03wing
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