第二章 月齢25.5
201
「おや?これは……」
そのスープを一口すすり、最初にオーガストが気付いた。
「……これ、朝と同じ材料?」
スティーブが、ユキに聞く。
「チョイ足ししてます。ジュモーに、手伝ってもらって」
三つ目の器をチャックに渡しながら、ユキは答え、視線をユモに向ける。
「あたしが摘んだ野草を入れたのよ。美味しくなってるでしょ?」
堅パンをボウイナイフで切りながら、ユモが得意げに言う。
「まあ、あとは肉を煮る前に焼き目付けたり、アクを取ったり、それくらいですけどね」
自分達用の器にスープをよそいながら、ユキは付け足す。
「野草か……よくこの時期に見つけたものだ、ガーリックか何かか?」
一口啜ったチャックが、ユモとユキを見ながら、聞く。
「野ニラの仲間、かな?地上部分は冬は枯れてるけど、根っこの所をジュモーが見つけてくれて」
「食べられるなんて、あたしも知らなかったけど。あたしの家の近くでも似たの見たことあるから」
野ビル、野ニラの類いはアジアでは食用としてポピュラーだが、欧米の近隣種はあまり利用されていない。主に食用とするのは葉で、しかし葉が枯れる冬期に見つけるのも至難の業だが、そこはユモが精霊を使役して探し出し、栄養を貯め込んだ根球と、あまり食用に利用されない根の部分をユキが刻んで煮込んでいた。旬を外し、本来食用になじみのない部分であっても、あると無いとでは風味が違う。
「いや、二人とも大したもんだ。これは、お二人をちゃんと
スティーブが、笑顔で言った。
「それで、調査は上手く行ったんですか?」
場が和んだのを感じたユキが、誰にとはなく話の水を向ける。
「……ああ、多分、あそこが目的地で間違いないと思う。明日から、早起きして本格調査しないと」
左右の男達の顔を伺ってから、スティーブが答える。
「もう少し近くにテント張れれば楽だったな。まあ、正確な場所が分からなかったから、コレでも近かった方だと思うけど」
「聞いても良いですか?一体、何を調べてるんですか?」
重ねて聞くユキに、一瞬、スープをすくうスプーンが停まったスティーブが、答える。
「……そうだな、君たちに関係があるのかも知れない。話しておくべきだろう」
左右の男達の了解を目で受けたスティーブは、話し出す。
「僕たちは、ある怪奇現象の原因を調査している」
「朝、モーリー大尉が話したとおり、この付近で『ウェンディゴ症候群』と思われる患者、あるいは犯罪者が増えている。増えていると言っても、月に一人二人の話なんだが、元々は数年に一人出るか出ないかの症状だったらしいから、こりゃ大変だって事になって、早まった
スープを飲む手を休めて聞いていたユモとユキは、頷いて話の先を促す。
「ああ、食べながらで良いよ……調査と言っても、このベイフィールド郡の大半はまだ人手が入っていない森林地帯、そこを手がかりなしで探したら、
話を一区切りして、スープを掻き込んだスティーブが続ける。
「それで、あてずっぽうでここにテント張って、さてこれからどこを探そう、って思ってた所に君たちが現れた、という事なんだが、実は、朝、君たちに言わなかった事がある」
話ながらスープに浸した堅パンを口に放り込んで、飲み込み、スティーブは話を続ける。
「僕たちも、夕べ、その『音楽』とやらを聞いてるんだ」
スティーブは言葉を切り、一旦食事に集中する。焚き火の、薪の爆ぜる音が響く。
「あれは、確かに笛の音だ。ただ、音楽とはとても呼べない」
スプーンを休めたチャックが、ぼそりと言う。
「フルートの音に似ていると思いました。誰か、音楽の素養のないものが、見よう見まねでフルートを吹いたら、あんな感じかも知れません。ただ、何しろ遠くから微かに聞こえるだけだったので、昨夜の時点ではそれ以上のことは分かりませんでした」
オーガストが、話を装飾する。
「ですが、今日、それらしき洞窟は発見しました。1日目で発見出来たことを神に感謝します」
「間違い、ないの?」
話を聞いて少し怯えているのか、硬い声と表情で、ユモが聞いた。
「それは、これからの調査次第です。ですが、意味不明な、しかしかなり古い落書きのようなものや、そしてこれが決め手になったのですが」
小食なのだろう、スープ一杯で食事を終えたオーガストが、パイプを取り出しながら、言う。
「誰かが、あるいは何かが洞窟かその周囲に住んでいる、その痕跡がありました」
「……痕跡?」
さらに表情を硬くするユモに替わり、ユキが聞く。
「何者かが、獲物を喰った、その痕跡だ。洞窟の入り口のすぐ奥にあった」
「……動物、熊とか、そういう肉食獣ではなく?」
「獣は、ナイフを使わない」
重ねて聞いたユキに、チャックが短く答えた。
「ナイフとは限らないけど、鋭利な刃物を使った痕跡が、食べ残しの骨に残っていたんだ」
お替わりをよそいながら、スティーブが付け足す。
「じゃあ、人間……」
即座に、ユモが希望的観測を述べようとするが、
「人間なら、火を使う」
チャックが、それを
「火を点けるものを持ってなかったんじゃ……」
それでもユモは食い下がるが、
「残念だけど、ここらをうろつくような僕たちなら、誰でも、道具なしで火くらいおこせる。都会育ちの誰か、って事も考えたけど、だとしたら、獲物捕まえて生肉囓る前に、自分が獲物になっているよ、多分」
それくらいのことが出来なければ、荒野では生きていけない。そして、荒野で生きることを知るものなら、生肉を食う危険性も承知のはず。言外に、スティーブがそう口を挟んだことを、ユモは理解した。切羽詰まっての一回こっきりではなく、何度も何度も習慣的に、生のまま肉を喰らった、その痕跡があったのだ、と。
「ウェンディゴ憑きは、獲物の生き血を好んで啜る、とも聞きます。つまりは、そういう事なのだろう、と言うのが、我々の合意した見解です」
紫煙を吹き出しながら、オーガストが付け加えた。
すっかり暗くなった周囲の雪原はしんしんと冷え込みを増し、唯一、焚き火を囲む五人の周囲だけが、人の居る温もりを維持し、そして焚き火は、その温もりに縋る弱き者達を、その暖気で温かく包み込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます