金色にして漆黒の獣魔女、蝕甚を貫きて時空を渡る - Eine Hexenbiest in Gold und Schwarz -
二式大型七面鳥
プロローグ 1
かちゃり。
真鍮のドアノブのロックが外れる音に続いて、重厚なオーク材のドアが、ヒンジの擦れる微かな音と共に薄く開く。
その隙間から、溢れんばかりの好奇心に満ち満ちた仔猫のような
サイズの合っていない、床を引き摺りそうなウールの軍用コートを着た少女は、もう一度部屋の隅々に目配せしつつ後ろ手に慎重にドアを閉め、内鍵をかけ直し、やっと肩の力を抜いてため息をつく。
魔女の娘は、今、その知識の泉に足を踏み入れていた。
――いつも通り、部屋には鍵をかけておきます。でも、あなたはいつでも入って良くてよ――
出かける直前、自分と同じ目線から、
――いつも通り、あなたが私の
その偉大で強大な魔女は、自分の
だから、少女は必死に、そしてそれ以上に面白がって、その
だから。それが当たり前の関係、当たり前の行動になってしまっていたから。少女は自分の力量を見誤っていたし、魔女もまた少女の技量を、成長の進度を低く見積もってしまっていた事に、二人とも気付いていなかった。
それが、本当に偶然だったのか、もしかすると誰かが、あるいは人知の及ばぬ何かの関与があった、かもしれない。
だが、あのような事故が起こってしまう程度には、スイスチーズモデルにおける不慮の積み重ねで説明される程度には、それは偶然であると思えた。
それは、1961年2月15日の、日食の日の事だった。
少女は、改めて部屋の中を、勝手知ったる『
こつり。こつり。羽衣のような少女の体重を支えるロングブーツの軽やかな足音が響き、書斎の、頑丈だが古い床板をほんの僅かだけきしませる。少女の目指すのは、
天井まで届く本棚を背にするその机の上、これ見よがしに置かれた、見慣れない小箱。黒光りし、頑丈そうな、大人の男性の握りこぶし大のその箱は、見た目に違わず厳重に南京錠がかけられ、あまつさえ多重に
そして、その
だからこそ。少女は、その何者か、少女の知る限り最高の魔女である
その小箱が書斎机の上に放置されていたのは、少女にとっては全くの偶然であり、少女の
数日前。いつものように、数日出かける間の店番を娘に託し、日食の観測に、夫の運転する
結局、夫の催促に答えて小箱を机の上に置き、魔女は観測機器の入ったバッグを手に書斎を出た、出てしまった。
娘が、自分からは魔術の才を、夫からは碧眼と金色の髪を受け継いだ魔女見習いの少女が、この小箱に興味を持つ可能性を失念して。
「さあて。今日こそ、解いてみせるわ」
ぶかぶかの、使い込み、着慣れたウールの軍用コート――肩幅身幅こそ上手に繕い直してある程度詰めてあるが、袖丈着丈はそのまま――の袖をまくり、少女は力強く独りごちる。
今日で三日目。店の開店準備を
いかにも挑戦してみろと、やれるものならやってみろと言わんばかりに無防備に、書斎机の真ん中に放り出された、見覚えのない黒い小箱。
自分の力では、技量では、到底解けないと諦めかけた封錠の
出来なくはない、手が届かなくはない。あと1歩、ほんの少し。ほんの一段の踏み段さえあれば、手が届く。そんな感覚。その段差を埋めるのに、二日かかった。二日の間に、客の来ない店番の間も、夕食後の時間も、全てを術式の勉強に充てた。夢の中でまで、呪文と魔法陣が浮かび、寝ぼけて体が印を結ぶ、それ程の集中力。
「我ながら驚異的なスピードだわ。さすがは偉大なる先達、大魔法使いマーリーンに連なる血筋って事よね」
腰に手を当てて軽くふんぞり返り、得意げに独りごちながら、鼻息荒く少女は言う。
「さあ、そこまでして封じる、何がこのちっちゃな箱の中にしまわれているのか。見せてもらうわよ……」
言い終わるなり、少女はコートの前を開き、その下の黒いワンピースの腰を締めるベルトに着けた
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