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『
呪文自体の難易度は、『月の魔女』の
その条件とは、つまり。
「お友達は居ますよ。それはもう、いっぱい。ただ、皆、魔法使いなので、
「『補完する関係』って、具体的に、どういう関係なの?」
ユモは、もっと幼い頃、母にそう聞いたことを思い出す。そのユモの素朴な疑問に、母は微笑んで答えた事も。
「自分と同等かそれ以上の
そう言って、母は何事か思い出すように、遠い目をした事を、ユモは覚えていた。
「……もしかしたら、あの方であれば、ゆくゆくはそのような関係になれたかも、分かりませんでしたね……」
その母の言葉が誰を指すのか、ユモには分からない。だが、自分とユキが、東洋人で、人狼で、体力と体術と包容力に秀でた『
時間にすれば、それはほんの一瞬だった。頭に流れ込むユモの『意図』の通りに呪文を唱えた雪風は、ほんの一瞬、まぶたの裏に眩しいほどの輝きを、体の中心に熱い何かが迸る感触を覚え、思わず目をつぶった。
雪風の首筋にしがみついて呪文を唱えたユモの体がまばゆい光を放ち、間を置かず雪風の体も同じように光る。時間にすればほんの一瞬、微妙に異なる二つの光は一つに融合し、共振し、新たな波長を生み出しつつさらに強く輝く。
その光は、呪文の最終段を唱えるために立ち止まった二人に飛びかからんとした『ウェンディゴ憑き』の目をくらまし、二人が振動させた呪文の共鳴がもたらすエーテルの波動は『ウェンディゴ憑き』を物理的に押しとどめる。
「……ちぇすとぉおおおっ!」
光の中から現れた鈍色に輝く一降りの剣が、その『ウェンディゴ憑き』を横薙ぎに薙ぎ払う。旋風のごとくに剣を振りきって光の中から跳び出したのは、黒と金の長い髪をなびかせ、軍用コートを羽織り
「……視野が高いわね?もしかしてあたし、背が伸びてる?」
発達した犬歯の覗くその
――あんたとあたしの体と力が一つになった結果よね、足して二で割るってわけじゃあ、ないって事ね――
エーテルの振動が、ユモの声となって鼓膜に届く。
「マジか……まあいいわよ、これはこれでいい感じだもの」
狼の口が、大きく耳まで裂けて、笑う。
「
――あんたこそ、体の方は任したわよ――
明らかに高揚した声色のユモの声が、それに答える。
「おーけー。そんじゃ、時間もないことだし、ぶわぁ~っと行きますか!」
なぜならば、
だから、あえて今、
それは、己の意図に反することが起こっている現状に対する混乱であり、疑問であり、
その『微生物』は、確かに二つ、あった。形状には、今まで見てきた他の微生物とさしたる差があるようには見えなかったが、それらの移動能力も、移動方法も、捕えようとする
はじめのうちは面白半分であったが、次第に、
捕まえて何をするか、なぜ捕まえるのか、そのようなことは
だから。どうにも捕まらない、どころか、
だから。
――……って、ちょっと待って!――
『
「うわ!な、何よいきなり!」
突然、直接鼓膜をエーテルの振動で叩かれて、体をコントロールする雪風は跳躍のリズムを崩し、足場を踏み外しそうになる。その隙を突いて上から被せてきた吹雪の五本指を雪風はあえて避けず、腰を落として稼いだほんの一瞬を使って念を
「……てりゃあ!」
気合い一閃、渾身の突きでその吹雪で出来た歪な手を押し戻し、蹴散らす。散らされた吹雪の手が再びまとまる前に、ベースになっている雪風の体より頭一つ背が高く、相応に幅も厚みも増えているその体は別の足場に跳躍し直す。
離れた足場から吹雪の指が再び形を成すのを見た、ユモと雪風が合体した存在、寸が詰まってミニ丈に見えるセーラー服の上に膝丈でちょうど良い按配の軍用コートを羽織り、右半分が黒、左半分が金の長い髪を風になびかせる金の瞳の
「……で?何?」
突き出た
――手よ!手!あんたの手、貸して!呪文唱えても印が結べなきゃ
切羽詰まったユモの声なき声が、直接鼓膜に響く。
「んな事言ったって!」
向かってきた吹雪の指を避けるべく跳躍しながら、雪風の声が答える。
「手が使えなきゃあたしだって困るわ、よ!」
言いながら、
――じゃあ、どうすんのよ!――
テンパって、キレ気味にユモの声が返す。
「知らないわよ!いっそ阿修羅みたいに手でもいっぱい生やしてみる!?」
雪風も、売り言葉に買い言葉で思いつきをそのまま口に出す。
――何よそのアーシュラって!?――
「こういうのよ!仏教の神様!」
突っ込みどころ満載の答えを返しながら、雪風は脳裏に阿修羅のイメージを浮かべる。もっとも強いイメージは興福寺の阿修羅像、ヒンドゥーのアスラが仏教に取り込まれ、修羅道を治める阿修羅王の仏像である。互いの意識は独立していても、
――うわ……でも……これ、いけるわ!――
「うえっ?」
一瞬、見慣れないその仏像のイメージに気圧されたものの、すぐに何かをひらめいたらしいユモの声と気迫に、今度は逆に雪風が気圧される。
――つまり、こうよ!――
言うが早いか、羽織っていた軍用コートの袖の中に、今ある腕より明らかに華奢な腕が出現する。その腕は、セーラー服の腰に巻かれたガンベルトの、そのさらに上に巻かれた
「……そういう事か!」
気を取り直した雪風の声と共に、
――我が前方にラファエル!我が後方にガブリエル!……――
ユモの凜とした声が、印を切る腕の動きに乗って洞窟中のエーテルを振動させた。
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