606
ユモが
ユモと雪風は、人型洞窟の頭部空間に至る横穴の入り口付近で、『ウェンディゴ憑き』と斬り結んでいた。
「こんだけドタバタやってんだ!絶対、気付かれてるわよね!」
背中におぶったユモを左手で支えつつ、右手に持った
「
ユモは、その雪風の太刀筋に感心しつつ、答える。
雪風の振るう木剣は、『ウェンディゴ憑き』を斬ることなく、しかし衝撃は与えつつ、その胴をすり抜けるように腹から背に振り抜ける。まるで、その木剣には実体がないかのように。
「……大したもんね」
雪風の背中越しに、ぼそりと洞窟の床に崩れ落ちた『ウェンディゴ憑き』を見下ろしながら、ユモは呟く。本当に、大したもの。その木剣も、雪風自身も。
「まだまだよ。ママに比べたら、あたしなんて全然」
その意味でも、自分と同じだ、と。
「それより、どうする?」
「どう、って?」
肩越しに振り返る雪風に問われて、ユモは聞き返した。
「下にオーガストさんが居るとして、話が出来る状態だとしてよ、くださいちょうだいで素直にニーマントを返してくれるとは思えなくない?」
「それは、そうよね……」
周囲に『ウェンディゴ憑き』が居ない事を見まわして確認して、雪風の背中から下りつつ、ユモも答える。
「話が出来ない場合も考えなきゃだしね……最悪、力尽くで、行ける?」
顎に手を置いて一瞬考え込んでから、ユモは雪風に聞き直す。
「この程度の相手なら、朝飯前だ、け、ど!」
ユモに答えながら、雪風は、どこからともなくまた現れた『ウェンディゴ憑き』に、
「どっちにしても、目くらましくらい欲しいところよね」
「目くらまし?」
「
「何それ?」
「手榴弾って分かる?」
「バカにしないでよ?うちの納屋に仕舞ってあるわ」
「……お、おう……じゃあ、それの光と音しか出ないヤツ、わかる?」
「ああ……いいわね、それ。いただきだわ」
ユモは、軍用コートの前を開けて裾をさばき、腰の
「ちょっと時間稼いで。繋ぎ直すから」
「繋ぎ直す?」
色々省略したユモの言い方に、イマイチ意味がとれなかった雪風が質問する。
「この水晶球の
「ああ、そういえば」
「それを、一気に大量の
「なるほどね」
雪風は、ユモのやろうとしていることを理解した。そして、その為には。
「じゃあ、水晶玉を、もっとも効果的な位置に持って来てもらわないとね?」
「そういう事、まあ、そこは出たとこ勝負の舌先三寸ね。じゃあ、あと呪文一言のところまで繋ぐから、よろしくね」
言って、ちらりと雪風の背後を見たユモは、呪文の詠唱に入る。
「お任せ!」
振り向いて
ユモが
それは、例えるなら、乾電池で使うための豆電球を工場用の強力無比なパワーソースに直結するようなものだった。
半永久的に、ちびちびとごく少量の
その光は、冷え冷えする青い光の照り返しのみで照らされていた洞窟に真昼の明るさの数倍の光をもたらし、水晶玉が崩壊する音は、決して大きくはないものの、無音に近かった洞窟に先の銃声並に鳴り響いた。
右手で、自分の胸ポケットから二つのペンダント、水晶玉と
ユモが
「っしゃ!ずらかるわよ!」
それでも過度な加速度がユモにかからないよう手加減しつつ、横穴の出口に向かって跳び出した。
「大丈夫ですか?」
水晶玉が光った瞬間、帽子の鍔を引き下げていた黒い男が、オーガストに聞く。
「……びっくりしました。こんな手があったとは……」
壁に背をもたれて首を振りつつ、オーガストが答える。強烈な光に焼かれた網膜が、やっと元の明るさに順応しつつあった。
「……それに、熱かった……」
オーガストは、右手の指を見ながら、言う。
「……この体は、もう、あれを熱いと感じてしまうのですね……」
未だ、崩壊した水晶玉の破片が漂い、ほのかにあたりを照らす中、オーガストの右手には、雪風の右手の指が触れた痕が、日焼け痕のように赤く残っていた。
「せりゃあっ!」
ユモをお姫様抱っこしている上に
「出た!」
弾き飛ばされた『ウェンディゴ憑き』がそのまま放物線を描いてスペリオル湖に落下した音を遠くに聞きながら、雪風は湖畔の岩を蹴って横穴が開口する崖に向かって跳躍、断崖のとっかかりを蹴ってほぼ垂直に飛び上がって、あっさりと崖の上の平地に着地する。
「……よっしゃ!」
膝を折って着地の衝撃を受け流した雪風は、そのまま猛烈な勢いで駆けに駆け、湖畔の岸壁から安全距離を確保したと判断してから、ユモを優しく雪原の上に下ろす。
「……うう……目、回った……」
雪風の首根っこにしがみついていたユモは、若干よろめきながら、しゃがんでいる雪風の肩に手を置いて、自分の両足で立つ。
「……でも、これで一安心……って……」
あたりを見まわして、ユモは怪訝な顔をする。
「まだ安心出来ないわよ、追っ手を撒いて、逃げ切ったと確信出来るまでは……どうかしたの?」
立ち上がって、
「……なんか、薄暗くない?」
「え?……そういえば……」
ユモに続いて、雪風も辺りを見まわす。森の外れの湖畔のこの辺りは立木も少なく、木陰はあっても辺り一面が冥くなるという事はないはずだった。
「……今日、晴れてたわよね?」
横穴に潜る前の天候は晴天、短時間とは言え明け方のあのタイミングよりも日は高くなっているはずで、明るくなることはあっても暗くなる道理はない、はずだった。
「一天にわかにかき曇り、ってや、つ?え?」
空を見上げ、雲行きを確かめようとした雪風の動きが止まる。不審に思って雪風の視線を辿ったユモは、雪風が見たものを自分も見て、呟いた。
「……うそ……」
「……マジか……」
二人の声が、思わず知らず、ハモる。
「日蝕!?」
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