608
「一体何人居るのよ!」
動けないユモを護って、周囲の『ウェンディゴ憑き』を切り伏せながら、吐き捨てるように雪風が大声でぼやく。
――かれこれ20体は斬ってるはず。無尽蔵か!――
なにやら複雑な呪文の詠唱に入ったユモは、棒立ちと言っていい状態で完全に無防備な状態になっている。四方八方から近づいて来る『ウェンディゴ憑き』に対し、半獣化した――プロポーションはほとんど人の姿のままに、
そして、気になるのはもう一つ。斬り伏せて来た『ウェンディゴ憑き』だが、いわゆるカウボーイスタイルや、この時代の普通の市民――20世紀後半や21世紀前半のサラリーマンとあまり差はない――だけでなく、少数だが女性が混ざっていたり、明らかにネイティブの容姿だったり、どう考えてもここ数年で『ウェンディゴ憑き』になったとは思えない、年期の入ったそれもあった事が頭から離れない。
「差し出がましいことを言いますと」
詠唱に集中するユモの胸元で揺れる
「お二人が落ちた洞窟ですが、あちこちに相当数の『ウェンディゴ憑き』が隠れてました。その大半は凍ってましたが」
「マジか……」
「……光の弾丸よ!我が示す的を射抜け!
呪文の最終段を唱えたユモは、やおら
水晶玉に封じられていた知識のうちの、優先して解凍していた『存在は教えられていたが使い方を教えられていなかった呪文』から選んだ、今や地上では月の魔女以外に発音できる者はないであろうその呪文は、
「……もう!何よ!通らないじゃない!」
尻餅をついた姿勢のユモが、悪態をつく。
「エーテルの乱れが荒すぎるようですね」
「それって、光の出所を直接叩かないとダメって事?」
「そうなりますね」
さらに一体の『ウェンディゴ憑き』を斬り伏せた雪風の問いに、ニーマントがさらりと答える。
「ユモ!日蝕あとどれくらい?!」
ユモは、雲の上に薄く光る太陽を見上げて、言う。雲のおかげで、太陽が欠けている事だけは、かろうじてわかる。
「わかんないけど、10分もないことは確かよ!多分あと長くて5分、もしかしたら3分無いかも!」
「じゃあ、もう、正面突破しかないか!行くわよ!」
「って、うわひゃ!」
ユモの答えを聞くが早いか、雪風はユモを左手で抱え上げると、肩に担いで駆け出した。
「さて、私の目的は大体満足出来ました。このあたりでお
黒い男は、そう言って青い光の柱に近づく。
「オーガストさん、あなたには期待しています。是非とも、その知識欲を満足させて下さい。その過程で、何が起ころうとも」
振り向いて、そう言った黒い男は、ふと頭上から聞こえてくる地響きに気付いて上を見上げる。
「何が、始まったのでしょう?」
同じように上を見上げてつぶやいたオーガストに、黒い男は答える。
「なに、駄々っ子が暴れているのでしょう……あれは、自分が何をしているか、実のところ何もわかっちゃいないのです。ただの子供の遣い、言われたことを行い、自分の興味のあるものに手を出し、持ち帰り、飽きたら捨てる。あるいは、人に
「人に種……ですか?」
「ああ、種と言っても植物のそれではありません。私も詳しくは知りません。あれがどうやってそれを思いついたのか、私は、意思を持たない人形にはあまり興味がないのですが……オーガストさん、あなたはご興味があるのでは?」
「そうですね……」
オーガストは、あごに手を当ててしばし考える。
「……私の当初の目的はそれでしたから、まずはそれを
ひときわ大きな地響きの後、一瞬の静寂の中で晴れやかに微笑みながら、オーガストは言った。
黒い獣がだしぬけに降ってきたのは、その時だった。
「そこ、どけぇ!」
左肩にユモを担ぎ、右手で横薙ぎに
先ほどまでさしたる動きを見せていなかったその『雲と雪の巨人』は、雪風とユモが向かってくることに気付いたのか、その手を伸ばす――文字通り、その腕が伸びた――と、地上の何かを鷲掴みにして、そのまま下手投げにユモと雪風に向けて投げつける。
「うわ!」
「ちょ!な!見え!うぐぇ!」
岩塊や倒木、果ては巻き込まれた『ウェンディゴ憑き』までがまとめて、でたらめに飛んで来るのをステップで、あるいは
もう一度飛び込もうとする、さっき跳び出してきたスペリオル湖畔の断崖に開口する洞窟まで、距離にしてざっと500m。半獣の姿の今の雪風の脚なら1分もかからず駆けられる距離だが、ユモを担いだ上に障害物やら投射物やらを躱しながらではそうもいかない。それでも、でたらめに、散発的に投げつけられる岩やら倒木やらを避けつつも、どうにか岸壁までたどり着いた雪風は、勢いを止めず、そのまま肩に担いだユモに声をかける。
「飛び込むわよ!覚悟決めて!」
「え?覚悟?ってうわぁ!……ぐえ!」
言うなり、躊躇なく雪風は断崖からスペリオル湖に向けて飛び出す。自由落下による一瞬の無重量状態、内臓を襲うむずがゆい不快感にユモは思わず声を上げ、直後、湖面から突き出した大岩を蹴って反対向きにほぼ真横に跳んだ反動をモロに腹にもらって変な声を出す。
一瞬で、ユモと雪風の姿は断崖の洞窟、横穴の中に消える。巨大であるが故に小回りがきかず、みすみす足下の二人を見のがす結果になった『雲と雪の巨人』は、理解が状況変化に追いつかなかったのか、しばらく洞窟の入り口を見下ろした後に、溶け落ちるように姿を崩し、吹きすさぶ
「ぅおりゃあ!」
洞窟に飛び込んだ勢いに任せ、斬り伏せるのではなく突き通す事を選んだ雪風――と、その肩に担がれたユモ――は、洞窟内で立ち塞がった『ウェンディゴ憑き』二人をその
二度目の自由落下の不快感の中、雪風にしがみついていたユモは肩越しに進行方向――つまり落下方向――に顔を向け、そこにこちらを見上げるオーガストと黒い男を見つけた。
「オーガストぉ!」
ユモは、木の根的なものが網目状になった床に着地した雪風の肩の上から、オーガスト指さして叫ぶ。
「言いたいこといっぱいあるんだから!そこで待ってなさい!」
「……せりゃあ!」
ユモが叫んだ直後、左腰に構えた
「はったおしてやるんだから!」
ユモのその一言を残して、軽く跳躍して二人分の体重を載せた脚でその切り裂いた床を踏み抜いた雪風と肩の上のユモは床下に姿を消す。
振り向いて声をかけ返そうとしたオーガストは、しかし、急激に低下した室内の気温と、突如頭上の横穴からなだれ込んできた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます