第22話:お願い、ご飯食べさせて!

 それはあんず先輩が海を、僕たちは先輩の水着姿を堪能しまくって、合宿場に戻った時に起こった。

 

『お兄ちゃんの合宿に来てくれてる料理人さんの料理が絶品なんだぁ』


 あんず先輩がそう言ったので、ならばその海の幸であんず先輩がリポートする動画を撮ろうとやってきたこの旅行。

 それなのに。

 

「あ、あの人なら葦人さんの海外遠征に付いていきましたよ」

「え? じゃあその僕たちや皆さんのご飯は……?」

「それなら安心してください。当番制で俺たちが作るんで。ちなみに今夜はカレーです」


 カレー……海鮮料理のリポートを撮ろうと思っていたのにカレー。

 って、それだったらわざわざここまで来た意味がないよっ!

 

 お兄さんが現地へ飛んだ後もここに残って練習をするジムの人が僕たちを安心させるようににっこりと微笑むけれど、ヤバイぞ、これはシャレにならない。

 

「カレー、美味しそうだねぇ」

「あんず先輩、カレーで妥協しないでください」

「でも、カレー美味しいよ? 高梨君は嫌い?」

「僕も好きですけど、今回の旅行は盃位生徒会長にも話しちゃってるんですよ。それで撮ってきたリポートがカレーだったら、何を言われるか……」

「うむ、こうなったらアレしかねぇな」

「羽後先輩、何かいいアイデアがあるんですかっ!?」

「おおっ。これはちょっと大胆かもしんねぇけど……昼間に撮ったあんずのイメージDVDを提出するってのはどうよ?」

「大胆すぎるわっ!!」


 そんなのをあの生真面目な生徒会長に見せたらどうなるか……まず間違いなく動画は没収されてしまうな。

 くっ。それだけはなんとしてでも回避しなくてはっ!

 

「こうなったら今から外へ出て町の人に『ご飯食べさせてください』ってお願いしてみましょう」

「げっ! そんなの上手くいくのかよー? いや、仮に上手く行ったとしてもまともなものを食べさせてくれると思うか?」

「それはそれでいいんですよ。いいですか、今から料理リポートは『旅先で現地の人にご飯を食べさせてくださいってお願いしてみた』っていう旅行企画に変更です。これならどんな料理が出てきても問題ないですし、今回の旅行の意義も生まれるので生徒会長も納得できるはずです」


 それになんだかんだで料理を食べるわけだから、本来のあんず先輩のリポーター経験にもばっちりだ。

 ……まぁ、問題は芸能人でも何でもないごく普通の高校生の僕たちに、ご飯をご馳走してくれる奇特な人が見つかるかどうかなんだけど。

 

「晩御飯の時間までもうほとんどありません。急ぎましょう!」


 僕たちはシャワーを浴びて着替えるのもそこそこに、慌てて合宿場から飛び出していった。

 

 

 

「おう高梨、そっちはどうだった?」


 すっかり日が暮れた小さな町の片隅に悄然と立ち尽くしていると、羽後先輩が話しかけてきた。

 

「……家出してきた高校生だと勘違いされて、交番に連れていかれました。なんとか誤解が解けてよかったんですけど……疲れた」

「そうか。オレもダメだ。何を言っても『ひえええ、これで勘弁してください―』って千円札を無理矢理握らせて逃げやがる」

「……先輩、どんな頼み方してるんですか」


 思いっきりカツアゲと間違えられてるじゃないですか。

 

「こうなると望みはあんずだけか……」

「あんず先輩に出来ると思います?」

「思わない。ってか、高梨みたいに家出少女と間違えられて補導……いや、それどころか食い物を餌に見知らぬ男の家にほいほい付いていく可能性が」

「あ、やばい。それ、すごくありそう!」


 しまった! 焦るあまり、手分けしてご飯を食べさせてくれる人を探すことにしたんだけど、その可能性を完全に忘れていた。

 マズいぞ、早くあんず先輩を探さないと。

 

「あ、ふたりともいた!」

「あんず先輩!」


 そこへあんず先輩がとことこと小走りに近づいてきた。

 よかった! あんず先輩、無事だった!

 

「ねーねー、あんず、ご飯を食べさせてくれるって人、見つけたよー!」

「いや、それ、ご飯の代わりにあんず先輩を食べちゃおうって人ですから断って」

「ちょっ! あんた、勝手に人を性犯罪者にせんといてくれるかー!」


 あんず先輩の後ろからひょっこり顔を覗かした女の子の言葉に、僕は一瞬面食らった。

 可愛い子だった。年齢は僕たちより少し下、中学生だろうか。浜風に頭の左右で揺れるツインテールがよく似合っている。

 

「あんずさん、友達ってこの人たちか―?」

「そだよー。男の子のほうが高梨くん、女の子はカコちゃんだよ」

「そっかー。あんたたち、東京から来たんやってね。うちは大阪や。ここに婆ちゃんが住んでてな、毎年遊びに来てんねん。話はあんずさんから聞いとるで。婆ちゃんに電話で訊いたら是非うちに連れておいでって言うとったから、ついてきいや。美味しいご馳走、食べさせてやるさかい」

「おおっ! マジか!」

「その代わり、うちが今度東京に遊びに行った時は泊まらせてなー」

「おう、勿論だ。ついでにオレの街・練馬も案内してやるぜ」

「練馬? 聞いたことないでーそんなとこ」

「知らねぇのか? シブヤ、ハラジュク、シンジュク、イケブクロ、オダイバあたりは全部練馬区だぞ?」

「ホンマ? めっちゃ都会やん!」

「ちなみに近くにはスカイツリーもある」


 ねぇよ。敢えて言うなら田無タワーが隣の西東京市にあるぐらいなもんだよ。

 

「ごっついなー。じゃあうちが遊びに行ったら練馬案内頼むわー」

「おう、任せとけ!」


 ちなみに練馬に渋谷や新宿は勿論ないし、それどころか僕たちぐらいの年代が遊べるところはひとつもない。

 繰り返す、ひとつもない。埼玉県練馬市って呼び名は伊達じゃないぞ。

  

「んじゃ行こっかー」


 羽後先輩のウソ話に満足した女の子が踵を返して、僕たちを先導しようとする。

 と、不意にこちらへ振り返って。

 

「あ、そや。うちは小日向朝陽(こひなた・あさひ)。大阪の中学に通う三年生や。よろしゅうな、先輩たち」


 人懐っこい笑顔をこちらへ向けた。


 


 


 おまけ

 

「ちなみにうちが住む大阪の高槻には、ウメダもドートンボリも吉本の劇場も通天閣も太陽の塔もUSJもあるでー。勿論、やよい軒もある!」

「すげぇ!」

「羽後先輩、さっきのがウソだって全部バレてるだけじゃなく逆に騙されてますよ、あんた」

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