第12話:◯ってしまった!?

 唐突ではあるけれども、今、あんずの食品格付けチェック同好会の部室にて、とんでもないことが起きている!

 

「……ううっ、我慢」


 いつものように僕が親父の焼いたパンを、羽後先輩が新たに開発した自社のおかしをテーブルに広げる前で。

 

「我慢しなきゃ……」


 あの、食べれる物なら何でも美味しく食べてしまうあんず先輩が。

 

「…………あんず、頑張るっ!」


 涎をたぷたぷ垂らしながらも。

 

「頑張って痩せるんだっ!」


 何にも手を付けずダイエットに勤しんでいた!

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 発端は昨夜の事だったらしい。

 お風呂上りにふと体重計に乗ってみたら、予想していたものより高い数値を叩き出してしまったのだそうだ。

 

 最初は何かの間違いかと思った。体重計が壊れているんだと思いたかった。

 が、すぐにそれは否定される。

 あんず先輩のお兄さんはプロボクサー世界チャンピオンの春巻葦人選手。試合が近づくと厳重な体重管理が必要となる春巻家で、体重計が壊れていることはあり得なかった。

 

 となれば答えはひとつ。


 太った。

 太ってしまったのだ!!

 

 困ったことにあんず先輩には思い当たることがいくつもあった。

 二郎系のラーメン店でおかわりしてしまったこと。

 ケーキバイキングに行ったこと。

 あまつさえ修学旅行の沖縄では日頃めったに食べられないお菓子やご飯のオンパレードに、思わずリミッターを解除してしまった!

 

 そして何より日々の部活動で食す菓子パンやお菓子の数々。

 むしろこれで太らない方がおかしいという有様だった。

 

「んー、でも全然そんな風には見えませんけどね」


 お昼休みで部室に集まっても弁当箱を開けようともしないあんず先輩。

 その理由を聞いたら恥ずかしそうに涙目で話してくれた先輩を見て、僕は素直な感想を言ったつもりだった。

 

「ウソだよぅ。高梨君、絶対心の中ではあんずのことを子ブタちゃんって呼んでるんだぁ」

「呼んでませんよ!」

「オレは高梨のことを心の中では虫けらと呼んでるけどな」

「羽後先輩は黙ってて。てか、あんたは心の中だけじゃなく、時々実際に口に出して言ってるでしょうが!」

「すまんな、虫けら」

「だから黙れと言ってるでしょうが。それよりもあんず先輩、お昼ご飯食べましょうよ」

「ううん、食べない。食べちゃいけないんだよっ!」

「でもこのままじゃ午後の授業きついですよ?」

「大丈夫。運がいいことに午後は古文と日本史なんだよ。眠ってたら空腹も紛れるからねぇ」

「何が大丈夫なんですか、それ! 育ち盛りのダイエットは健康にも良くないって聞きますよ。食べた方がいいですって」

「でもそれだと高梨君の中であんずが子ブタから大ブタになっちゃう……」

「なりませんよ! そもそも女の子は多少は太っていた方が可愛いですから」

「出た、勘違いした男のウゼェ価値観! 高梨よぉ、それはお前ら男の勝手な言い分だろうが! なんでオレらがお前らの価値観に合わせてやらなきゃいけねぇんだ、ええ?」

「いや、そういうつもりじゃなくて、僕はただあんず先輩のことが心配で……」

「だったら黙ってあんずのやりたいようにやらせてやれよ! 大丈夫、一日や二日何も食べなくても死にはしないって」


 羽後先輩のその一言を聞いて、あんず先輩が絶望の表情を浮かべて机に突っ伏した。


 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「羽後先輩は心配じゃないんですか、あんず先輩のこと」


 放課後になってもあんず先輩は相変わらずだった。

 僕はそんな先輩に無理して欲しくなくて、わざと持ってきた菓子パンを机の上に広げた。

 羽後先輩まで同じようにしたのは意外だったけれど、彼女もあんず先輩のことが心配なのかと思ったらそんな様子もなく、懸命に空腹と抗うあんず先輩をニヤニヤと遠くから眺めている。

 

「あ? 心配に決まってんだろ!」

「だったらなんでダイエットを止めないんですか! あのままじゃあんず先輩が死んじゃいますよ!」

「あのなぁ、だから一日二日メシを抜いたところで死なねぇっっつーの。過保護すぎんぞ、高梨」

「でも」

「それよりもあんずのあの必死に耐え忍ぶ表情を見ろよ。滅多に見られねぇぞ」

「……先輩、前からそうじゃないかと思ってたんですけど、ドSですね、あなた」

「んなことねぇよ。オレはただあんずの色んな表情を見てぇだけだよ。あんずは笑い顔や幸せそうな顔がデフォだからな。ああいうレアな顔を見ると興奮する」

「やっぱりドSじゃないですかっ!」

「だから違うって……ああ、でももういい加減いつものあんずの顔が見たくなってきたな。じゃあそろそろあんずを空腹の苦しみから解放してやるか」


 は? それってどういう意味だ?

 今にも崩れ落ちそうな砂上の楼閣みたいではあるものの、あんず先輩のダイエットへの意気込みはホンモノ。そう簡単に覆せそうにはないように思えるんだけれども……。

 

「あんず、ちょっといいか?」

「……なに、カコちゃん? きゃっ!」


 生気のない表情で答えるあんず先輩に、羽後先輩はいきなり背後からガバっと抱きついた。

 

「うへへ。ちょっとお邪魔するぜー」

「カコちゃん、ダメだよぉ。服の中に手を……ちょ、ブラずらしておっぱい揉んじゃやだぁ」

「ぐへへ。いつ揉んでもあんずのおっぱいは柔らかくて気持ちいいなぁ。それにまたちょっと大きくなったみたいだ」

「え、そうかなぁ?」

「最近ブラがきつく感じてたんじゃないか?」

「言われてみればそうかも」

「だったら太ったんじゃなくておっぱいが大きくなっただけなんじゃないか?」

「あ! そうか!」

「そうだぜ、いつもあんずのおっぱいを揉んでいるオレが言うんだから間違いない!」


 そう言うと羽後先輩は服の中で再びあんず先輩のおっぱいをブラの中へ戻してから手を引っ込めた。

 

「だからダイエットなんて必要ないって、あんず!」

「そうだよね、カコちゃん! ありがとう! やっぱり持つべきはおっぱいの大きさを知っている友達だよぅ!」

「はははは。まぁな」


 勝ち誇った目で羽後先輩がこちらを見てきた。

 くそう。今に見ていろ。僕だってそのうちあんず先輩のおっぱいを常にチェック出来る立場になってやるからな!

 

「あー、ダイエットしなくていいと思った途端にお腹が空いてきちゃった。これ、食べていいよね?」

「おう、食べな。じゃんじゃん食べな!」


 ダイエットから解放されたあんず先輩がいつもの笑顔に戻って、テーブルの上に並べたお菓子やら菓子パンに手を掛けてモグモグし始める。

 その隙を見計らって羽後先輩が再び服の中へ手をいれ、あんず先輩のおっぱいを揉むのを僕は忸怩たる思いで見つめるしかなかった。

 

 

 

 

 おまけ

 

「以前にオレが言った『あんずの食べた栄養は全ておっぱいに行く』って言葉を忘れていたのがお前の敗因だ、高梨!」

「ぐはぁ。そう言えば確かに第七話で言ってた!」

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