第11話:レッツゴー、ジャスティン!

 それは週末の夜。自分の部屋で漫画を読んでいると、スマホが鳴った。

 画面を見ると関西の友達からのLINEだった。

 

『あきやん、東京そっちはどうや?』


 ちなみに『あきやん』とは僕のことである。あきらだから『あきやん』。有里ゆりって名前の人が『ゆりやん』って呼ばれるように、あちらではごく当たり前のあだ名パターンである。

 なお僕は芸人ではないので、その後に『レトリィバァ』は付かない。

 

『かなり馴れてきたわー』

『そりゃよかったなぁ。あきやんのことやから初日につまらんギャグで失敗して、ぼっちになっているんやないかって思っとったわ』

『んなアホな。で、何の用?』

『実はな、ワイ、カノジョが出来たんや』

『二次元の?』

『三次元や!』

『ウソはあかんで』

『ウソやない! 今から画像を送るからよう見ろや!』


 すかさず送られてきた画像、そこには……

 

『カノジョって犬やんけ!』

『ゴールデンレトリィバァのユリちゃんや。どうやべっぴんさんやろ!?』

『綺麗な犬やとは思うけれども』

『そやろ! おかげで最近毎日が楽しいんや! あきやんもカノジョ作るとええでー』


 いや、犬のカノジョってのはちょっと……。

 

『……実はカノジョやないんやけど、最近すっごく可愛い先輩と毎日一緒なんだ』

『ウソはあかんわ、あきやん』

『ウソとちゃうわ! しかもめっちゃおっぱい大きいねんで』

『ウソにウソを重ねると取り返しのつかないことになるで』


 ぐぐぐ、完全にウソだと思われてる。

 まぁ確かに僕の人生これまで女の子とは無縁だったからなぁ。信じろと言っても無理か。

 

『だったら今度写真を見せたるわ。しかも仲良く一緒に映ってるやつ!』

『あきやん、分かった、分かったからもうこれ以上ウソを重ねるな。親御さんが泣いてはるぞ』

『だからウソやないって!』


 信じられない気持ちは分かるけれど、ここまでウソだと思われるのも腹が立つ。

 僕はスマホを放り出すと、天井を見上げて週が明けたら早速あんず先輩と写真を撮ろうと心に誓った。

 

 

 

「羽後先輩……写真が……あんず先輩と写真が撮りたいです」


 月曜日の放課後。

 部室近くの廊下にて僕は見栄も自尊心も捨てて、羽後先輩に泣きついていた。


 写真なんて、それこそいきなり「あんず先輩、一緒に写真撮りましょ」と言って身体を密着し、自撮りしてしまえばいいと思っていた。

 が、思うは易し、行うのは難し。そもそもこれは陽キャだからこそ出来る技だ。この前までぼっち飯を食べていた陰キャな僕には無理!

 だいたいもし強引に成功させたとしても、それがきっかけで「高梨君って最近馴れ馴れしいよね。彼氏気取りなのかな。うっとうしいよねぇ」なんて思われたら、僕はもうおしまいだ!

 

 となると誰かに写真を撮ってもらうしかない。

 そしてその誰かとは、残念なことに羽後先輩以外にはいなかった。


「ほーう、まさかタダでそんなことをお願いするつもりじゃねぇだろうなぁ、高梨ィ?」

「勿論です。もし写真を撮っていただいたらコレを差し上げます」


 そう言って僕はズボンのポケットからハンカチを取り出した。

 

「は? なんだそれ? そんなもんいらねー!」

「いいんですか? これ、あんず先輩が垂らした涎を拭き取ったハンカチなんですけど?」

「な、なに!? 貴様、まさか……?」

「ふふふ。そう、洗わずにとってあったのですよ」

「くっ。本来ならバッチィはずのハンカチが妙に輝いて見えるぜ」

「そうでしょうそうでしょう。なんせあのあんず先輩の涎が染みついたハンカチです。後世には聖遺物として聖あんず教会に収められる逸品ですよ」


 自分で言っておいてなんだけど、聖あんず教会ってなんだよ?

 あと当然だけど洗濯済みだ。さすがの僕でもそこまで変態ではない。

 

「……写真を撮ってやったらくれるんだな、それ」

「ええ」

「仕方ねぇな。やってやるよ」


 やった、羽後先輩が変態で助かった!

 

 契約成立の握手を交わした後、ふたりして部室に入るとあんず先輩が季節外れの肉まんをもぐもぐしていた。

 テーブルには自前の練りからし。まさに盤石の態勢を整え、ふにゃーとデフォルメキャラっぽい幸せそうな表情を浮かべながら、口いっぱいの天国を堪能中だ。

 

「そうだ、あんず! 高梨と写真を撮ってやるよ」

「ほへ?」


 と、いきなり羽後先輩が切り出した。

 下手糞か! あまりに唐突すぎてあんず先輩が肉まんを咥えながらポケッとした表情を浮かべたじゃないか!

 でもそんな表情も可愛いぞ、あんず先輩!!

 

「んん、どうしたのいきなり?」

「いやオレは沖縄でいっぱいあんずとツーショットを決めたけどよ、高梨はあんずとの写真を一枚も持ってなくてミジメだなゴミ虫以下だなと可哀そうになってな」 


 くっ。そこでわざわざマウントを取る必要がありますかね、羽後先輩!?

  

「わー、カコちゃん、優しい!」

「まぁな可愛い後輩を気遣ってやるのも先輩の務めってやつだぜ」

「その可愛い後輩をさっきゴミ虫以下とか言ってませんでしたかね?」

「そんなこと言ったっけ? それよりほら高梨、スマホをオレに渡して二人でそこに並べ」


 キッと睨みつけてスマホを渡すと、羽後先輩はふふんとにやけ顔で受け取った。

 ……こらえるんだ。写真を無事取り終わるまで我慢するんだ、僕。

 

「わーい! 高梨君とお写真、嬉しいな!」


 もっともそんな怒りもあんず先輩の満面の笑顔がすみやかに鎮めてくれた。

 これは今さら言うことでもないけれど、ご存じの通り、あんず先輩の笑顔は万病に効く。今はまだ無理だけど、そのうち癌の特効薬にもなる。

 やはり先輩は宗教を開くべきかもしれない。

 

「よろしくお願いします、先輩」

「こちらこそー。あ、そだ、せっかくだからアレやろうよ、アレ」

「アレ?」

「ほら、ふたりの手でハートを作る奴!」


 マジで!?

 え、ちょっと待って。それってよく女の子同士や浮かれたカップルがやる、それぞれ片手でハートの片方を作りあって合体させるやつだよね!?

 ふたりで両手を握って脇腹と腰を伸ばすストレッチのことじゃないよね!?

 

「ほら、高梨君も!」


 横に立ったあんず先輩が右手でハートの半分を形どって僕の方へ向けた。

 キタ! マジでキタ!!

 やばい! こんなポーズで写真を取ったら完全に恋人同士じゃないかっ!

 どうしよう、こんな画像をLINEで送ったら、悔しさのあまり友人が自害してしまうかもしれない。

 でも、撮る!

 許せ、友よ! 介錯は任せて!

 

「ぐぐぐ……ぎぎぎ……」


 そして友人に先駆けて早くもダメージを受けている人物が目の前にひとり。

 そう、羽後先輩だ。

 はっはっは、なんだか福本マンガの悪役っぽい唸り声をあげてらっしゃる。

 くくく。勝ったな。

 

「どうしたんですか、羽後先輩? 早く撮ってくださいよ」


 あんず先輩とふたりでひとつのハートを作り上げた僕は、きっとこれまでの人生で最高の笑顔を浮かべていることであろう。

 当然、あんず先輩もにこにこと笑っている。

 最高だ。最高すぎる一枚が今ここに生まれる。今年のピューリッツァ―賞は僕が貰った!(注:被写体が貰える賞ではありません)

 

「あ、そうだ、あんず。今からケーキバイキングに行こう!!」

「え!? 行く行く!!」


 と、不意に羽後先輩がそんなことを言うものだから、あんず先輩が両手を上げてバンザイした。

 

 パシャ。

 

 しかもそこで非情にも僕のスマホのシャッターが切られる!!

 

「ちょ、羽後先輩! なにやってくれるんですかっ!!」


 慌てて先輩のもとへ駆け寄って僕のスマホを奪い取って画像を確認すると……ああっ、やっぱりハートを作っているのは僕だけで、あんず先輩はバンザイのポーズに変わってるじゃないかっ!!

 

「なにって頼まれた通り写真を撮ってやったんだが?」

「ふざけないでくださいよっ!」

「ふざけてなんかいないぞ。ほれ、ちゃんとふたりとも笑顔ないい写真じゃねぇか!」

「なんか僕が寂しい感じになっているんですけどっ!?」

「いやいや、そんなことはないぞ。そうだ、今日から高梨のことをジャスティン高梨って呼ぶことにしよう!」

「やめてくださいよっ!」

「いえーい! レッツゴー、ジャスティーーン!!」

「だからやめろって!」


 ちなみに後で渡したお礼のハンカチは柔軟剤の香りが染みついていて、洗ってないってウソがあっさりバレた。

 僕たちが激しくやりあったのは言うまでもない。



 


 おまけ


「行け、鳳翼扇!!」

「ブロッキング! ブロッキング! ブロッキングからの疾風迅雷脚!!」

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