第10話:龍の兄貴、お気をつけて

「はっはっはー! 負け犬の高梨、元気にしてるかーっ!?」


 雲ひとつない青空の下、羽後先輩が高らかに笑い声をあげた。

 元気にしているか、だって?

 んなわけないだろう! だってずっと恐れていた日がついにやってきてしまったのだ!

 

 あんず先輩と羽後先輩で始めた食品格付けチェック同好会、そこへ僕が入部してきて二ヵ月が経つ。

 その間、僕と羽後先輩はあんず先輩を奪い合ってきた。

 戦績はおよそ五分と五分。一年間のハンデがあることを考えたら、僕はとても善戦していると言っていいと思う。

 

 が、ここに来てついに大きな差をつけられてしまった。

 なんと5日間もあんず先輩を羽後先輩に独占されてしまうことになったのだ。

 ああ……何故? 何故こんなことになったんだ!?


 送られてきた動画の中で、羽後先輩が最高の笑顔を僕に見せつけてくる。

 

沖縄こっちは天気もいいし、最高の修学旅行日和だぞ! 早速高梨へのお土産も買ってやった! ほら、見ろ!!」


 誇らしげに沖縄と書かれたペナントを広げる羽後先輩。

 ウソだろ!? ペナントなんてもう売ってないはずなのにどうやって手に入れた!? てか、全然いらねー!


 ちなみに羽後先輩の後ろではあんず先輩が両手に沖縄名物『ちんすこう』のパッケージを持ちながら「ちんちんちんちん! ちんすこう! ちんちんちんちん! ちんすこう!」と、おっぱいを揺らして謎の踊りを披露していた。

 

 

 

 二年生たちの四泊五日の修学旅行。

 それは僕とあんず先輩たちの間には、どうしても乗り越えられない一学年の壁があることを痛感させた。


 そして同時に先輩たちがいないと、僕は相変わらずぼっちだという現実も。

 

 まぁ、お昼休みと放課後ぐらいしかあんず先輩たちとの交流はないのだけれど、それだけでも僕の高校生活は随分と華やいだものになっていたんだなとつくづく思う。

 先輩たちがいないとお昼ご飯は誰もいない部室で一人寂しく食べるしかないし、放課後もやることがなくて早々に帰宅するしかない。

 思えばぼっち状態の教室にいる時だって、今日はどうやって羽後先輩を出し抜いてあんず先輩を独占してやろうかとかそんなことばかり考えていた。

 

 あんず先輩たちのいない高校生活は退屈で憂鬱だ。

 おまけに先輩たちが沖縄へ旅立ってから、東京はずっと雨が降っている……。

 

「なにやら浮かれないご様子で」


 その日、四限目の英語の授業は自習だった。

 自習と言いながら問題集のプリントが配られた。が、どうにもやる気が起きなくて、僕はぼんやりと雨で煙る外の景色を眺めていた。

 

「……え?」


 そこへ突然、誰かから声を掛けられたのだから僕が驚くのも無理はない。

 だって僕はぼっち。羽後先輩と関わるまでは「関西人のくせに面白くない奴」として、関係を持ってからは「関西の眠れる伝説の龍」として周りから距離を置かれている孤高の存在なのだ。


「お気持ち察しやす。沖縄に行かれた羽後の姉御さんが心配なんすね」

「は? いや羽後先輩のことは全然これっぽっちも心配してないけれど?」


 むしろ羽目を外した羽後先輩があんず先輩にあんなことやこんなことをしないかの方がずっと心配だ。

 

「さすが! 姉御さんなら沖縄をひとりで制すると信頼なさっておられるのですね」

「ただの修学旅行だよ。殴り込みじゃないよ。てか、なんなの委員長、さっきからその変な喋り方は?」


 話しかけてきたのは僕のクラスで学級委員長をやっている子だった。名前は……あ、ごめん、よく覚えてない。

 

「組長なんてとんでもねぇ!」

「確かに学級の委員長だから組長なんだけど、その呼び方ヤバくない?」

「あっしのことは銀次と呼び捨てにしてやってくんなせぇ」

「そんな名前だったんだ!? てか、下の名前で呼び捨てって、まるで親友みたいだね」

「そんな! 伝説の龍と呼ばれるアニキと、内申点目当てで組長やってるセコいあっしが義兄弟だなんて」

「ホントにセコいな!」


 てか、いつから1年C組は任侠団体になったんだ?

 

「銀次、あんたも察しが悪いねぇ。龍さんが心配されているのは羽後の姉御じゃないよ」


 そこへもう一人、今度は女の子が話しかけてきた。

 確か副委員長だったっけ? いつもは真面目そうな眼鏡っ子なのに、何故だか今はその眼鏡をキランと光らせ、机の上に脚を組みながら大胆に座っている。


「だったらなんだって言うんで?」

「決まってるだろう。龍さんが心配されているのはあんず姐さんのことさ」

「なっ!? 別に僕はあんず先輩のことなんか……」

「いーや、あれはいい女さ。龍さんが想いを寄せるのも仕方ないねぇ。もっとも龍さんさえその気なら、あちきも龍さんのいい人になってみたいけどねぇ?」


 そう言って艶めかしく舌で唇を舐め上げる副委員長。

 一体さっきからなんなの、この人たち? 自分の世界に酔いすぎじゃない?

 

「それよりもアニキ、気を付けてくださいよ」

「え? 気を付けるって何に?」

「羽後の姉御が沖縄に行っているこの隙を狙って、他の組が動くかもしれやせん」

 

 は? 何を言って?

 

「組と言ってもクラスのことじゃないわよ。一年生はみんな龍さんに絶対の服従を誓ったの。そう、この前の球技大会の時にね」

「ああっ! なんか僕が出るはずだった野球が何故か全部不戦勝になって、バスケに回ったらそっちも不戦勝で、ついには出てもいないバレーまでどうしてか不戦勝になったのってそういうこと?」

「はい。アニキのおかげで男子の三球技全てを完全制覇。いいシノギになりやした」

「シノギって……てか、他のクラスじゃないってことはまさか三年生?」

「いえ、三年生は半年後に迎える大博打に向けて今から集中しておりますんで」

「受験を博打って呼ぶのやめてもらえます?」

「他の高校よ、龍さん。他の高校がうちを潰しに来るかもしれない」


 ……ウソだろ。この令和の時代にそんな昭和の不良漫画みたいなことがあるって言うのか?

 

「もっともどこのどいつがブッこんできても返り討ちにしてやりますがね。なぁ、野郎どもッ!」


 銀次、もとい委員長が突然掛け声をあげた。

 するとそれまで黙ってプリントに鉛筆を走らせていたみんなが一斉に立ち上がり「応ッ!」と大声で答える。

 どうやら一年三組は僕が知らない間に武闘派集団へと変わっていたようだった。

 

 

 

「――ってことが先輩たちの留守の間にありましてね」


 東京の空へ久しぶりにお日様が顔を出したその日、僕は修学旅行から帰って来たばかりのあんず先輩たちにここ数日の出来事を話していた。

 

「はぁ? 他校が殴り込みに来るっていつの時代の話だよ?」

「ですよねー」

「そんなの、去年のうちに全部配下にして終わらせたってーの」

「令和の時代の話だった!」


 他の人が言うなら冗談に決まってるけど、羽後先輩だからなぁ。どっちかよく分かんない。

 

「それよりもほれ、沖縄土産のペナント」

「うわぁ、マジで買ってきたんですか?」

「やっぱりペナントは時代遅れか? いや、よかった。もしかしてと思って実はもうひとつお土産を買ってきたんだ」

「え? いや、そんな気を使ってくれなくても」

「ほれ、木刀」

「羽後先輩が欲しかっただけでしょ、それ!!」

「ペナントと木刀は部室に飾っておこうな」


 いいのかな、今はもう授業で使われていない旧調理実習室とはいえ、そんな勝手なことをして。

 

「あんずのお土産はみんなで食べられるものだよぉ」

「さすがあんず先輩! 先輩もブレないですね!」

「ほら、ちんすこう!!」

「沖縄って言えば他にもサーターアンダギーとかソーキそばとかあると思うんですけど! 気に入っちゃったんですね、それ!」

「うん! ほら、ちんちんちんちん! ちんすこう! ちんちんちんちん! ちんすこう!」


 そう言ってあんず先輩が、たゆんたゆんとおっぱいを上下左右に振りなちんすこう音頭を踊り出す。

 ……うーん、女の子だからあんまり「ちんちん」言うのはどうかと思うんだけど、まぁ可愛いからいいか。

 

 

 

 

 おまけ

 

「ちんちんちんちん! ちんすこう! ちんちんちんちん! ちんすこう!」

「いや、だからあまりちんちん言うのは……」

「ちんちんちんちん! ちんすこう! ちんちん、すこっ!」

「だからダメだって言ったのに―っ!」


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