第23話:小日向さんの作戦

「うわっ、スゴい!」


 小日向さんに連れられてきたお婆さんの家は、とにかくいろいろと凄かった。

 

 まずその大きさに驚いた。

 古いけれども大きな平屋建ての建物は立派で、もはやお屋敷と言っていい。

 聞けば古くは網元として町の発展に尽力した家柄であり、その座を他に譲ってからは屋敷を旅館にして、お婆さんの旦那さんが無くなるまで営業していたと言う。

 

 そんなわけだからお婆さんは、言うなれば元旅館のおかみさんだ。

 僕たちが到着するやいなや「お疲れでしょう。ご食事の用意もございますから、まずはお風呂にお入りくださいな」と、御年80歳を超えるご高齢とは思えぬほどしゃんとした佇まいで、僕たちを温かく迎え入れてくれた。

 

 で、このお風呂がまたスゴイ。

 今はお婆さんひとりで暮らしているものの、元旅館だからお風呂は男用と女用のふたつあって、男用ひとつとっても軽く十人以上は入れる大きさ。きっと普段はどちらかひとつだけを使っているだろうに、僕たちが来ると聞いて慌ててもう片方にも湯を張ってくれたのだろう。広い檜風呂にはほど良い温かさの湯で満たされていて、間接照明で暗めの落ち着いた雰囲気の中、たっぷり心も体も癒されてしまった。

 

 そしてお風呂から上がると浴衣が用意されていて、着替えて案内されるがまま宴会場にやってくると……。

 

「え、ちょっと待って。何、この豪華すぎる料理は!?」


 出迎えたのは大きな鯛の姿作りを筆頭に、エビやらマグロやらヒラメやらのお刺身、季節のてんぷら、アワビの蒸し焼き、茶わん蒸し、そのほか色々な料理をちょこんと乗せた小皿がいくつもあり、さらにそこへ

 

「シメにはカニ飯も用意させてもらってますので、沢山御召し上がってくださいな」

「ええええ!? いや、ちょっと、これ、完璧な旅館のご飯じゃないですか!」

「ほほほ。なんでも皆さんはお料理を食べるところを撮影に来られたと孫から聞いております。それでちょっと昔を思い出しまして、当時の板長さんに教えてもらったものを作ってみましたの。素人料理で申し訳ないのですけど勘弁して頂戴ね」

「いえいえいえ! てか、すみません、僕たちそんなお金持ってないんですけどっ!」

「何をおっしゃいます。お代なんていりませんよ」

「でも、こんな豪華な料理、材料費だけでも相当なものじゃ……」

「いえいえ、私たちが子供の頃はこんなのとは比べ物にならないぐらい沢山のお料理を、周りの大人の人たちからお腹いっぱい食べさせてもらったものですよ。ですから、これはその恩返し。あなたがそれでも引け目を覚えるのなら、大人になった時に子供たちにたらふく食べさせてあげてください。子供は国の財産。そうやってこの国は豊かになってきたのですから」


 ああ、なんて器の大きなお婆さんなんだろう。 

 ありがたくいただかせていただきます。


「あ、そやけどどうしてもお金を払わないと気が済まないんやったら、婆ちゃんに内緒でうちに渡してくれてもええからね?」


 話を物陰で聞いていたのだろう。お婆さんが出て行くのと同時に小日向さんが代わりに入ってきて、お風呂上がりのシャンプーの残り香を漂わせながらこそっと僕に耳打ちしてきた。

 ああ、それに比べて孫のケチくささよ。お婆さんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 

「いやー、しかしあんずさん、すっごいなー。うち、あんなん見たの初めてや」

「は? あんず先輩がスゴイって何がですか?」

「おっぱいや! おっぱい! 服の上からでもえらいでかいなーとは思っとったけど、直に見たらスゴイで、アレ。あべのハルカスかと思ったわ!」

「喩えが大阪人やなぁ」

「あ、やっぱり自分あんた、元関西人なん?」

「分かります?」

「イントネーションが若干それっぽいなと思っとったんや。で、自分、あんずさんのおっぱい直接見たことあるん?」

「あらへんよっ!」

「ホンマかー? いくら部活とは言え女の子ふたりと一泊二日の旅行なんて、そういう関係やないと普通出来へんもんやろ?」

「本当ならこっちにあんず先輩のお兄さんがいたんやって。そやから旅行が許されたんやけど、ちょっと都合でお兄さんが離れてしもうて」

「そうなんや。だったら自分、チャンスやん?」

「チャンス?」

「そや。鬼の居ぬ間になんとやらって奴や。自分も男やったら当然どっちか狙っとるんやろ? どっちなん? やっぱりあんずさんか? おっぱい大きいもんな―。でもカコさんもスタイルの良さでは負けてへんでー」

「いやー、羽後先輩はないわー」

「そうなん? あれはあれで暴力系ツンデレで人気あるんとちゃうん?」

 

 この子、初対面の人を結構ボロクソ言うなぁ。

 

「羽後先輩はむしろライバルやで」

「ライバル? なんの?」

「勿論、あんず先輩を巡るライバルや。あの人、ずっとぼっちだったらしくて、初めて出来た友達のあんず先輩を独占しようとしているんや」

「あー、なるほどなー。道理で女の子やのにあんずさんの裸に興奮しまくってるわけや」

「日頃の部活でも酷いんやで。同じ女の子なのをいいことに、僕に見せつけるようにしてあんず先輩のおっぱいを揉んだりするんやもん」

「それはまた随分と煽られてるんやなぁ。で、自分はどう対抗しとるん?」

「え? いや、まぁ、あんず先輩にお菓子や菓子パンをあげたりはしとるけど?」

「は? なんなんそれ?」

「あんず先輩ってすごい食いしん坊で、美味しいものに目がないんや。だから食べ物で気を引くというか……まぁ、それは羽後先輩も同じことしてるんやけど」

「あかん!」


 いきなり小日向さんがバンと畳を叩いた。

 

「自分、全然あかんわ! そんなん、話にならんっ! このままじゃあカコさんにあんずさん取られるで!!」

「えー? いや、それはないやろ。だって羽後先輩はなんだかんだ言ってもやっぱり女の子やしあ、あんず先輩にもその気はないやろうし」

「そんなん分からんでー。あんずさんがそっち方面に行く場合もあるし、カコさんが性転換手術を受ける可能性だってあるやろ」

「性転換手術ってそんな大げさな」


 ……いや、今すぐじゃなくても後々のことを考えたら有り得るか、あの人の場合。


「しゃーないな。この朝陽さんが一肌脱いでやるわ」

「え? 一肌脱ぐって一体?」

「あ、今、エロいこと考えたやろ、自分? あかんでー。中学生に手を出したらあかんでー。いくらうちがベッピンさんでも中学生に惚れたらあかんわー」

「いや、全然そんなつもりはないんやけど?」

「アホ! そこは『中学生って言っても一歳しか変わらんやないかー』って突っ込まんと。あんた、元関西人のくせしてお笑いの才能まったく無いな!」


 やめて。面白くない関西人呼ばわりは黒歴史だから! 入学したての頃の寂しい日々を思い出しちゃうからやめてお願い。

 

「まぁ、ヘタレでおもろない自分を、この朝陽さんが助けたる。どーんと大船に乗ったつもりでおりや」


 小日向さんがまだまだ発育途上な胸を張る。

 大船どころか池に浮かぶボートみたいだなと思いつつ、僕は黙って頷いてみせた。

 何をするつもりかは知らないけれど、とりあえず味方についてくれるのはありがたい。

 

「わー、すごいご馳走だぁー」


 そこへ僕と同じように浴衣に着替えてきたあんず先輩が部屋に入ってくるなり、歓喜の声をあげた。

 たゆんたゆんな胸元と、裾から覗く白い足首に、昼間あれだけ水着姿を見たはずなのに何故だか妙にドキドキした。

 

 

 

 

 おまけ

 

「で、あんずさんとの仲を取り持ってやる件やけどな、ここの食事料こみでこれぐらいでどうや?」

「まだお金を取るつもりでいたのっ!?」

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