第24話:監督は誰だ!?

「それじゃあ、いただきまーす!」


 僕たちが見守る中、ちょっと緊張気味のあんず先輩が羽後先輩の向けるスマホに向かって笑顔を向ける。

 

「まずはこの鯛のお刺身から」


 箸を伸ばしたのは数多くの料理の中でもひときわ目立つ鯛の姿作り。尾頭付きの刺身の一切れを箸で摘まむと、そこにちょっぴりワサビを乗っけて手取り皿の醤油へ軽く付ける。

 

「ではではー」


 口へ運び入れたあんず先輩がもぐもぐと口を二度、三度動かすと、さっきまでの少し硬かった表情が一気にふにゃんと崩れて幸せそうな笑顔へと変わる。

 

「とっても美味しい!」


 そしてさっそく出ました、あんず先輩の得意フレーズ!

 普段ならこれで試合終了、あんず先輩の一ラウンドKO勝ち! なんだけど……。

 

「あ、えっと、その……おおっ、口の中で海の幸が踊るー」


 そう、今回は料理リポートをして、盃位生徒会長にその実力を認めてもらわなくちゃならない。

 ぎこちないながらも、あんず先輩が必死に料理をリポートし始める。

 

「この新鮮さ、やっぱり海の町は違うなぁ。じゃあ今度はこのヒラメを……うわぁ、舌の上がシャッキリポン!」


 さらに色々な魚の刺身やてんぷら、カツオのタタキと口へ運ぶたびに

 

「ふあぁ! うんうん、こう来るよねー!」

「ああ、幸せだなぁ。幸せだよぉぉ」

「今度はこのポン酢で食べてみるとどうかな?」

「圧勝! あんず、大勝利!」

「あんずは今、太平洋を食べてるよー」


 と、あんず先輩は頑張ってコメントし続ける。ところが


「うおォン! あんずはまるで人間海洋博物館だよーっ!」

「ハイ、カット! おい、高梨、カンペやめろ!!」


 いきなりスマホを構えて撮影していた羽後先輩から中止の合図が出てしまった。

 

「なんで止めるんですか、先輩!? せっかくいい感じになってきたのに」

「馬鹿か、お前は! これじゃあ料理リポートじゃなくて、単なる大喰らいのおっさんドラマじゃねーか! 何が『うおォん!』だよ、馬鹿野郎!!」

「えー、臨場感があっていいじゃないですか!」

「そもそもあのドラマ、食事シーンのセリフは全部アフレコだぞ」

「そうなんですか?」

「当たり前だろ、口の中に飯を入れながらあんなにしゃべれるかよ!」

「でも、あんず先輩はちゃんとやってましたよ?」

「ううっ。これ、きついよぉ、高梨君。しゃべるのに必死でせっかくのお料理の味もよく分かんないし―」


 うっ。それは確かにダメだな。

 

「ったく、高梨、お前に演出を任せたオレが馬鹿だった。いいか、オレが旅モノ料理リポートとはこういうもんだってのを見せてやる。交代だ!」


 羽後先輩からAD失格を言い渡さ、代わりにスマホを手渡された。

 屈辱だ。でも仕方ない。こうなったら羽後先輩のお手並み拝見といくか。

 と、ふと先輩がスマホとは別に何か小さなものも一緒に渡してきたことに気が付いた。

 見ればあんず先輩にも同じものを持たせている。これは……ワイヤレスイヤホン!?

 

「耳に付けとけ。オレが声で直接指示を出してやる」

「わーい! これならあんずも上手く出来そうだよー」

「ってか、こんなもの持ってるなら最初から使わせてくださいよ!」

「だってお前がスケッチブック片手にカンペ出す気満々だったからさー」


 やめて。

 ここに来る途中、あんず先輩に「僕がカンペを出しますから、あんず先輩は大船に乗ったつもりでいてください」なんてスケッチブックを自慢げに見せびらかしていたのを思い出すから。

 

『さて撮影再開だ。まずは今度も鯛のお造りから。あんず、身を乗り出して『うわー、美味しそう!』って言うんだ。高梨はそれを斜め上からあんずとお造りだけが映るようにして撮れ!』


 イヤホンから聞こえた指示に従って僕は立ち上がると、やや中腰の姿勢になって撮影に入る。

 画面の中には鯛のお造りと、それを美味しそうに眺めるあんず先輩。なるほど、これはいい絵だ。

 

「うわー、美味しそ―!」


 そして歓喜の声を上げると、あんず先輩が僕のカメラの方を見上げてにこっと微笑んだ。

 おおっ、いい! カワイイ! あんず先輩、カワイイです!!

 

「うんっ! とっても美味しいっ!!」


 それはあんず先輩お得意のフレーズ。

 だけどさっきとは違ってカメラのアングルに凝っているから、いつもと違って新鮮さがある。

 それに浴衣からかすかにはだけて見えるあんず先輩の胸の谷間まで、このアングルではばっちりじゃないか。羽後先輩、やりおるわ!

 

『よし。次は座っててんぷらが盛られている皿を持ち上げるんだ、あんず。そう、胸のあたりで。高梨はそれを中腰のまま、料理をアップで撮れ』


 料理をアップで撮るとあんず先輩のお顔が映らないんだけどそれでもいいのかな?

 そう思いつつも言われた通り、あんず先輩の胸元で持たれた料理へズームアップ。

 言っておくけど、決してあんず先輩の胸の谷間をズームで撮っているわけじゃないからね?

 

「見てください、この天ぷら。とても美味しそうですよねっ!」

『いいぞ。じゃあ皿を下ろして、今度はテーブル全体の料理を見せるんだ。あんず、すしざんまいのポーズで両手を思い切り伸ばそう。そうだな、ここは料理の凄さを強調したいのでちょっと浴衣の襟元を緩めて、より腕を伸ばせるようにしよう。高梨はどう撮ればいいか、もう言わなくても分かってるな?』


 料理全体をしっかり撮る……となればアングルはもっと上から。よし、ちょっと背伸びしてみるか。

 

「というか、てんぷらだけじゃなくてどの料理もすっごい美味しそ―」


 両手をピンと伸ばしてすしざんまいのポーズを決めるあんず先輩。

 おおっ、胸元がさらに大きくはだけて……って、え、ちょっと待って、あんず先輩、ブラジャーつけてない!?

 

『よし、完璧だ、あんず。ここでひとつ、これだけの料理を前にしてウキウキな気持ちを動きで表現してみよう。ちんすこう踊りの要領で身体を上下に揺さぶってみてくれ』


「うわーい! 美味しそうなお料理いっぱい、嬉しいなー! 嬉しいなー!!」


 両手を上げて喜ぶあんず先輩のおっぱいがはだけた浴衣の中でたゆんたゆんと揺れまくる。

 ああ、やばい、やばいよ、あんず先輩! そんなに動いたらこぼれちゃう! はだけ出ちゃうううぅぅぅ!! 生おっぱいがポロリしちゃ……あっ!

 

「……あんたら、婆ちゃんの料理を前にして何しとるん?」


 浴衣から覗くあんず先輩のおっぱいに肌色とは違う、薄いピンクのような部分が見えたような気がしたまさにその時、カメラの前に小日向さんが立ち塞がった。

 

「え? なにってあんずたち、お料理の撮影をしてたんだけど……?」

「あんずさん、おっぱいモロ出しして何言うとんの?」

「え? あわわ、ホントだーっ! や、見ちゃダメだよ、高梨君!」

「気付いてなかったんかいな。てか、こんなエロい演出をするのはカコさんやな?」

「いやいや、オレじゃないって。これは全部高梨が――」

「ウソはあかんで! 腰抜けの高梨にこんなことやれる度胸なんかないに決まっとるやん!!」


 おい羽後先輩、僕をあっさり売ろうとするな!

 それに小日向さんも僕を擁護してくれるのは嬉しいけれど、その言い方はあんまりじゃない? おまけに僕だけ何故か呼び捨てだし。

 

「そもそもこんな動画を見たら婆ちゃんがどう思うか……あかんわ、あんたらに任せられへん。こっからはうちが演出したる」


 かくして監督小日向さんの厳しい指示・指導のもと、めっちゃコテコテな関西人ノリの料理リポート動画が完成したのだった。

 果たして生真面目な盃位生徒会長にこれが受け入れられるかどうか。

 ぶっちゃけ不安しかない僕らだった。

 

 

 


 おまけ

 

「あかんあかん! そこはもっと鋭くツッコミを入れんと!」

「料理を食べた時のリアクションをツッコミって呼ぶの、おかしくありません?」

 

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