第25話:肝試しをしてみたら……

「肝試し?」

「そや。近くの山の中に小さな祠があるねん。そこまで行って戻って来るだけやー」


 どうにか撮影も終わり、みんなで豪華なご馳走をいただいていると小日向監督、もとい小日向さんがそんなことを言ってきた。

 

「でも、食べ終わったらそろそろ合宿場に戻らないと」

「何言うとるん、今夜はうちに泊ったらええやん。元旅館やから布団は十分にあるし、婆ちゃんにも許可は取ってあるでー」

「いやぁ、そこまでしてもらうのはさすがに申し訳ないと言うか。それに僕たち、着替えも合宿場に置いたままだし」

「そんなん持ってきてもらったええやん。その合宿場ってところの電話番号、ちょっと教えてや」


 固辞しようとする僕に小日向さんが「自分、アホなん? 肝試しなんてあんずさんと仲良うなる絶好のチャンスやん」と耳打ちしてくる。


 ああ、そういうこと! 

 だったら仕方ないなぁ。

 僕は一応小日向さんに押し切られるという形をとって電話番号を教えた。

 

「肝試しかぁ。あんず、あんまり怖いのはやだなぁ」

「大丈夫ですよ。僕も一緒ですし、なによりオバケなんて羽後先輩が一瞬でやっつけてくれますって。ねぇ、羽後先輩?」

「……え? お、おおう、まぁな」

「あれ、羽後先輩、もしかして怖いの苦手ですか?」

「はぁ!? な、何言ってやがる! オレがそんなものを怖がるわけないだろっ!」

「声が震えてますけど?」

「う、うるせぇ!! お前こそビビってお漏らしするなよ!」


 しないよ、子供じゃあるまいし。

 

「だけどよ、飯を奢ってもらうどころか、泊まらせてもらうなんてさすがに図々しすぎるだろ。やっぱり食べ終わったら合宿場に戻るべきだ」

「ですけど小日向さんたちはもう僕たちが泊まるものだと思ってるようですし、ここで断るのはかえって失礼にあたるんじゃないですかね?」

「しかしだな!」

「それにせっかくの旅行ですし、やれることはいっぱいやった方が楽しいじゃないですか」

「いや、しかし肝試しというのは……」


 渋り続ける羽後先輩。

 が、そこへ電話で合宿場の人と話していた小日向さんが「みんなー、荷物はこっちに届けてくれるそうやでー」と、羽後先輩にとっては無情な報告をしてきた。

 

「てことでさっさとご飯食べ終えて肝試しやろかー」

「いや、ちょっと待て!」

「待ってもええけど、夜も更ければ更けるほど怖なるでー」

「ええっ!?」

「ってことではい、肝試し、行ってらっしゃーい!」

「そんな『新婚さん、いらっしゃーい』のイントネーションで言われてもなぁ。てか、小日向さんも一緒に行くんじゃないんですか?」 

「うちはちょっと用事があるねん。ま、祠へは一本道やから迷うこともないから安心しいや」


 もっとも道中は気を付けんとあの世に連れていかれるでーと続ける小日向さんに、あんず先輩と羽後先輩が「ひぃ!」って声を上げてお互いに抱きつきあう。

 普段の羽後先輩ならわざと抱きついてあんず先輩のおっぱいの感触を楽しんでいるんだけど、今日のはマジで怖がっているみたいだな。

 ふっふっふ。怖がるあんず先輩に抱きつかれるのは勿論だけど、これは他にもなんだか面白くなりそうな予感。

 

「じゃあ食べ終わったらちょっと行きましょうか、あんず先輩」

「ううっ。高梨君、あんずのこと守ってねぇ」

「任せてください。ほら、羽後先輩もビビらなくて大丈夫ですから」

「ビビってねぇ!」

「そうですよね、天下の羽後先輩が肝試しごときにビビるわけないですよねぇ」

「あったりまえだ! でも、飯は残さず食べるぞ。作ってくれたお婆さんに悪いからな!」


 一見するとすごくいいことを言ってるように思えるが、実際は出来るだけ肝試しの開始を遅らせて、あわよくば中止に追い込もうという魂胆がバレバレだった。だってさっきまでパクパク食べていたのが、突然滅茶苦茶遅くなったもの。

 が、哀れなり羽後菓子、こちらにはあんず先輩がいるのを忘れたか?

 肝試し怖いなぁと言いながらも決して食べるペースが落ちないあんず先輩によって、それから十数分あまりで食事を終えると僕たちは肝試しへと出かけたのだった。

 

 

 

 東京23区にある埼玉と呼ばれる練馬だけど、それでもまぁ70万人以上が住んでいるわけで、基本的に夜も何かしらの明かりがある。

 街灯、自販機、コンビニ、夜更かししている人々の部屋から零れる灯り……そんな人工物に溢れていると怖いのはお化けやモノノ怪の類じゃなくてむしろ人間だったりするものだ。


 が、ここはとある海辺の田舎町、しかも小高い丘の中とあっては明かりは僕が持つ懐中電灯のみ。

 足元だけを照らすその光はなんとも心細く、木々の形や草花の作り出す影がさっきからなにやら不気味なものに見えて仕方がない。 

 ああ、明かりがないとかくも想像力が恐怖に染まり切ってしまうのか。

 まぁ、もっとも。


「うわああああああああ! い、いま、オレの首元に何か冷たいものが触った!!!」

「きゃああああああああ!! なんか白くて変なのが前を遮ったよぉ!!」

「ぎゃああああああああ!! 地面で死んでると思ってた蝉がいきなり鳴き出したぁぁぁぁぁ!!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! あれ見て、火の玉! 火の玉がゆらゆら揺れてるよぉぉぉぉぉ!!」


 両隣がこんなに騒がしかったらさすがに僕は冷静にならなきゃいけないよなと思ってしまうと言うか、正直、ここまで怖がる羽後先輩は面白すぎるし、あんず先輩なんかさっきからずっと僕に抱きついてぽよんぽよんなおっぱいを押し付けてくるから、肝試し最高かよって気持ちしかない。

 

 いやー、小日向さんに感謝しなくては。

 多分『白くて変なもの』は紐で繋いだビニール袋をひっぱっただけだろうし、火の玉も何か燃やしたものを吊るして上から操作しているだけなんだろうけど、怖がらせるには十分なクオリティだったもんなぁ。

 

 あ、ちなみに羽後先輩の首元を触った『何か冷たいもの』は多分、蝉のオシッコ。てかどれだけ蝉に好かれてるんだ、この人。

 

「うううっ、怖いよぉ。もう戻ろうよぉ、高梨君」

「大丈夫ですよ、あんず先輩。僕がついています」

「ダメだ、高梨なんかにこの異常現象は止められるわけがない! だって死んだはずの蝉が突然生き返るんだぞ!?」

「ただの蝉ファイナルをゾンビものみたいに言わないでくださいよ。そんなの練馬でもよく見るでしょうに……あ、ほら、祠ってあれじゃないですか!?」


 懐中電灯が照らす先にぽつんと祠らしきものが見えた。

 近づいて中を照らすと、石造の仏様が収められている。間違いない、これだな。

 

「んじゃ僕のスマホで写真を撮りますから、ふたりはその祠の左右に立ってください」

「ああっ! ダメだよっ、高梨君! それ絶対、心霊写真が写りこんじゃう奴!!」

「大丈夫ですって。だって仏様ですよ? 幽霊なんて昇天させられちゃうから近づいてきませんって」

「あ、そっか。絶対安心なセーブポイントみたいなもんだねぇ」

「騙されるな、あんず! そう油断させたところに突然襲い掛かってくるのがゾンビものの定番だ!」

「怖がりのくせになんでゾンビものなんか見てるんですか! それより写真を撮ってくるのがこの肝試しのクリア条件なんですから、早くしましょう。もう帰りたいんでしょ?」


 僕の説明にあんず先輩は安心したのかニコニコと笑顔でピースするのに対し、羽後先輩は怖さのあまりこちらを睨みつけるような表情でそれぞれ祠の左右に立った。

 

「んじゃ行きますよー。はい、チーズ!」


 パシャとストロボが光る。

 と、その時だ!

 

「うおおおーーーーーっ! 悪い子はいねかー!!!!!」


 祠の後ろの草むらからイノシシの被り物をした小日向さんが、両手にいい感じの木の枝を持って飛び出してきた!

 うん、ナマハゲなのか、流行りの猪突猛進野郎なのか、頼むからどっちかにコンセプトを絞ってと言いたい。


「うわあああああああ!!!」

「きゃあああああああ!!!」


 それでもふたりには効果覿面だった。

 安心していたところを襲われるというまさに羽後先輩の言った通りになったあんず先輩は、悲鳴を山の中に響かせて慌てて僕の方へと駆け寄り、ぺたりと座り込むようにして僕の足元にしがみついた。

 そして羽後先輩は、と言うと……。

 

「……どないしよ、カコさん、立ったまま気絶してもうた」

「無駄にカッコよく気絶しましたね、先輩!」


 立ち往生(いや、死んでない!)とか漫画の世界かよ!

 というか、どうしようか、これ?


「あちゃー、やりすぎてもうたなぁ。仕方ない、カコさんはうちが背負って帰るわ」

「いや、大変でしょう、僕がやりますよ! 」

「いいや、自分あんたはあんずさんを頼むわ」

「へ?」


 まさかあんず先輩まで気絶を?

 と足元を見てみると、まだふるふると震えて僕の膝元にしがみつくあんず先輩と目があった。

 よかった、意識はちゃんとあるみたい。

 

「あんず先輩、大丈夫ですか?」

「う、うん……でも、どうしよう、あんず、腰が抜けちゃった」

「ええっ!?」

「なんか……足に力がはいらないよぉ」

「マジですか……」


 ええっ!?腰が抜けたって、一体どうやったら回復するんだろう?

 

「ある程度時間が経ったら元に戻るけど、このままここにおっても蚊に刺されるだけやから、自分はあんずさんをおんぶしいや」

「あ、そうなんだ……って、あんず先輩をおんぶ!?」

「そや。んじゃうちはカコさんを運ぶから、ほなまたなー」


 そう言って小日向さんは軽々と羽後先輩を背負うと、驚くほどの猛スピードで丘を下って行った。

 すごいな、中学生で身体もそんなに大きくないのに、どうしてそこまでの力があるんだ、あの娘……。

 

 いやいや、それよりも――。

 僕は再び目線を足元へと向ける。

 涙目で僕を見上げるあんず先輩とまた目があって、心臓がドクンと波打った。

 

 

 

 

 おまけ

 

「ビニール袋? 火の玉? そんなん知らんで。うちは祠の裏に隠れて脅かしただけや」

「えええええええええええっっっ!?」

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