第8話:ラーメン屋へ行こう!
青春。
それは尊く照らすスポットライト。
青春。
それは春の訪れを告げる小鳥の囁き。
青春。
それは光。希望。
青春。
それは触れ合い。幸せの青い雲。
ああ、青春。
よく分からない言葉が、さっきから次々と頭の中に浮かんでは消えていく。
あんず先輩と一緒にラーメン屋へと向かう放課後の帰り道……つまるところ、僕はとてもドキドキと緊張していて、そしてフワフワと幸せな気持ちだった。
「カコちゃん、どうして帰っちゃったんだろうねぇ。一緒にラーメン屋さん行きたかったのに」
「マジで」
「それにしてもラーメン屋さん楽しみだなぁ」
「ヤバイ」
「ね、ラーメンだけじゃなくて餃子も頼んじゃおうよ、高梨君ッ!」
「それな」
おかげでさっきからあんず先輩が色々話しかけてくれているのに、まともに受け答えが出来ていない。
それでもあんず先輩は嫌な顔せず、終始にっこにっこしている。
ホントにいい人だなぁ。それに可愛いなぁ。
あと、歩くたびにぽよんぽよん揺れるおっぱいがホント凄い! 尊い!
その威光には思わずすれ違う人、しかも男だけならともかく女の人までもが目を奪われているほどだ。
なんだろう、こういうのって自分のことじゃないのになぜか誇らしく感じるよね。
どうですか、うちの先輩は。凄いでしょ! とついつい自慢したくなる。
もっともそんな先輩の隣りを歩く僕を見て、みんながなんとも形容しがたい表情――ぶっちゃけ「どうしてこんな奴が一緒に歩いているんだ?」って顔をされると、うん、調子に乗っててすみませんでしたって気分になるよね。
ホント、すんません。ゴミ虫でごめんなさい……。
「ふふふ。高梨君って面白いねー」
「え? なんですか急に?」
「だってさっきまでなんだかぽわぽわしてるなーって思ったら、急にドヤ顔になったり、でもすぐにシュンとしたり。表情が次々と変わって、見ていて面白いよー」
「あはは。勘弁してくださいよー」
てか、あんず先輩、そんなに僕のことを見てたの!?
なんだろ、なんだか色々と恥ずかしくなってきたぞ。
あんず先輩に見られていたことは勿論だけど、そんな先輩の視線に気付きもせず、逆に周りの視線ばかり気にするなんて……僕、小心者すぎない?
「……違う。あんず先輩が凄いんだ」
「ふへ? 高梨君こそ急にどうしたの?」
「あんず先輩って色々と目立つじゃないですか? その、気になりませんか、他人の目」
「んー? 別にあんずは目立ってないと思うけど?」
「マジで?」
あんず先輩の様子にウソや見栄のようなところはこれっぽっちも見られなかった。
なんてことだ、気にならないどころじゃない。
さすがはあんず先輩、気付いてすらいなかったか!
「それに他の人とかどうでもいいと思うんだぁ。あんずの頭の中は今、高梨君とラーメンのことでいっぱいだからね!」
「なるほど……ちなみにその割合ってどれくらいですか?」
「えっと、高梨君が4で、ラーメンが6ぐらいかな?」
「ラーメンに負けてるの、僕っ!?」
「あ、ごめん! 今のウソ! 高梨君が5で、ラーメンも5だよぅ!」
それでもイーブンなのか! おのれラーメン、今にみてろよ。
「だから高梨君も他の人のことなんかより、今はあんずとラーメンのことを考えて欲しいな。ちなみに高梨君はラーメンは何味が好き?」
「そうですね。僕は味噌かな」
「あんずは醤油! でも塩も好き。とんこつもいいよねぇ。もちろん、味噌も好きだよぅ。あ、知ってる高梨君? 次郎は次郎って食べ物なんだよ。それからトッピングは」
「ああ、言ってる傍からあんず先輩の脳内がラーメンに占領されていく……」
もっと高梨領を広げないと思った、その矢先のことだった。
あんず先輩が低温調理したチャーシューのことを熱く語りながら曲がり角に差し掛かったその時、突然、角から誰かが飛び出してきた。
危ないっ! ぶつかる!
咄嗟にあんず先輩の腕へ手を伸ばす。
が、間に合いそうにないうえに、いかんせん当の本人である先輩がにこにこと僕の方を見ながらチャーシュー談義に夢中すぎて、まったく気が付いていない。
かくなる上はぶつかったあんず先輩がその衝撃で地面に倒れるのを防ぐしか――。
「おっと」
が、完全にぶつかると思ったタイミングで、飛び出してきた相手が驚異的な反射神経で横へステップ。
見事ギリギリに回避した。
「でね、このチャーシューがとっても美味しいんだよぅ」
ちなみにこの期に及んでもあんず先輩は何にも気付かないご様子。
これはこれで凄い集中力だけど、なんだかあんず先輩の日常生活がとても心配になった。
「こら!」
衝突という最悪な状況は無事回避できた。
でもせっかく自分はすんでのところで避けたというのに、あんず先輩がその存在に気付きもしないことに腹を立てたのだろう。
相手の男の人が怒った声をあげる。
よし、ここは後輩である僕の出番だ。なんとか上手くやりすごしてみせるぞ。
「あー、すみませんでした。つい夢中に話し込んで」
「こら、あんず!」
男の人がぐいっと僕を押しのけて、あんず先輩の名前を呼ぶ。
え、この人、あんず先輩の知り合い?
「あれ、おにいちゃんだぁ! どうしてこんなところにいるの?」
「どうしてってお前、今、俺とぶつかりそうになったろ?」
「そうなの? 全然気づかなかったよぉ」
なんと! あんず先輩のお兄様っ!?
これは是非とも挨拶を。お兄さん、妹さんを僕にくださいってのはまだ早すぎるけど、でもこれを機に顔を覚えてもらって仲良くしておくのに越したことはないよなっ。
あんず先輩のぽけぽけっぷりに、帽子越しに頭を掻きながら説教するお兄さん。
身長は僕と同じくらい。ランニングをしていたらしく上下スポーツウェア姿で、キャップを深々と被っている。
うーん、顔がよく見えない。
失礼を承知で僕は少し屈んで顔を覗き込んでみた。
「……え?」
思いもよらず、そこには僕のよく知った顔があった。
おまけ
「先輩はラーメンを食べる時、餃子とチャーハンのどっちを頼む派ですか?」
「え? あんずはどっちも頼むけど?」
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