第15話:あんず先輩はオギャりたい
「……良かった」
僕はスマホを片手に思わず呟いた。
初夏の部室。例によって例の如くこれといってやることもないので、僕はスマホで好みのネット小説でもないかと検索してみた。
で、ヒットした『美術部の可愛い後輩は、俺の裸を描くためなら自分も脱ぐのを躊躇わないッ!』という小説を読んでいたんだけど、これが想像以上に僕にどんぴしゃ。
いやー、第一話でヒロインがすっぽんぽんになるし、その後もヌードデッサンという名目でばんばん脱ぎまくるんだけど、まさかそんなエロラノベが最後は熱血スポコンものになるなんて予想外だよなぁ。
「ネット小説には厳しい僕だけど、これには星三つを入れざるを得ないな!」
そうだ、ついでに『書籍化を通り越してアニメ化希望』というレビューも送ってみようか。
下敷きでパタパタと扇ぎながら、僕は頭の中で文章を練る。
「ねーねー、高梨君」
そこへあんず先輩が声をかけてきた。
「なんですか、あんず先輩?」
「あのね、ちょっと訊きたいことがあるんだけどね」
「はぁ。でも僕、今ちょっと考え中で悪いんですけど後に――」
「高梨君、おっぱいってどんな味だったか、覚えてる?」
……は?
「えっと? 今、おっぱいの味が何とかって言いました?」
「うん、言ったよ。覚えてる、味?」
「……いえ、覚えているもなにも未だおっぱいを口にしたことはありませんけど?」
なんてことだ、さっきまで僕の頭の中を支配していた熱血スポコンエロラノベがどっかに行ってしまったぞ!
てか、おっぱいの味って一体何事!? そもそもおっぱいって味がするものなんだ! 童貞だから知らなかった!
「高梨、お前、今変なこと考えるだろ?」
「え? いえ、全然そんなこと考えてません」
「そうかぁ? ちなみに胸の谷間、下乳、横乳で味が違うんだぞ」
「マジで!?」
「ああ。胸の谷間はやや塩気が強くて、下乳は甘い。横乳はクリーミーなんだ」
「そ、そうなんですか……って、どうして羽後先輩がそんなことを知ってるんですか?」
羽後先輩はスリムな体型だ。おっぱいも普通より少し小さいぐらいの膨らみしか服の上からは確認できない。
だから自分で自分のおっぱいを舐めることは出来ないはずなんだけど……あ、まさか!?
「くっくっく。そんなこと、あんずのおっぱいを舐めたからに決まっているだろう!」
「な、なんだってー!」
「オレがいつまでもあんずのおっぱいを揉むだけで満足している女だと思うなよ? オレはいつだってその先を狙っている!」
ば、馬鹿な!? あんず先輩を巡っての攻防ではよい勝負を繰り広げていたはずなのに、その裏ではそこまで先に行っていたというのか、羽後先輩!?
「カコちゃん、ウソ言わないでよー。あんずのおっぱいを舐めたことなんてないはずだよ?」
「本当ですか、あんず先輩!」
「当然だよー。おっぱいを舐めるなんてそんなエッチなこと、お兄ちゃんだってやんないよ?」
よかった。それにしてもお兄さん、酷い言われようだな。
「それにふたりとも何を言っているの? あんずが言ってるのは母乳の味を覚えているかって話なんだけど」
……あ、そっちか!
言われてみれば当たり前なんだけど、おっぱいたゆんたゆんなあんず先輩が言うものだからてっきりおっぱいそのものの味のことだと早とちりしてしまった。
「やーい、高梨のすけべー」
「う、うるさいですよ、羽後先輩」
「『覚えているもなにも未だおっぱいを口にしたことがありませんけど』って真顔で言っていたお前の顔、思い出しただけで笑えるぜー」
「はうう!」
だ、誰か僕を殺して。コロシテ。
「それで高梨君は覚えてる、おっぱいの味?」
「……覚えてないです」
「そっかー。あんずもね、覚えてないんだよねー」
「そもそもどうして母乳の味なんかに興味を持ったんです?」
「あのね、この前、偶然だけど赤ちゃんに母乳をあげてるところを見たんだけど、赤ちゃんがとっても美味しそうに飲んでるんだよぉ。だから美味しいのかなって気になっちゃって」
「ああ、なるほど」
さすがは美味しいものの求道者あんず先輩!
母乳にまで興味が及ぶとか、どこまで食いしん坊なんだ!
「んー、だったらあんず、自分のを飲んでみたらいいんじゃないか?」
おい、羽後先輩、なんてことを!
そんなあんず先輩がおっぱいを持ち上げて自分の乳首を吸い上げるなんてそんなめっちゃエロいこと、あんず先輩がやるわけ……
「うん。お風呂上りにやってみたよー。でも母乳は出てこなかったー」
やったんですかっ!?
えー、ちょっと待って。それ、ヤバい。具体的には今すぐトイレに行きたいぐらいにヤバい。
でもここでトイレに行ったら絶対イジられるよなぁ。
ううっ、なんとかここは耐えよう。
「そうか。バブみたっぷりのあんずでもさすがに母乳まではまだ出ないかー」
「うー、母乳飲んでみたいよー。オギャりたいよー」
「オギャるってそういう意味で使うんじゃないと思いますけどね」
「なんで母乳の味って忘れるのかなぁ。少しぐらい覚えていてもいいのにー」
「そうだ! 粉ミルクを哺乳瓶に入れて飲んでみたらどうだ? 母乳の代用品として使われているぐらいだ。きっと味も似てるんじゃないか?」
「あ、一応僕が読んだ漫画だと実際の母乳って、僕らが想像する粉ミルクの味とはまた違うらしいですよ?」
「そうなの?」
「なんでもちょっぴり刺激がある味だとか」
「えー! 意外! でもかえって気になるよー! バブー!」
あんず先輩がにわかに机の上に寝そべって、赤ちゃんみたいに駄々をこね始めた。
「オレも! オレもあんずのおっぱい飲みたいよー!」
羽後先輩も続く。
え、なにこれ? 一体どうしたらいいの、僕?
「おぎゃー! 僕もおっぱい飲みたいバブー!」
しばし考えた結果、僕もオギャることにした。
だってどうしようもないじゃん、この展開。
「おぎゃーおぎゃー! ママー、おっぱいおっぱいー!」
「おぎゃー! おっぱいおっぱい!!」
「おっぱいおっぱいバブー!」
「……あんたら、一体なにやってんの?」
結局、僕たちのオギャ行為は料理を作りに来た盃位生徒会長がやってくるまで続いた。
あやうく同好会が潰されそうになったけれど、まぁとにかくオチがついてよかったのでとにかくちょっとトイレ行ってきます!
(おまけ)
「ところでそれってなんていうエロ漫画?」
「エロ漫画じゃないですよ。真面目な育児漫画ですよ。すげぇ鬱展開だけど」
「それよりも冒頭の自画自賛小説の紹介をしなくていいの、高梨君?」
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