第14話:旧調理実習室攻防戦
「あの、すみませんが、生徒会長さん」
高々と心の中のゴングが鳴った僕だけど、いきなり突進するようなことはしない。
まずはジャブで相手との距離感を図るのだ。
決して弱気で下手に出ているわけじゃないぞ。
「近日中にここを明け渡せと言いましたけど、その後はどこかがここを使う予定があるのですか?」
「そうね。ここは料理部が使う予定よ」
「料理部? でもだったら現校舎の調理実習室がありますよね。なにもこんな何もかもが古臭いこちらを使わなくても」
「いいえ、そちらは調理部が使っているわ」
「調理部……さっきの料理部と何が違うんですか、そのふたつって」
「調理部は基本的にお菓子やケーキを作っているの。この同好会もそのおこぼれをいただくことがあるでしょ?」
「……そんなことありましたっけ?」
ふと脳内を遡るもそんな記憶はない。
お菓子やケーキなんてあんず先輩が喜んでもらってきそうなものなんだけど。
「あそことは仲が良くないんだよぅ。あんずが去年の文化祭で調理部の出し物を『あんずログ』で酷評しちゃったから」
「あんず先輩が酷評ってそれ、本当に食べ物なんです?」
基本的に『おいしい』と『すごくおいしい』の二択しかないあんず先輩に酷評されるとは。調理部おそるべし。
「一方、料理部は一般的な料理を作ることになっているわ」
「なっている……ってことは新しく作られた部ってことですか?」
「そうよ」
「いや生徒会長、それはおかしくありませんか。作られたばかりで何の実績もない部に、仮にもちゃんと活動していて一応『あんずログ』という実績も残している僕たちが部室を追い出されなきゃいけないなんて」
「そ、そうだよ! 高梨君、いいこと言った! 『あんずログ』、あんずの友達には大好評なんだからねっ!!」
見つけた突破口に、すかさずあんず先輩からの援護射撃も入る。出来れば友達じゃなくて世間的にも大評判とか言ってくれた方がよかったけど、高望みはしない。だってポンコツなあんず先輩だもの。
でも、これは我ながらいいところを突いたんじゃないかなと思う。
さすがの生徒会長もこれには苦虫を嚙み潰したように顔を顰めて……あれ、いないな?
それどころか逆に不敵な笑みを浮かべていらっしゃる……。
「あなたの言うことももっともね、高梨一年生。なら料理部の実力を見せるのみ。五分ほど待ってなさい」
「え? ちょっと……」
慌てて止めようとするも、生徒会長がさっさと旧調理実習室を出てどこかへ行ってしまった。
おそらくはその料理部を立ち上げた本人を呼びに行ったのだろう。だけど、気になるのはあの自信満々な態度だ。
実力を見せるとか言ってたけど、もしかしてすごく料理が上手い人だったりするのかな?
え、僕、いいストレートを入れたつもりが逆にカウンターを喰らってたりする?
「待たせたわね」
きっちり五分後、生徒会長が戻ってきた。
その後ろには誰もいない。あいにくと料理部を立ち上げた人は不在だった……なら良かったんだけど。
「えー!? 虎子ちゃんが料理をするの!?」
「そうよ。今から肉野菜炒めを作るわっ!」
予想外にも生徒会長が白いエプロンを身に纏い、食材と使い込まれた中華鍋を持って戻ってきたのだ!
「おい、盃位! お前が料理部を立ち上げた張本人かよ! それで料理をしたいからオレたちの部室を取り上げるなんて、横暴が過ぎやしないか!!」
それまで死んでいた羽後先輩が復活して声を荒げた。さすが。こういうことには目ざとい!
「料理中は静かにしてなさいっ、羽後菓子!」
が、鮮やかな包丁さばきで野菜を切っていた生徒会長が、その切れ端を見事なコントロールで次々と羽後先輩の口へと放り込んでいく。
あっという間に口の中が野菜でいっぱいになって倒れこむ羽後先輩。ザコ死すぎやしません!?
「虎子ちゃん、凄い! 料理人みたいだよっ!」
その傍ら、あんず先輩が早くも涎を垂らさんばかりに凝視する中、生徒会長がおたまの油を熱したフライパンへ。
ジュっと油が弾ける音が部室に響き渡る。
そこへ次々と投入される野菜&肉。追い打ちをかける味付けの調味料たち。
今度は部室がなんとも言えない香ばしい香りに包まれた。
あんず先輩のよだれダムは……言うまでもなく脆くも決壊した。
「よし、完成ね。食べてみなさい、春巻あんず」
「いいのっ!?」
「無論よ。そして感想を聞かせてもらおうじゃない」
さすがにお皿は陶器製の立派なものではなく、ハイキングに使うような紙製のものだったけれど、そこに配された肉野菜炒めは見事なものだった。
様々な野菜がソースと油によってキラキラと光り輝き、肉が食べて食べてと誘ってくる。あ、あかん、これ、絶対美味しい奴……。
「んーーーーーーーっ!!!」
恐る恐る具材を摘まんだ箸を口の中へと運んだあんず先輩が、たまらず言葉にならない声をあげた。
大きくてまん丸い目があまりの美味しさに思わずにっこりと閉じる。口角が幸せそうにあがり、頬がリズミカルに動いて口の中の楽園を味わいつくす。
「とってもおいしい! 虎子ちゃん、これ、とってもおいしいよっ!」
そしてその言葉をあっさりと口にしてしまった!
いや、ここまで立派な肉野菜炒めを作られたらどうしようもないのは分かってるんだけど、その言葉を言ったら僕たちは敗北を認めて部室を明け渡さなきゃいけないことに気付いているのかな、あんず先輩。
「そう!? 本当に美味しい? 春巻あんず!」
「うん! すごいねー、虎子ちゃん、料理上手!!」
「えへへへ! まぁね! 昔から料理が趣味なのっ!」
「そうなんだー。だから料理部を立ち上げようと思ったんだね」
「うんっ! 実は調理部にも入っていたんだけど、あそこはスイーツしか作らないのよ。私が時々この手の料理を作っても、誰も可愛くないからと食べてくれなくて。そこで思い切って料理部を作ることにしたの!」
その言葉に、ふと僕の中にぴんと来るものがあった。
「あ、あの生徒会長、ちなみに料理部は他にも部員がいるんですか?」
「いないわ。そのうち勧誘活動をするつもりだけど、生徒会の仕事で忙しくて。なかなかその暇が作れそうにないわね」
「だったら料理部を作るんじゃなくて、うちの同好会に入るってのはどうでしょうか?」
「ん? どういう意味?」
「いえ、せっかく料理を作っても誰にも食べてもらえなかったら寂しいでしょ? だったらうちにはあんず先輩がいますし、僕や羽後先輩もいます。それに料理部が旧調理実習室を僕たちから奪っても、生徒会長が生徒会で忙しいならそんなに使うこともできないじゃないですか。だったら今のままで生徒会長が暇な時に今日みたく料理を振舞ってくれたら――」
「いい! それすごくいいアイデアだよ、高梨君!!」
言い終わる前にあんず先輩がガタッと椅子から立ち上がり、激しく賛同してくれた。
てか、立ち上がる勢いがすごすぎて、今すっごくおっぱいが揺れたんですけど。マグニチュード8ぐらい。
「なんですって? この私に食品格付けチェック同好会へ入れって言うの?」
「うん! 入りなよ、虎子ちゃん!! 虎子ちゃんの作る美味しい料理、これからもあんず食べたいよっ!」
「で、でも、あんたたちみたいに真面目に活動していない同好会に生徒会長の私が入るのはちょっと……」
「真面目に活動するよっ! 虎子ちゃんの作る料理の評価も『あんずログ』に載せるよ!」
「あ、それは確かに真面目な活動になるわねっ!」
真顔で生徒会長がのたまった。
あれ、もしかしてこの人、自分の料理をあんず先輩に評価してもらいたいだけなのでは?
「うん、分かったわっ! だったら料理部の立ち上げは諦めて同好会に入ってあげる!」
その一言にあんず先輩が「やったー!」と両手を上げて喜ぶ。
先輩、よだれ! よだれがまた落ちそうです!
かくして同好会は部室没収の危機を乗り越え、ついでに盃位生徒会長まで入部させた。
同好会としては大成功だ。
でも自分から言っておきながらアレだけど、僕的にはちょっと失敗だったかもしれない。
だって、あんず先輩を巡る強力なライバルを自ら引き入れてしまったのだから。
ちなみに女の子だからと言って油断は出来ない。なんせあんず先輩にとっては性別よりも、どんな美味しいものをくれるかどうかが一番重要なんだから。
むぅ、かくなる上は僕も料理を覚えてみるか!
でも盃位生徒会長に弟子入りするのはやめておこう。なんだかこの人、とても面倒くさいような気がする……。
おまけ
「火を制する者、中華を制すよ! 高梨一年生、腕が下がってきているわ! もっと鍋を力強く振るいなさいっ!!」
「ほらぁ、やっぱり面倒くさい人だったー!」
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